読書とワイン -3ページ目

読書とワイン

読んだ本の感想など書いていきたいと思っています。
ブログタイトルは、ワインを飲みながらの読書が好きなことから。

『家守綺譚』の続編。

前作でおなじみの高堂やダァリヤに早々に再会し嬉しくなる。

ゆるゆるとした日常が描かれるかと思いきや、愛犬ゴローが帰宅しない日々が長くなり、綿貫はゴロー(とイワナの宿)を探す旅に出る。


「冬虫夏草」とはこの本を読むまでよく知らなかったけれど、蛾が『幼虫のうちに糸状菌の一種に感染し、菌糸が内部で増殖、ちょうどサナギになったところに体表を突き破って子実体が外へ現れる』という。

ネットで画像を見てもなんとも気持ちわるい。

綿貫はこれを離れがたい関係として種を越えたロマンスに結びつけるけれど、私は綿貫の友人で菌類の研究者である南川の意見と同じで、隙を狙われて『喰われている』と思う。

この本を最後の方まで読むと、この冬虫夏草の記述を思い出さずにいられない。

種を越えたロマンスなのか、喰われているのか、どちらだ。


前作から時間が経過し、綿貫は少し年をとる。

それが生きているということであり、死んだ友人高堂との距離を感じることになる。

少し切ない。

死んだ人は年をとらない。

高堂は死んだときの高堂のまま存在し続けているのか。

綿貫がいた時代から何十年か経った今も。もしかしたら。


「?」とおもうところを先に読み進めると「なるほど」となる仕掛けが随所にあり、前作以上に本好きにはたまらないのでは。

文章もあいかわらず美しい。

まだまだ解決していないことがたくさんあるので、是非とも続編を読みたい。



大事に大事に何度も読みたくなる本。

その土地土地に特有の力があり、人も草木もケモノも妖怪も同じ場所に存在していた時代。

主人公の綿貫をとりまく不思議な世界が書かれている。


綿貫は死んだ友人高堂の父の頼みで、住む人のいなくなった高堂の家に犬のゴローと一緒に住み、家の管理をしている。

本業は文筆業だが稼ぎはよくない。

高堂は掛け軸の奥からときどき訪ねてくる。

この世とあの世を行き来する高堂は、綿貫の知らないことをいろいろと知っているようだ。

高堂の他にも人に言えないことをかかえていそうな人たちと出会う。

いつもふいに現れる長虫屋。

綿貫が「ダァリヤの君」と呼んでいる近所の娘さん。

その心の奥を覗いてみたい気がするけれど、簡単には戻って来られないくらい深いところとつながっているかもしれない。

いや、でも、人の心はみんなそうなのかもしれないな。

親しくなることは相手の闇に近づいていくことでもある。


植物好きには、章ごとにつけられている植物の名前も楽しめる。

「竹の花」「木槿」「ホトトギス」「サザンカ」など。

植物たちは意志を持ち生きている。

妖怪はどうか私は知らないけれど、人やケモノに比べたら、植物は手をかければかけるほど応えてくれる。


この小説は綿貫が書いたものという形式をとっている。

彼のゆるゆるとした日常にときおり光の屈折のように現れるなまめかしさは、梨木香歩さんの美しい日本語によって成立している。

怖い話が苦手で今まで読んだことがなかったスティーブン・キング。

ですがそれを後悔するほど素晴らしい作品でした。


特に『N』。

次はどうなる?と読ませるテクニックが見事です。

正体不明のものに惹きつけられ自分を壊されながらも振り払うことができない恐ろしさ。

結末を読んでその後どうなったのかも想像できます。

いったい「あれ」はなんだったんだろう。

考えることで私も闇に近づいてしまうようで恐ろしい。


怖いのでもう二度と読まないかもしれない『魔性の猫』、夫婦がお互いを思う気持ちにじんとする『ニューヨーク・タイムズを特別割引価格で』もよかった。


『聾唖者』はどこかに仕掛けがあるだろうと注意しながら読んでいたのですが、最後までわからず。

なるほどそうきたか。

さすがに多くの読者を魅了するストーリーテラーです。



吉祥寺のペガサス書房という書店を舞台にした書店員たちの物語。

現在シリーズ3まで出ている1冊目です。


主人公は、40代の書店副店長を務める独身の理子と、20代の書店員で新婚の亜紀。

性格も立場も年齢も違う2人が閉店の危機を前に奮闘します。


理子が経験する男性社員からの圧力、若くて美人の後輩への嫉妬、亜紀が感じるパートナーとの仕事に対する考え方の違いなど、女性なら何かしら思い当たることがあるのではないかな。

ドロドロした人間関係が描かれたものが好きな私には少々物足りないけれど、問題を抱えながらも前へ進もうとする理子と亜紀はとても魅力的です。

書店の裏側の仕事についても書かれているので、本好きにとってはそちらも興味深いです。


作中、紙の本と電子書籍についても書かれています。

私は紙の本が好きです。

スマホでマンガを読んだりすることもあるけれど、小説はやっぱり紙の方が味わえます。

装丁とか紙の質感とか字体とかがひとつになって「作品」だと思うのです。

10代や20代の前半に他人とのすれ違いによってできたわだかまりは、そのとき清算しなければそのままになってしまうことが多いと思います。

すでに痛みを感じなくなってもときどき何かのきっかけで思い出されて、でももう今となってはどうすることもできない。

いつか記憶の彼方に押しやられ、それでも微かなうずきだけは残るのかもしれない。

つくるの場合もそうなってしまうはずでした。


つくるは高校時代に4人の仲間と出会い、お互いになくてはならないという関係を築いていました。

仲間には、それぞれの名前に色が入っています。

クロ、シロ、アカ、アオ。つくるにだけ色がありません。

大学生になって地元を離れたつくるは、休暇のたびに地元へ帰り高校時代の仲間と会っていましたが、ある日突然仲間から決別されてしまいます。

彼らとの決別は大きな衝撃となり当時のつくるに死を考えさせました。

つくるはなんとか死の淵から再生しますが、以前の彼とは変わってしまいどこかで流れが滞ったまま、長い時間が経過します。

30代になったつくるは沙羅という女性と出会います。

沙羅とちゃんと向き合いたいと願ったことで、高校時代の仲間と再会し、かつて失った流れを取り戻そうと決心します。


つくるが仲間との再会によって知った決別の真実と、昔とは変わった仲間を受け入れられるなら、わかだまりもなくなり新しい関係を築いていけるのでしょう。

色がない(=無色透明)のは個性がないということではなく、他の色を中和し個性を引き立てるという真似できない個性なのかもしれません。
他人との関係が新しい流れになることで、つくるの中で滞っていたものも流れ始めるのではないかと思います。




この小説は2011年3月11日の震災以降に書かれたそうです。

あの頃、自分に何ができるのかを考えたとき、ばななさんにとっては「書くこと」だったそうです。


小夜は恋人の洋一と一緒に乗っていた車で事故に遭い、洋一を亡くし、自身も大きな怪我を負う。心身ともに傷ついた小夜は、洋一の仕事場だった京都と自宅のある東京を往復しながら、洋一の両親や行きつけのバーの店主新垣さん、新しく知り合ったあたるたちと関わり、癒され再生していく。


この小説には、傷ついた人が多く出てきます。

彼らがゆるやかに回復していくように、今傷ついている方たちが回復していきますように。


今年4月に亡くなったガルシア・マルケス。この作品は、1967年に発表されました。

彼は82年度ノーベル文学賞を受賞しています。


恋と情熱のブエンディア一族の盛衰を描いた作品です。

本の中の世界は、南米の暑い気候で、ぐにゃりぐにゃりと空間がゆがんでいるようです。

生きている者と死んだ者とはすぐ近くにいて、現実と夢の境界もはっきりしない。

めまぐるしく変わっていくマコンドの町と、そこを舞台につながっては途切れる人々が流れるように書かれています。


読後感は不思議です。

物語のはじめから結末は決まっていたのに、それがわかった時点では遅すぎる。

最後にぽつんと取り残された感じがしました。


ファンタジーの世界でミステリを書くという新しいジャンルで興味深く読みました。


12世紀、ソロン島は領主ローレント・エイルウィンが治めていた。

ソロン島は平和だったが、ローレントはソロン島を狙うデーン人と闘うために傭兵を募っていた。

ある日、ローレントの暗殺を企む暗殺騎士を追っているという騎士であり魔術師でもあるファルク・フィッツジョンとその従士ニコラ・バゴが島を訪れる。

ファルクはローレントに警告するが、ローレントは魔術によって暗殺されてしまう。

ローレントの娘アミーナは、ファルク、ニコラとともに暗殺騎士の魔術によって操られ父を殺した「走狗(ミニオン)」をみつけようとする。


魔術が現実に存在するとされる世界で、容疑者を絞り込むために、提示されたどの情報を信用していいのか迷いました。

読者に明かされない魔術があれば何でもありになってしまうんじゃないかと。

それでも出されるヒントを信じて読んでいくと、わりと早い段階で犯人にたどり着くことができました。唐突でわけのわからない種明かしがないという点で、ミステリとしては堅い作りになっていると思います。

犯人やソロンの守護者などが途中でわかっても、終盤の場面は悲しくなりました。

丁寧な描写は映像を見ているようです。


ファンタジーの世界を受け入れられるかどうかでこの作品の好き嫌いは分かれるのでしょうね。

私はこの世界観は好きですが、前半でどこまで話が広がるんだろうと期待した分、後半は手持ちの駒を動かしただけのような尻すぼみ感がありました。

ファンタジーとして読むには広がりが少なく、ミステリとしては先が読みやすいので、両方楽しみたい人には物足りないかもしれません。


『サイドカーに犬』と『猛スピードで母は』が収録されています。



『サイドカーに犬』、以前竹内結子さん主演で映画化されましたね。

大人になってから思い出す子どもの頃の夏休みというストーリーはけっこう好きです。

なんだか切ないですよね。


子ども時代を振り返ったとき

周りの大人たちがどんな気持ちでいたのか

知らないところでどんなことが起こっていたのか

自分が大人になったから気づくことがあります。


子どもだった自分は何も知らずに遊んでいたし

大人になって気づいても過ぎてしまったことに対して

何もできない。

同じ線上にあるのに

「大人」と「子ども」はどこかで2つに分かれている気がする。

この作品、今映像化するなら、洋子役は長澤まさみさんかな。

きれいでショートカットが似合って、ちょっとやそっとじゃ倒れない

ああいう雰囲気です。



もう1つの収録作品『猛スピードで母は』。芥川賞受賞作。

こちらも子どもの目から見た世界を書いたもの。

両親の離婚、母の恋愛、友達とのつきあいやいじめなどが書かれています。

こうやって書くと重いですが、こちらも読みやすい作品です。

教科書にのせてもよいかも。



誰でも一度は考えたことがあること、「あのとき別の道を選んでいたら、今はどうなっていたんだろう。」

それを考えてしまう本です。



2060年、オックスフォード大学の史学生ポリー、メロピー、マイクルの3人は、タイムトラベルでそれぞれ第二次大戦下のイギリスへ現地調査に赴きます。

しかし3人は、未来へ戻るための降下点が使えなくなっていることに気づき、未来からの回収チームを待ちながら、自分たちも未来へメッセージを未来へ送る方法を探します。


時間軸の異なる登場人物のストーリーが別々に進み、そのつながりを推測しながらミステリとしても読めます。

文中登場するアガサ・クリスティーの小説のように何気ない会話や表情にヒントが隠されています。

ストーリーが1本につながったとき、過去と未来の関係の不思議さに驚きます。


未来が過去に影響し、過去が未来につながる時間のループは、この作品では大きな鍵になっています。

「過去と未来は同じひとつの連続体の両面」。

あのとき別の道を選んでいたとしても、運命の糸を自分でも知らないうちに結び直し、結局は今と同じ場所にいるのかもしれません。


ひとつ注文できるとすれば、アルフの航空機観察マップが付録についているとよかったです。

イギリスの地理には不案内なので・・・。