大喜多城と館山城① | どちて坊やが隠居をしたら~日本国でも毎日が徒然~

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「野宿でもお腹に肉のつく身哉」

日本一周・全県に足跡を目標に、車中泊やキャンプをしながら、
大好きなラーメンを食べ、100名城を中心にした城めぐりや
神社仏閣に参拝し御朱印を頂く、旅の絵(写真)日記です。


千葉縣護国神社参拝の帰り、南房総の城址を回ってきました。

まずは、大喜多城に登城です。



大喜多城は、大永元年(1521年)に真里谷信清が「小田喜城」として築城、後に大多喜の地を支配した徳川家康配下 本多忠勝が築城した平山城であります。


 
空堀跡(遺構には説明板があり、解かりやすい)


二の丸跡公園
(本来の二の丸はもう少し下った現在の大多喜高校)




天守存在説に関してはいまだに論争となっています。


再建(推定復元)天守(鉄筋コンクリート製・内部は博物館)


本丸跡には土塁が残っています


城とは直接関係ないですが、

大多喜水道跡
江戸時代から計画され明治3年に完成した、
千葉県最古の水道施設と言われてます。


                         つづく