灯りの場所まで、つなわたり。 -14ページ目

灯りの場所まで、つなわたり。

カナダで学んだ精神、新島襄の志、内田樹先生の思想を混ぜ合わせて、新しい私塾を開こうと考えている僕が、日々思うこと。

僕が初めて沖縄に行ってから、ほぼ一年。
去年の今頃、一週間くらい休みを取って、有名な観光地や南部の戦跡を色々と回った。
そこで見たもの、感じたことは旅のブログの方に連載で書いてあるので、良かったら見てみてください。




実際に沖縄に行ってみて、米軍基地のあまりの広大さに正直唖然としてしまった。
戦跡を含め、改めて沖縄の置かれた状況を見ると、近代以降の日本という国がいかにいびつな形で成り立ってきたのかがよく分かる。僕らが享受してきた平和と繁栄は、何によって担保されてきたのだろう? 沖縄のことに限らず、僕らはそうした「抹殺されてきたもの」に対する認識と自覚があまりにも低いのではないだろうか。
大切なのは安易な連帯ではなく、知ろうとすること。そして、自分の頭で考えようとすること。



このところ、例の基地問題で日本政府と沖縄の溝が深まっている。
翁長知事と安倍首相の会談内容を、沖縄タイムスのウェブサイトで見ることができる。


全文を読んでみたら分かるけれど、翁長知事の言ってることはどこから見てもその通りだし、ちゃんと情理を尽くして沖縄の民意を伝えようとしている。中学生レベルのリテラシーがあれば、どちらに理があるかは瞭然としている。
もちろん安倍首相だってそんなことは分かっているはずだが、本心では「正論は分かったから、今まで通り空気読んでくれよな、まったくもう」とイライラしているんだろう。


でも、翁長知事の、

『沖縄は自ら基地を提供したことは一度もございません。普天間飛行場もそれ以外の基地も戦後県民が(捕虜)収容所に収容されている間に、(土地が)接収された。または居住場所をはじめ銃剣とブルドーザーで強制接収され、基地造りがなされたわけであります。
自ら土地を奪っておきながら老朽化したから、世界一危険だから沖縄が負担しなさい。嫌なら代替案を出せと言われる。こんな理不尽なことはないと思います。(一部のみ抜粋)』


という言葉に、誰が反論できるだろう?

沖縄の恨みは深い。
今日は昼から、頼まれていた撮影のため須磨区某所へ。
6時すぎに戻って、舞子の海岸を散歩してから晩ご飯の買い物をして帰る。

仕事だと帰宅がだいたい10時半を過ぎるので、こんな風に夕方のんびりできるのはなんだか得した気分だ。

春から初夏にかけての夕暮れって、なんでこんなに気分がいいんだろう?
わけもなく、これからいいことありそうな気持ちになる。
初夏の宵に鳴く虫の、あのジィーーーーッっていう無愛想な音も、なんかいい。
結構前のことだけれど、中学の授業でするディベートの話を聞いた。
生徒いわく、沖縄の基地問題をテーマに、くじを引いて賛成・反対に分かれ、それぞれ問題点を調べて当日の議論を戦わせ、勝敗を決めるというものらしい。

沖縄の基地問題というのは、単にディベートの練習の題材にするにはいささかホットすぎるんじゃないかと思ったけれど、僕が一番違和感を感じたのは、「勝敗を競う」という点だった。
たぶんこういうディベートのやり方を生徒に提示した先生は、すごく「今風」の先生なんだと思う。

テレビの討論番組なんかを見るとよく分かるけれど、誰も彼も大声で相手の意見を封じ込めることに熱心なばかりで、まともに人の話を聞いていない。それは単に、相手に勝つことしか考えていないからだ。近頃の「議論」は、ただ相手を論破して無力化しオラオラとマウンティングして、己の優位を得るためだけのものに成り下がっている。橋下徹さん的に、クリティカルであればクリティカルであるほど、「強い」と見なされる。


でも、議論の本来の目的って何だろう? 
それは「話し合って、目の前にある問題を解決すること」ではないのか?
あるべき議論とは、どちらかの意見がいかに正しいかを競って勝った方に従わせるのではなく、双方がちょっとずつ「負けて」、まあこのへんならいいか、という落としどころを見つけることだ。
いい大人が問題解決よりも己の優位を競って「はい論破」なんて喜んでいるのは、ちょっとみっともない。まずは相手の話を聞く礼儀正しさを身につけるべきだろう。


というようなことを普段考えているので、その中学のディベートの話を聞いた時、日本はこの先大丈夫かなあ、なんて気鬱になってしまった。
まあ、それはそれとして、僕は僕の思うやり方で成熟した市民を育てていきたいな、と思っている。
このところ、遅寝・遅起きの生活リズムになっている。

遅寝したら、翌朝に早起きして次の日からの帳尻を合わせるのがいい、と分かってはいるんだけど、朝はそのまま寝られるだけ寝てしまう。ダメですね。

仕事柄、始まりと終わりが全体的に遅いので、それでも特に悪影響が出ることはない。
でもなんというか、遅寝・遅起きって、ちょっと悪いことしてるような気分になる。

僕は基本的に義務教育の時代から、「朝ちゃんと起きて登校して、みんなと同じ時間に揃って勉強を始めますよ」というのがイヤで仕方なかったので、この先も、朝きちんと起きて電車に乗ってオフィスへ、というような生活を選択することはないだろう。
毎朝スーツと制服で満員になった電車やバスに鮨詰めになって一日を始めなければならないなんて、悪夢のような人生だ。日本の大都市にストレスと不機嫌が充満するのも無理はない。

そういう点でも今の生活リズムは僕の性格に合っているんだけど、それでも少しくらいは早寝・早起きにシフトしたいなあと思っている。
もうちょっと暖かくなれば起きやすくなるかなあ、なんて季節に頼っていてもダメ。
というわけで、ぼちぼち寝ます。
舞子台の夕暮れ。

教え子が、この春から別の街で一人暮らしを始めた。
大学進学のため。

春のぬるい夜風を感じながら、僕自身にもあった(もう9年前だ)その季節のことを思い出すと、なぜだかとても懐かしい気持ちになる。
僕は一浪の末に淡路を離れて京都に上り、生まれて初めて一人暮らしを始めた。
「キャンパスライフ」の甘い妄想と、それを淡く覆うよく分からない気鬱と、新しい部屋のにおいと、ぼんやりとした孤独と…。うまく言えないけれど、進学で地元を離れて知らない街で暮らした経験を持つ人なら、その感覚を分かってくれるのではないかと思う。


あの独特の感覚は、今でも僕の中にしっかりと残っている。
教え子が今まさにそういう地点にいるのだと思うと、ちょっと羨ましい気がしないでもない。

若く多感な時期に、地元・親元を離れて「誰でもない」自分から始めてみるのって、結構大事なことのような気がする。
自分を相対化するきっかけになるし、ポジティブに孤独というものを経験できるし、家事や自己管理の大切さも分かるし、そういう何やかやが人間的成熟にとっては大きな意味を持つんじゃないだろうか。

一人暮らしの弊害としては遊びすぎることだけど、それもまあ、あとになればいい思い出だ。
垂水区の自宅から学園都市にある大学に通ってバイトして、みたいな人が僕の周りには何人かいるのだけれど、そういう生活を見ていると、なんだかちょっとかわいそうだなあとか思ってしまう(失礼だけど)。まあ、生活圏がずっと変わらないというのも、それはそれでいいものなのかも知れない。僕は小学校までが岡山、中高が淡路、大学が京都、仕事で大阪、果てはカナダ、今は神戸、と人生の段階ごとにステージが変わってきたので、そういうのは感覚的によく分からない部分がある。


とにかく、大学進学をきっかけに知らない街でゼロから始めるのっていいもんだよ、という話。
今この時にも、京都や東京やその他いろんな街で、そういう新生活が始まっているのだろう。
彼ら彼女らにとってそれが思い出深いものになればいいな、と思う。
でも大学生活って、あっと言う間ですよ。ほんまに。