ちょっと遅いけど、8月15日に思ったこと
私のおじいちゃんは、戦没者です。
毎年この時期になると、
私も含めて
第二次世界大戦のことを話したがります。
それはとても面倒だけれど
ま、ある意味いい機会だし
第二次世界大戦のことを知らない世代にとって
とても大切なことです。
私も戦争を知らない子供ですが
戦争があったことすら実感できない世代であることに
少し怖さも感じます。
と同時に
この時期にだけ
やたらと第二次世界大戦のドラマや映画を組むのは
何だかお門違いとしか思えないところもあります。
「終戦記念日」ではなく
「戦没者祈念」の日、に、感じたことを全て。
8月15日に靖国神社で
おじいちゃんに話しかけたこと全て。
今年も少し書いておきます。
今年も忘れないでいられますように。
おじいちゃん。
今年も家族で来ましたよ。
今頃おばあちゃんと仲良く話でもしているのかな。
終戦の日が、日本のお盆に重なったのは
何だか運命的な気がします。
日本人が、過去の罪を忘れないでいられるように、
おじいちゃんのような人達が
他のご先祖様とみんなで帰れるように。
そんな日なのかもね。
ねーおじいちゃん。
7月末に南方で亡くなったと聞いています。
人を殺したり、したのかもしれません。
勝手な推測ですが。
きっと、とっても大変でしたね。
おじいちゃんのお陰で
孫の私は
毎年この日に「平和」について考えています。
本当は毎日考えなくちゃいけないのかもしれないけれど
それは実は
今の私たちには
何だかとっても大変だから。
もちろんニュースを観て心を痛める時もあるよ。
でも特にこの、戦争が終わった日を
私は勝手に
平和について特に考える日、としています。
ごめんね。
世の中には入れ物にこだわる人が沢山いて
毎年がやがやしてすみません。
私は戦争を知らないし
田舎のおうちに飾ってある写真なんかを見て
「靖国神社に行けばおじいちゃんに会えるんだ」と
勝手に思っていました。
多分、我が家はみんなそう思っていて
他の家族もそう思っていて
だからこそ今日、みんなで、こうして手を合わせているんだと思います。
おじいちゃん。
平和に暮らす私たちが
こんなお願いをするのはお門違いでしょうか。
でも、おじいちゃんの力で出来るのなら叶えてください。
来年も
再来年も
家族みんなで来るから。
おじいちゃん。
少しでも長く
家族みんなで来れるように
みんなの命に、力を貸してください。
おじいちゃん。
私に似てイケメンなんだって笑?
出兵するとき
おかあさんを抱き上げて
一筋の涙を流したって聞きました。
そんな話を聞けばもう
会ったこともないおじいちゃんだけど
私にとってはとても大切なおじいちゃんです。
そんなあなたの娘さんは
とってもいい「おかあさん」をしていますよ。
おじいちゃん。
今年の夏は
毎年行ってたおばあちゃんのお墓参りに行けません。
でも、お母さんとおねえちゃんが行くからね。
雨降らしたりしないでね。
私は色々な問題のほとぼりが冷めてから行こうと思っています。
そしたら、もう、寒いかもね。
おじいちゃん。
また来るね。
それまで空の上で、お元気で。
毎年我が家は
こうして靖国神社を参拝して
その後、神楽坂で
「戦没者遺族年金」的なお金で散財ッ!!
という流れになっています。
とっても美味しい中華を
ご馳走様
おじいちゃん。
追っかけ日記
わあわあ。
二ヶ月も放置してたのか私。
わあー。
6月26日以降何してたんだろ。
んーと。
6月27日(月)
整体
6月28日(火)
誕生日プレゼントでおかんに眼鏡買ってもらう。
代わりに夕飯ご馳走。
6月29日(水)
取引先に接待される。
6月30日(木)
職場の部全体飲み。
7月2日(土)
登山。
死ぬかと思うくらいの辛いやつの、
ちょっと前が何回かあったけど。
まあ、正直一緒に登った後輩がヘタレで。
あーキッついなー!!と思うやいなや
直後に
もう無理っす!!
って弱音吐いてくれたので
逆に大助かりでした。
私はイエスマンなのでそういう弱音言えないし。
ペース崩されつつも
休み休みいけたので良かったと思う。
登山の途中に
柏崎から続く東電の鉄塔が見えた。
こんな風に日本海側から電力を運んでるって
ちょっとびっくりしたし、感動。
ありがとう。
東京はこのお陰で明るいんだね。
7月3日(日)
後輩と美術館時代の仲間を集めた飲み会?を企画。
まぁ、昼から夜までの。
その下見で新宿へ。
登山の日の後とは思えないくらい歩いた。
結局西新宿でほんわりと決まって。
京王のビアガーデンで飲んで帰った。
7月4日(月)
整体。
足がおかしいくらいに腫れてますと言われ苦笑い。
7月5日(火)
昔の職場仲間と再会。
女の子っぽくなったとからかわれ
太ったのだと主張。
何だかな。
7月6日(水)
おかんの誕生日。
我が家にて粛々と過ごす。
7月7日(木)
フラカン@渋谷クアトロ
あれ、andymoriのやつか。
楽しかった。
andymoriは野音のワンマン以来だけど
今回はとっても楽しめたし
フラカンは良い意味で変わらず良かった。
わっしょいしてそそくさと帰宅。
渋谷こわい。
7月8日(金)
姉と飲む。
秋葉原にて号泣。
まぁ仕方ないね。
7月9日(土)
後輩と映画「薔薇とサムライ」へ
っっっっっ超、楽しかった!!!!!!
すげかった!!
話の面白さ。
脚本の面白さ。
演者たちの個性。
そういったお芝居(ミュージカル)としての面白さに加えて
天海さんカッコいいし
古田さんも何でかカッコよく見えるしw
他の面子も、すっごいよかった。
興奮気味でご飯食べながら
来週も観よう!!と約束して早めに帰宅。
何だかこのあたりから、体調がすぐれなかったんだなー。。。。。。。。。。。。。。
7月10日(日)
ランクヘッドツアー「ビーヴォップハイスクール」最終日@恵比寿LIQUIDROOM
楽しすぎて一瞬で終わったので
あんまり覚えてないんだけど。
31の女が何やってんだって話なんだけど。
まー、楽しかった。
いつからか、ランクのライブを
「楽しい」と思えるようになって。
この日は1.5列目というか2列目というか。
とにかく最前付近でガンガン楽しんだ。
7月11日(月)
筋肉痛がない。
私はまた一歩、階段を登ったらしいと実感。
7月14日(木)
整体。
ほぼ歪みは取れました、と先生。
あの、では次に
こころの歪みはどうですか。
7月15日(金)
部内全体飲み。
23時くらいまで延々ホステス役。
酒は好きだけど
これはどうだろう。
7月16日(土)
「薔薇とサムライ」再訪。
やっぱり面白い。
新宿三丁目にてタイ料理を食べて帰る。
食べすぎ。
7月17日(日)
一日寝て過ごす。
7月18日(祝)
昔の仲間とわっしょいの日。
まずは昼の部。
結婚して子供いる人もいるし
予定的に夜無理!って人もいるので
昼の部を作ってみた。
場所は都庁展望台。
割と空いてるし、子供遊べるし、お茶できるし。
夜の部は西新宿で。
ここも土日は空いてて、結構穴場です。
東側行ったら完全に2時間制とかいわれるとこでも
ずーっといられる。
みんな歩けばいいとこあるよ。
しかし
何でそんなに色気が無いの!?と
昔の先輩に聞かれたけど
答えは知らないよ。
知ってたら、色気あるよ、きっと。
7月20日(水)
台風接近にて飲み会を延期。
7月21日(木)
TRICERATOPSツアー@SHIBUTA CLUB QUATTRO
正直、クアトロきらい。
でもこの日は楽しかった。
マナーがなってないひとを殴ったりしたけど(おい
その他は楽しかった。
アンコールで後ろに下がってビール飲みながら観てたら
何だかとっても平和な気分になった。
音楽っていいね。
7月22日(金)
仕事の関係である公的機関へ潜入!!
とっても楽しかったけど
その後のカラオケはいらなかったな。
まぁ、手間賃ってことか。
7月25日(月)
上司とのサシ飲みを企画されていたものの
体調が優れずドタキャン。
結局、早退。
とにかくだるいし、とにかく眠い。
7月27日(水)
20日に予定していて延期になった飲みも
キャンセルするはめに。
あー。だるい。何でだ。
7月28日(木)
もろもろ振り絞って
高円寺クラブライナー「弾き語りたい夜もある」最終回へ。
飲みながら、小高さん、堂島さん、マスザワさんと満喫。
マスザワさん…お疲れ様でした。
臭い事務所で大変でしたね。
これからも演者としてのマスザワさんを応援しまっせ。
7月29日(金)
社内全体飲み
面倒くさいので「体調不良なんで」と烏龍茶宣言。
早退する、より、烏龍茶で、の方が
威力があってびっくり。
急にみんな心配してくれた。
あはは。
7月30日(土)
昼から整体。
その後小川町まで歩いて
姉と待ち合わせ。
誕生日に、野鳥の会のブーツを買ってもらう。
その後秋葉原にて飲んで帰宅。
8月2日(火)
具合が良くならないので行ってみた町医者で
大学病院での精密検査を勧められた。
知らんがな。
ま、行ってみるけども。
8月3日(水)
休みを取って大学病院へ。
いやー。待つね。
とっても待つね。
休みも取ったし、近くのフレンチでランチ食べよう!!
とか思ったけど
気にしてたお店はランチ止めちゃったし
結局何だか普通のビストロで済ました。
悲しい。
検査結果はこれからまだ調べ物をするので
ずっと先だそうで。
何だか悠長な感じ。
はいはい。
8月5日(金)→8月8日(月)
ROCK IN JAPAN FES 2011へ。
あー。
もう。
楽しかった。。。。
もう、それ以外、ないっす。
別途書くことあったら、書きます。
自分のために。
8月9日(火)
上司とサシ飲み。
何故か熱帯魚とかいるお洒落バーへ。
何だこれ。
不倫ごっこはごめんだお。
8月10日(水)
会社の顧問とちょっといいお寿司屋さんへ。
ありがたい。
けど、日本酒好きで、飲ませ好きな顧問。
付き合ってくれた年下営担の目が完全にすわってる。
ああ、私が飲むしかないのか。
店の滞在時間2時間。
三人で飲んだ日本酒(他にもビールとか飲んだ)は
8合。
私きっと2時間で4合は飲んでるな………。
へろへろな年下営担と一緒に帰る。
とりあえず分かれるまではキリッと。。。。。。。。。。
自宅にてへべれけ。
8月11日(木)
昨日のサービス残業を知った女性営担が
「よし。お疲れって事でご馳走するから、軽く飲んで帰ろうよ。」
とお誘いしてくれた。
結果何連続?で飲む。
HUBにて簡単に…のはずが
気付いたらお互いの恋愛話までさらけ出しての熱論。
そうか。
いつまでも同じ人を考えてるうちは紹介できないってか。
そりゃそうだけどねー。
8月12日(金)
鬼軍曹の部長が発する「暑気払いするぞ!!」
に
「聞こえないフリ」カードを使って帰宅。
もう今日は知らん!!
8月13日(土)
後輩と岩崎邸へ。
ゆるゆると回ったけれど
やっぱりデザインを見ると、どうしても古河邸のほうが良く見える。
日光の入り方
装飾の地味さ
庭園、和的部分への導入
どれをみても
古河邸のほうが好きだな。
どっちがいいもの使ってるか、は、完全別でっせ。
その後上野の「空海と密教美術」展を観てきた。
超おもしろかった。
空海の教えってちょっと哲学っぽくて好き。
仏も神も、自分の心にっていう、シンプルな考え方。
8月14日(日)
寝る
8月15日(月)
有給を取った。
家族全員で12時に黙祷して、その後靖国神社へ。
結構混んでたけど、相変わらず中は静かなまま。
おじいちゃんについては、また別途。
8月17日(水)
会社の若手同士の飲み会。
しかし私が最年長……。
何たることか。
8月18日(木)
ランチ時、後輩(昨日飲んだ)の恋愛相談に乗る。
ありえない自己中発言にキレて、説教。
人のこと言える立場じゃないのにーにーにー。。。。
でも結局
夜に何だか私のお陰でまとまりました的なメールが!!
よ、良かった。
怒って良かった。
実はこれで破局とかびくびくしてたわー。
8月24日(水)
大学病院にて2度目の検査。
即開放のため、午後頑張る。
8月25日(木)
夏のVIVA!YOUNG!@下北沢CLUB QUE
行ってきました。
トモフは相変わらず
凄くて、素晴らしくて、同じくらい、駄目だった。
そこのバランスが凄すぎ。
対バンのTHEラブ人間の良さは私には分からなかったので
すぐに帰宅。
愛とか恋とか青春とか。
そのまま使っちゃだめだよー。
つうわけで。
毎日飲んでたような日々でした。
あー、お金ないな。
当たり前か。
ただいま戻りました。
やー。
お久しぶりです。
まっこと忙しかった怒涛の5月を抜け
まっこと自由に遊んだ6月が終わろうとしています。
いろいろ語るその前に
誰にも知らせてないこのブログ。
だからこそ、言ってもいいですか?
つ か れ た よー!!!!!!!!
が ん ば っ た よー!!!!!!!!!!!!!
に げ た か っ た よー!!!!
でも、逃げなかった!!
えらい!!自分!!!
5月、物凄い仕事が繁忙期で、しかも、途中で逃げたやつがいた。
お陰で「てんてこまいとはこのことか!!」状態。
しかも逃げたのは私の先輩だ。
信じられない!!と思う暇も無かった。
とにかく仕事を締め切りまでに終わらせる!!ってことで
頭んなかいっぱいでした。
やー。
終わってよかった。
はい。
ごめんなさい。
もう仕事の話はしません。
えーっと。
5月1日に母の日デートをした
まで書きましたな。
じゃ、そのまましばらく過去を探るとするか。
5月3日
友人と浅草へ。
待ち合わせには歩いて到着。
色々散策後、アサヒビールを飲んで解散。
その後クラブライナー「This is pop」へ。
他はよく知らないけど
とにかく私はHotCakeを観たくて仕方なかったので。
で、観た。
相変わらずほんっとに素晴らしかった。
しかしガラッガラだったなー。
他は何か分かるけど(失礼)
HotCakeはもっと売れてもいいはずなのにな。
ちきしょうだぜ。
5月4日
両親と谷根千へ。
まず根津神社でさつきを見て
天皇献上の赤飯を売る和菓子屋さんにて柏餅。
そんで谷中霊園の桜の新緑を目いっぱい味わって
日暮里のエキナカで夕飯買って帰宅。
あー。老人のようだ。
あ、そうか。
両親はもう老人なのか。
そうか。
5月5日
友人と映画を観に新宿バルト9へ。
ランチはABCマート隣のビルにあるインドカレー屋さんへ。
このカレー屋、ネパール旅行時に
カトマンズの土産屋にいたイケメンのネパリが
「私ガバイトシテイタ店デス。是非!」
と言っていたので気になってた。
(ちなみにそこで土産は買ってない。)
カレーは
すっごい美味しかったし
昔のキャバレーっぽい内装が何より惹かれた。
で、映画「まほろ駅前多田便利軒」
すっごい良かった。
原作は読んでなかった(今は読了)けど楽しかった。
今考えても
行天のヤバさは多分松田龍平しか出来ないと思う。
だってあの人、平気で人刺しそうな目をしてるでしょ?
殴るシーン、タバコを押し付けるシーン、全てリアルww
個人的には松尾スズキがシンちゃん役なのが良かったなー。
で、作品の話をすれば。
普通に生きて、喜んで、怒って、哀しんで、楽しむ。
酒を飲んで駄目になったり
人を愛して気弱になったり
人に傷つけられた、だけならいいけど
人を傷つけた、という過去を抱えたり
しながら
生きている。
そんな不恰好な毎日を
やるせなく過ごす日々を
ちょっと頑張ったら、愛せるような気がする
そしてそのちょっと頑張るってことは
そのやるせなさと
ちゃんと向き合うってことだ。
そう感じられる映画だった。
しかし瑛太って俳優はスポンジのようですな。
これといったカラーが無い。個性が無い。
だからこそ何にでもなれる、というか。
多田が瑛太かー。
原作読了の今、他に誰か…と考えるとわんさか出てくる。
でも、その誰がやっても
あの「まほろ」にはならなかっただろうなぁ、と。
そう思うと、あれで素晴らしく完成なんでしょうな。
5月7日 5月8日
LUNKHEAD「ビーヴォップハイスクール」
横浜Lizard・千葉Lookへ行ってきました。
【vivo】が発売されてから随分経つけれど
今回のアルバム&ツアーが
本当に素晴らしいものだと確信する2公演でした。
今回の【vivo】のテーマである
「人は独りで生きていってはいけない」
(生きられない、ではなく、独りで生きては駄目だ、という意味)
という言葉は
震災以降、より強いものとして発信されている。
それを目で、耳で、肌で感じられた。
小高さんのエネルギーを全て吸い取ったような
小高さんにエネルギーを全て吸い取られたような
凄いライブだった。
…疲れた。
5月14・15日
やーこれが。
くそ忙しいなか、行ってきました。
京都へ。
13日は23時過ぎまで仕事をして
14日の朝7時発の新幹線でしたとも。
正直、死ぬかと思ったね。
新幹線の中は熟睡。
同行する後輩も何も言わず、言わさず。
けれど着いてからは
貴船→大原→コロナ→祇園で乾杯☆
二日目も
葵祭→伏見稲荷→東寺→鶴屋吉信→祇園で乾杯☆
って乾杯は必須か!!
まぁ、すっげい楽しかったです。
後輩と現地の友人のお陰だ。
しかしコロナのおじいちゃん
あれはもう、コロナっていうひとつのアトラクションだな。
5月21日
マッサージはしごの後、友人と神楽坂ごはん。
なかなかいい感じの店で、和食をいただく。
マッサージ後のため酒が進まず、無念…。
5月27日
仕事の締め切り日。
最初に書いた、例の逃げたやつの分が
全部まわってきて、もの凄い大変だったんだけど
正直どう大変だったか
記憶には、ない。
けど、この週は
「自分こんなギア持ってたの?」
ってくらいのギアチェンジをした。
記憶にはないけど
打ち上げをしてカラオケに行った。っぽい。
6月1日
エレファントカシマシ@オリンパスホール八王子
正直。
チケットはしばらく買ってなかった。
最初はファイナル取るのに必死で
他もきっと売り切れてるだろうと思ってたし。
だけど繁忙期のさなか、何となく見たサイトで
まだ売ってる!!と思ったときには
すでに決済ボタンをクリックしてましたww
ご褒美ですたい。
というわけで八王子。
いんやー、ほんっとに素晴らしかった。
バンドとして、演者として、
「これ以上まだ伸びるんですか!?」ってくらい
前回の武道館より
アルバム「悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅」の
世界観・迫力を、凝縮・濃縮で表現しておられた。
ほんとうに素晴らしいバンドだ。
敬愛していて良かった。
ありがたい。
6月2日
愛しの人と夕飯を食べる、というご褒美。
そのままどこかに行きたかった。
例えばバンコクとか。
例えばこのまま
このままでいたかった。
6月3日
職場の会議後の飲み会。
カラオケまで付き合うことになる。
知らん間に木綿のハンカチーフ担当になる。
6月8日
上司に誘われて2人飲み。
とりあえずお互いよろしくってことで。
6月11日
ウォーキングで骨盤を痛める。
そろそろやばい。
6月17日
友人と私の誕生日会
なのに店全滅。
仕方なくHUBで終わらす。
6月21日
仕事の先輩に連れまわされる。
6月23日
マスザワさん主催の
「僕とスピッツ」@高円寺クラブライナー
通称スピッツナイトへ。
いやー。超楽しかった。
私正直スピッツそんなに詳しくないんだけど。
や、好きですけど。
草野さんは
エレカシの新譜を正座で聴くひと
意外と骨太
昆虫大好き
ってくらいしか知らないし。
初めてスピッツを知ったのは
伊集院光氏のラジオ「Oh!デカナイト」のOPだった
「スパイダー」から。
アルバムが出たら
買ったり借りたりして聴く。
そのくらいの知識で
むしろスピッツよりも
スピッツが好きなマスザワさんが好き。
スピッツを語るマスザワさんが見たい!
ということで参加してきた。
流れとしては
マスザワさん一人イントロクイズ
↓
マスザワさんが好きな歌詞ベスト10←これ超良かった!!
↓
マスザワさんと観るスピッツDVD
↓
アンケートで作る今日のベストアルバム&ベストソング
↓
スピッツあるある
↓
マスザワさん弾き語り
って感じで、この間に水野創太さんの弾き語りが挟まれてた。
あ、
で、
私読まれました、アンケート「スピッツあるある」!!
1位直前に読んでいただいたのが、こちら。
「普段あまり音楽を聴かない人に『スピッツっていいよねー』とか言われると
何ともいえない気持ちになる」
キモは「イラッとする」とか「悲しくなる」とかじゃなくて
「何とも言えない気持ちになる」ってとこだったんだけど
マスザワさんにぴしっと触れていただいて、大満足でした。
で、アンコールは念願のスピッツDJ!!
もうこのときのマスザワさんが一番好きだ。
ほんっとに楽しかった!!
帰りは高円寺近くのタイ料理屋でひとり打ち上げ。
やっぱ空心菜炒めうめー。
6月25日
まもなく68になる母のお祝いで1日デート。
映画は何がいい?と聞くと
速攻で「デンデラ!!」
って。。。
…姥捨山の話じゃん。
しゃれになんのか………。
と思ったけど
やってきましたバルト9。
新宿にいる老人を全てここに集めました!!
ってくらいの平均年齢でしたけども。
映画は、痛快で面白かった。
あれは男性が観ても意味無いな。
女性が観てこその映画だと思う。
6月26日
友人から登山の誘いをいただいて
登山靴を買いにいってました。
下町の実家から歩いて駿河台下まで。
あれ?あそこって小川町か?
まぁいいや。
行ってきました。
そんな感じで2ヶ月近く過ごしてきました。
はぅー。疲れたな。
日記書くのに2ヶ月とか疲れるに決まってるんですけどね。
そういや、ロッキンのフェス、タイムテーブル発表されましたな。
セカオワがいつの間にかアルファベット表記になってたり
知っていたはずのフラカン不参加を改めて感じてみたり
いろいろ感じることはありつつも。
まぁ、楽しみだなぁ。
いろいろ考えてることとか
なかなか書けないな。
そもそも
そんな考えてるのかな。
何か最近
毎日よく分からない。
どこに向かって進んでいるのか。
夜が更けていきます。
母の日
5月1日(日)
母の日を少し前倒しにして、イタリアンへ。
「地元にこんな素敵な店が!!下町のくせに!!」と
八つ当たりしたくなるくらい美味しいイタリアンだった。
何か昼からワインとか、シャレオツなことしてきました。
その後岡本太郎展に行きたくて、
たどり着いたのは上野。
…ブッダ展の看板の前で
はっ!!
六本木かー。。。
そっちかー。。。。。。。。。。。
というわけでレンブラント展に行ってきました。
ブッダは映画を観てからにしようかと。
↑もうチケット買ってあるし。
いやー、レンブラント、すげかった。
何あの細かさ。
晩年は目が悪くて版画を辞めたそうですが
あんなもんやってたら目も悪くなるがな。
転んでもただで起きないというか
結果オーライというか。
堪能してきました。
音声ガイドは辰巳卓郎氏。
前回、ゴッホ展でつけた安住さんのガイドが良すぎてあれですが
何かちょっとフレンドリーなのがウケた。
エキナカで夕飯買って帰宅。
母と休日を満喫してきた。
たまにはいいな、こういうのも。
いつもありがとう、をめいっぱい込めて。
岡本太郎展が、終わってしまう…。
ブログ
そういえば、ロッキンのフェスが開催決定だそうですな。
不安定な状況のなか、不謹慎だという声が多いみたいで。
「不」ばっかだな。
無責任とか、いろいろ意見はあるけれど
開催されると決まったからには
私は行こうと思ってます。
30年生きた体に、何の愛着も無いっていうのもあるけど
って、まぁ、それだけか。
いやいや。
では、日記(って言うのかな)をだだっと。
4/2(土)
先輩の結婚式へ。
うー。
愛想笑いは苦手だ。
けど、関根麻里キャラ。
同席の男性陣は既婚者ばっかり。
いい人ぶって、どうすんだ。
4/3(日)
神田明神まで歩く。
歩くのが最近アツイんだけど、
神社を最終目的地に選ぶのは、まぁ、そういうことです。
日本静まれ!!ってことです。
4/4(月)
職場の上司に連れられて、銀座のすし屋へ。
何食べても緊張する。
その後のバーも、何飲んでるのか不明。
4/5(火)
母と居酒屋へ。
おごるのはいいんだけど、店員の気遣えなさにがっくり。
4/7(木)
仕事で事件発生。
あー、これでもう早く帰ったりは出来ないんだね。
4/8(金)
事件のせいで、会社の役員主催の花見に参加できず。
萩の月をもらって仕事に戻る。
4/9(土)
後輩と上野公園~根津・千駄木へ。
桜きれいだ。
4/10(日)
新橋にて友人とランチ。
初めて食べるトルコ料理、なかなか美味。
そして選挙へ。
まじで東京は終わった!!と思ったけど
そう思う層がほどほどにあることに、希望を感じるしかないのかも。
あ、政治については書かないのが信条でした。
すみません。
4/14(木)
仕事飲み。
嫌過ぎて、ひとりで飲みなおす。
4/16(土)
フラカン野音。
正直、今までで一番良かったかもしれないライブだった。
「虹の雨上がり」には
涙が止まらなかった。
このまま、届けて欲しい。
4/17(日)
またもや、歩く。
この日は仲間と北へ。
30キロを超えるとさすがにきついなー。
4/23(土)
同期会。
やっぱり同い年はいいなぁ。
カトケンやらサンリオやらで大盛り上がり。
しかし、この日の名言は
「少女マンガとSFは同類だから」
ときめきトゥナイト!!
4/24(日)
友人の誕生日会で、昼から飲む。
9時にはつぶれて帰宅。
あれ、何してたんだっけ?状態。
4/27(水)
EASY DO DANCE @O-EAST
急遽、仕事が速く終わったので
1時間くらいの遅刻で参加。
超楽しかった。
鶴もちょこっと観れたし
何よりTRICERATOPSは凄かったー。
楽しかったー。
4/28(木)
会社の飲み会。
カラオケで一曲も歌わずブーイングを受ける。
知らん。歌わん。
自分の好きな人達の曲はおこがましくて歌えません。
自分が好きじゃない人達の曲は歌いたくありません。
以上。
4/29(金)
昼間で飲み、夕方まで寝る。
4/30(土)
ひたすら歩く。
25キロくらいで勘弁してやらー。
で、今。
ふぅ。駆け足でやっと追いついた。
ストイックなことをたまに挟むのは、
健康とかダイエットってこともあるけど
それよりも、まず自分と対峙する行為なんだと思う。
ひたすら一人で歩いたりすると
まず自分の中の沢山の自分と向き合うことになる。
悩み、葛藤、自負、自責、劣等感、後悔、まぁ、もろもろ。
その一つ一つと会話をして
分析して
並び替えて
組み立てなおす。
そうすることで、少し正常になる、気がする。
そして、ここでこうやって好き勝手に喋ることが
私には必要なんだと痛感した。
というわけで、やっぱりくだらない日々を書くことにします。
みかん祭
やー。
久しぶりに来た。
ブログってのは、あれですね。
書いてると、書くのが当たり前になって
ある日無性に書きたくなくなって。
書かないと、書かないのが当たり前になって
で、ある日無性に書きたくなるもんですね。
もんですね、じゃねぇよって。
はい、すみません。
ちょっと前から書こうとは思ってたんですが
なかなかどうして(古っ)仕事が忙しくて。
ようやっとGWの恩恵にあずかっているわけです。
だってツイッターとか、リアル友人に知られてるとこだと
なかなか本音はつぶやけないもんですよ。
今日なんてつぶやくのに5回くらい躊躇ったもんね。
何から書こうかな。
とりあえず、ブログなので、履歴を追うか。
3月27日 LUNKHEADみかん祭@新木場STUDIO COARST
あの、歩いて行きました。自宅から。
誰もいない、風の強い湾岸を歩くのは
正直心細かったけど
何だか少し、すっきりした。
友人との待ち合わせぴったりに到着。
お昼を食べてなかったので
たらこおにぎりをかじりながら、会場へ。
高校生かっ。
【DJ 鹿野淳】
入場するとともに、鹿野さんの鳴らす音楽が聴こえる。
最新は、Plentyかな?
トイレとか、ビールとか
もろもろ準備して、フロアへ。
しかしみんな
鹿野さん知っとるだろうに
全然寄り付かない。
遠巻きに見てるだけ。
照れとるのかのー。
鹿野さんは粛々と、オープニングに相応しい
王道の、落ち着きめの、素晴らしい楽曲たちを、鳴らす。
BUMP OF CHICKEN、世界の終わり、フジファブリック。
口パクしてたら、目が合って、笑ってくれた。
優しいのう。
正直、来場数は多くない。
いつもは開けている2階席もプール側も、この日は閉めていた。
それでも隙間が目立つくらい、人が少ない。
来たかったけど来られない人
来たかったけど来ないという答えを出した人
来たくなくなった人も
沢山いるんだろうなぁ。
そして、会場がやっぱり暗いww!!!
階段とかはテープで強調されてるから
転んだりってことはないけど
何かとにかく暗くて、良かった(ええのかい!)
開場から30分くらいで
鹿野さん側が暗転、LUNKHEADがメインステージに登場。
まずは、こんな時に来場した客へのお礼と
こんな時でも開けた理由を
ぽつぽつと小高さんが、話す。
ブログにもあった、
今、やらなくて
例えば一ヶ月後にやったとして
何が違うのか、と。
今やらないで、この先胸を張って歌えない、と。
みんな、あれからも学校に、会社に行ってるでしょう?
じゃぁ、何故自分たちは歌わないのか?
不謹慎かもしれないけれど、これが僕たちの仕事なのだから
歌うしかないんだ、と。
今回来られなかったお客さんの分まで楽しんでいってください。
この会場にある隙間には
みんなの隣には、来られなかった人の想いがあるはず。
だから、その分まで、それごと楽しんでください、と。
今回はフードもドリンクも止めて
ステージ割り、時間も随分簡略化したけれど
(もちろんそれでも全力で演奏するけれど)
次回は必ず、200%の状態でみかん祭をやります。
だから、だからこそ、今日は今日で全力で楽しんでいってください。
というような話で、一旦挨拶は終了。
詳しく順番とか覚えてないですが、確かこんな感じだった……はずです。
で、その後メンバーみんなにマイクが回り
さっくんが目から星が出そうな声で挨拶をしてw
おっさんが寒いコメントをしてw
壮さんによる
「みかん祭、開催!!」
で、開催宣言となりました。
うち、2人だけが残り、何だかぎこちないままギターを構える。
失笑のなか
【ヨシモン&ソーファンクル】
シアトルからの来日だっけw??は4回目だとか。
この原発問題の最中、ありがたいことですww
曲は2曲のみ。
まずは「僕らのうた」
久しぶりに聴いた気がするなぁ、と思ったけど
考えたら、ランクのライブ自体(もうランクって言ってもうた)
かなり久しぶりだ。
1月末のタワレコ地下以来かな。
こんな時に、一発目に持ってくる歌として
これ以上は無いってくらいの、歌だ。
今この瞬間に苦しんでいる人がいる。
その実感は、今までもあったけれど
今の実感たるや、本当に痛いくらいだ。
その心情を歌った歌を、最初に演奏するかー。
そう来たかー。
そしてMC。
今回のことで、自分の無力さに押しつぶされそうになる。
俺の手は、本当にちっぽけだ。
だけど。
という話をした後で、
「みんなの手のひらを見せてくれませんか?」
みんなステージに向かって手のひらをかざす。
その瞬間、照明が付いたのかと思うくらい、会場がぱっと明るくなった。
小高さん(あ、失礼、ヨシモンです)も、まぶしそうだ。
ひとりひとりの手は、こんなにちっぽけで
この手で出来ることなんて限られている。
けれど、みんなで集まって、手を取り合って
これからもみんなで進もうとするならば
きっと一人で掴もうとすることよりも、大きな事を掴んだり
一人でやろうとすることより、もっと大きなことが出来るんじゃないか。
というような事を、話しながら
いつの間にかソーファンクル(ま、間違えなかった…)のギターが鳴り出す。
「一緒に歌ってくれませんか?」と
「僕らは生きる」へ!!!
久しぶり!!
一時「僕らは生きる」をやると
小高さんがフロアに突っ込む、っていうのが
何だか決まりごとみたいになって、それを止めてから
たまにしかやらなくなったので(まぁ2人には関係ないけどね)
ほんとに久しぶりに聴いた気がする。
語りの部分は今述べた感じで、既存のものではありません。
で、「ラララ~ラ~ラ~ラララ~」の大合唱。
2人とも嬉しそうだった。
外タレよろしく、2曲で終了。
(多分OAって事なんだと思われます)
このとき、私は会場の左側の段の上にいたので
DJブースが近かったんですよ。
まぁ、最初、鹿野さんがやってたから、そこにいただけなんだけど。
で、ヨシモン&ソーファンクルが終わりに近づくときに
ちょっと次のG田さんがどうなってるのかと、見たら
G田いない。
もう、そろそろ始まるのに、G田(気が付けば呼び捨て)はどうした!?
と思いながら気を取られていると
下のほうでこそこそ何かしてるG田を発見。
あぁ、コスプレか。
と、合点してヨシモン&ソーファンクルのラストを楽しんでおりました。
【G田DJ】
コスプレは、昨年使用した全身ラメタイツ。
今回はベースを構えてないので、やたらと色々気になる様子。
しかもDJ自体あやふやな為に、途中何度も鹿野さんに助けられてましたww
今まではドラゴンがいたもんなー。。。。
しかし恐らく、それを払拭するべく、の、ラメタイツ。出オチかっ!!
選曲は…1曲目KINKSの「YOU REALIY GOT ME」
2曲目はhideの「ピンクスパイダー」って
若い子全然わかんないのでは…と危惧するも
3曲目からは、今回参加するメンバーの曲を流してたので、安心。
しかし流してる曲のサビで喋るとか、無いっすわー。
ちょっと鹿野さんとか、他のイベントとか行って
もう少し勉強してください…。。。。。。。。。。。
若干のイラッと感を拭えぬまま終了。
そしてまた、メインステージへ。
【佐々木亮介 from a flood of circle】
鬼ころしパック(小)を片手に登場。
「飲みながら楽しくやろうと思います」とのこと。
私たちも飲もう!!と、一旦退場しましたが、
戻ったときにちょうど
「ほろ酔いついでに、これからLUNKHEADの曲をやるっていう暴挙に出ようかと」
と
「体温」を演奏してて
彼のハスキーボイス的にも
今のこの状況的にも
とても合っていて、凄い選曲だな、と思った。
実際演奏も素晴らしかったです。
っていうか
一人でああいうステージに上がるのって
バンドのフロントマンだとしても、凄い緊張するものらしい。
トライセラの和田っちがよく言っているもの。
それでいて、あのロック感が出るのは、凄い。
【DJ 鹿野淳】
鹿野さんの本領発揮です。
オープニングでは、ゆるめの曲ばっかだったので
「これは本番かなり飛ばしてくるだろうなー」と思ってました。
でも曲を流す前に鹿野さんが話したことには、少し驚いた。
湾岸が液状化現象とか言ってるけど、この新木場も例外ではなかったこと。
実はこのCORSTで、震災後初めて開催されるイベントがみかん祭だということ。
(TOKYO ROCKSの開催される若洲公園の視察だと思うけど)
2週間前(つまり震災直後)に来たときには
道路が盛り上がったり土砂が積み上げられていたり
凄い状況だったこと。
そして
今も橋の向こう(橋のふもとがCORST)はぐちゃぐちゃで、
川一本挟んだディズニーリゾートもどうなるか分かんない状況です。
でも、こんな時こそ
いち早くディズニーの輝きを取り戻して欲しい!!
って流れでの、1曲めは
「エレクトリカルパレード」のテーマ曲!!
そこからは、もう鹿野さんの独壇場。当たり前だ。
ROCKのDJが必殺!とするような曲ばかり畳み掛けるように流す。
くるり、アジカン、ハイスタ、シロップ、盛り上がらなくてどーする!!って選曲。
鹿野さんのDJって数回しか経験ないけど、
その中でも、相当気を使ったんだろうな、鉄板の選曲だったように思います。
私もフロアで踊ってたけど、気が付いたら会場が暑い!!
実はこの日は節電で暗いだけじゃなくて
エアコンも止まっていた。
「会場は暗いです。エアコンも止めて換気しかしません」って
張り紙がいたるところに貼ってあった。
入ったときは寒くて寒くてストールが手放せなかった。
それがいつのまにか熱気でムシムシしてるくらい!!
人って凄い!!鹿野さん凄い!!そしてありがとう!!
いろんな意味であったかくなるDJでした!!
そしてストール邪魔!!
【斉藤宏介&綾部健司&山本健太】
余りの暑さに
ドリンクやらトイレやらふらふらしていたので
ほとんど聴いてなくて、「あー終わっちゃう!!」と
フロアに向かったときに
「今宵の月のように」が始まりました。
えーと
もう瞬時に
ダッシュで外に出ました。
あはは。
えーと。
えーと。。。。
エレカシのカバーって、よくされるので慣れてるんですが。
駄目なものは駄目です。
あの宮本先生のお声以外で、あの歌を歌われる
あの皆さんの演奏以外で、あの曲を演奏される
のが、もう、無理なので。
無理です。
ラウンジ的なところで、もう既に見たグッズとか見てやりすごしました。
この感覚って、やる側には無いんだろうなぁ。
かっこいい!からやりたい!って普通に純粋に思うんだろうなぁ。
さっきの体温は全然なんとも思わないっていうか、
むしろ楽しかったのになぁ。
愛情の深さによるんだろうか。。。。。
そのまま外のブースにて飲んだくれる。
なので呂布は見てません。
っていうか、どんなスタイルでもラップは、ちょっと…。
なんか「ラップ」ってどうしてもダサく思える。
だって。
言っていいすか?
なんで、日本語を抑揚付けて喋るだけなのに
「Yo!!」とか「Hoo!!」とか言うの?
だったらリリック自体英語にすればいいし
日本語なら「せいやっ!」とか「おりゃっ!」とかあるじゃん。
…まぁ、自分で言ってて「ないなぁ」、とは思うけど。
そもそも日本語を抑揚付けて喋るだけだと思ってる時点で
合わないんだろうなぁ。
でもブギーバックもJOINTも好き。
何でかな。
【LUNKHEAD】
入場のテーマで、いつもどおりに登場。
私は上のほうにいたけれど
友人と別れ、一人フロア後方へ。
騒ぐぞー!!
1曲目は予想通り「狂った朝」
地震から、この曲を何度も聴いて、何度も聴く途中で止めたりもした。
「目が覚めても悲しいニュースは消えてなかった」
から始まるこの曲。
痛いくらいに、響く。
そして「インディゴ」!!「体温」!!
会場全体がふわっ!としたところで
まさかの
「密室」と「夕暮れ」
「夕暮れ」は、私のなかでとても大事な曲。
あの曲が描く風景と、情緒と、思想は
私の大事なところでいつも鳴っている。
しかし続く「ハイライト」も好きなんだぜ!!
ここからは怒涛の後半戦。
会場も盛り上がる一方でした。
最後アンコールの「前進/僕/戦場へ」まで
一気に駆け抜けた、圧巻のライブでした。
あの日、あの場所にいた人達が
何処から来て何処へ帰るのかは知りませんが
何ていうのかな
「軽く被災したんだけど軽すぎて被災したって言えない」感じの人が
大多数だったはずなんですよ。
凄い、凄い怖い思いをした。
命ほど、家ほど重くは無い、大切な何かが壊れてしまった。
だけど、東北の人達には、そんなこと言えない、っていう。
少なくても東京の人達は、私は、今だってそうだ。
原発の問題も、どうなるか全然分かんないし
余震だって凄いあるし(っていうか、まさに今揺れたな)
でも、そんなこと言えない。
今、辛い思いをしてる人が多すぎるくらいにいるから。
だから「いやー、あの日はびっくりしたね」なんて流してる。
だけど心の中では物凄く不安で、怖くて、びびってる。
それが、この日
「どーん!!!!」と消化された気がした。
「不安で当たり前だこのやろう!!」って
みんなでおしくらまんじゅうしたような。
あの日のみかん祭は
人生にロックミュージックが必要ない人達からしたら
「電力の無駄」で、「けしからん」ことだったと思う。
実際、そういうムードの真っ最中だったから。
けれど、あの日、あの場所にいた人達は
少しだけ、元気になれたんじゃないかな。
元気になれたっていうか
元気じゃなくてもいいって思えたっていうか。
少なくとも、私は
無力感にさいなまれることはない、と思えた。
だって募金して、節電して、あと何が出来る?
牡蠣オーナーになってみたり、
支援物資を掻き集めて送ってみたりもしたけど
あと何が出来る?
社会人の私は
あとは社会を動かすことしか出来ないでしょう?
だけど凄い無力感だった。
その無力感を、共有することで相殺した
そんな夜でした。
一緒に言った友人も、とても楽しんだようで何より。
最後は焼き鳥屋で飲んだくれて終了。
って、また!!!
一日のことを深く書きすぎて、長くなってもうた!!
えーと、とりあえず、3月27日のことでした。
次回に続く。
2週間
あれからPCを付けられなかった。
私のくだらない自尊心とか劣等感とかをひけらかすためだけのブログに
電力を使うのは悪い気がした。
でも、このままでは感情が溢れ出て、おかしくなりそうなので、書きます。
金曜日、徒歩通勤の私は暢気なもんだった。
自宅に歩いて帰るのは、いつもの事だ。
家に帰って
家で仕事してるおとんと
主婦のおかんと
怖かったねーって
もう今日は片付けもあるから、楽しちゃえーって
買ってきた焼鳥(何故か売ってた)を食べて
飲みながら暢気にブログ更新して、寝た。
土曜日、昼過ぎに起きて愕然とした。
金曜日は、怖かったから
テレビもあんまり見なかったんだ。
だって正直、「死ぬかもしれない」って思う経験をしたことに疲れていた。
この前、伊集院さんも言っていた
「この瞬間の、前と、後で、確実に何かが変わる
この瞬間をもって、5分前の感覚ではいられなくなる」っていう
その狭間にいる
という感覚を味わった事に疲れていた。
強い地震があったんだね、くらいの感覚で終わらせたかったんだ。
でも、勿論そんなくそ甘いことじゃ、全然なかった訳で。
まず、首都圏で帰宅難民が沢山出たって
この日に初めて知った。
昨日送ってくれたであろうメールが、やたらと来た、もしくは寝てる間に来てた。
急に怖くなって、とにかく危なそうな所にいる友人に
連絡を取りまくった。
返ってこないことに、ただ怯えていた。
しかも、こんな時に限って
携帯が故障してて、代替機…!!
いちいち使いづらいんだよ!!
(結局、一週間以内にはみんな無事確認の連絡が取れました。携帯も直りました。ありがたい。)
そして、東北地方の被災状況。
津波で町が、家が、車が飲み込まれていく様子を見ても
人が飲み込まれているんだと、誰もがわかる。
こんなことが本当におきているって
にわかに信じがたい映像ばかりが流されていた。
でも、これが現実だと鐘を鳴らすように
目を背けるな、と言うように
都内でも、延々と余震が来る。
それも、急いで玄関のドアを開けて、何とか耐えるってレベルの余震だ。
遅ればせながら、このとき初めて
こたつでバラエティ観ながら無邪気にげらげら笑ったり
ライブでがんがん騒いで遊んだり
今、命がある、生きている、という実感の無いままに日々を過ごすことは
しばらく出来ないんだな、と悟った。
そしてその「しばらく」の長さを考えると、また怖くなった。
立て続けに入ってくるニュースに
何だか追い立てられるような
攻め立てられるような気になった。
家族にとにかく節電しよう、と呼びかけた。
何故か凄い食欲が湧いて、しこたま食べた。
日曜日、いたたまれなくなって、関西に住む大好きな人に連絡した。
無事の連絡と、私一人暢気な気がするけど、どうしたらいいかな?と。
答えは単純明解。
「募金と労働。」
黙って経済をまわせ、と。
今では誰もが言っていることだけど
この早い段階にそれを聞いて、本当に助かった。
冷静になろう、と思えた。
会社から「支援物資を送るから、何か持って来い」っていう連絡が来たので
毛布やら水やら生理用品やら
しこたま準備して、とにかく寝た。
この日を境に、毎日、寝られない。
せっかく寝付いても、殺し合いの夢を見て、とび起きたり。
被災してないのに、傷ついてる。
馬鹿みたいだけど、そんな感じが続いてる。
ニュースが耳に痛い。
でも、情報を掴まないと、不安になる。
その繰り返しで、あれから二週間が経った。
正直、二ヶ月くらい経った気分だ。
ネットやツイッター等で情報を見ては(全部携帯か会社)
辛い気持ちになったり、少しだけ楽しい気持ちになったり
愕然としたり、救われたり
憤ったり、希望が見えたり。
笑ったり、笑うことが罪に思えたり。
自分を保つのに精一杯の、綱渡りな感覚が今も続いている。
被災してないのに何甘えてんだ、って話かもしれない。
別に甘えてない。本当に寝られないだけだ。
先週、3連休の時、日曜か。
自宅から歩いて靖国神社まで詣でてきました。
思ったより近くて、片道10キロ無いくらいの道のりでした。
募金もした。支援物資も送った。節電もしてる。
馬鹿みたいな買い占めも、勿論してない。当たり前だ。
でも。
無力感に苛まれて、どうしようもない。
あんなにも人がバカスカ死んでて、
あんなにも人がバカスカ苦しんでいるのに、
何にも出来てない気がする。
その無力感と共に、
都内の非日常的な興奮状態に、どうしようもなくなった。
だから。
どうしようもないなら
どうしようもないまま
したいことを、しよう、と思って。
詣でてきました。
あ、ちなみに
靖国にしたのは、おじいちゃんがいるからで。
他意はありません。
母校も近いので、馴染みがあるだけ。
右でも左でもないので、あしからず。
まぁ、天皇はめちゃくちゃ尊敬してますが。
おかんが、この物流事情で
田舎に彼岸の挨拶を送れない、
兄の命日なのに…と嘆いていたので。
おじいちゃんに謝りついでに、神様に一日も早い復興を願おうかと。
歩いて詣でた理由も、特に無い。
歩いたほうが、何となく効き目があるような気がして。
あと、何か歩きたくて。
靖国神社は、空いていたけど、若者ばかりでした。
こういうときに神頼みするのって、若い人なのかな。
それとも、夕方だったからかな。
綺麗でした。
何だか、地震のことなどそ知らぬふりで、憎らしいくらい綺麗だった。
いつもどおり、500円玉を入れて、おじいちゃんと神様に挨拶しました。
少し、救われたような気がした。
ああ、自分のために詣でたんだな、と思った。
また歩いて帰った。
そして今週。
靖国に行ったお陰で、少しだけ冷静になれた。
でも、寝られない日々は続いている。
あの情報を受け入れるスペースが、私にはもう無いのかもしれない。
そんなキャパ、もともと誰も持ってないだろうけど。
原発。
増え続ける死者数。
報道されない被災地の悲鳴。
相変わらず続く、首都圏のパニック。
テレビはパニックを煽って、あとは美談を流すのみ。
寝られない頭で、ずーっと考えていた。
ただの一市民として、どう構えればいいのか。
勿論答えなんて無いことは分かっている。
でも、考えずにはいられないし、考えてないとおかしくなる。
でも、答えが出ないなら
「答えが出ないことを考えてる」
と感じる、しか、ないのかもしれない。
禅問答のようだけど。
爆笑問題の太田さんが
「何も出来ない事を知るっていうのも、今出来ることのひとつだと思う」
というような事を話したらしいですが、正にそう思います。
っていうか、そう思うしかない。
そして。
これだけは勘違いしたくない。
知人、友人のほとんどが「落ち着いたら会おうね」と言ってくる。
でも、私はその気持ちが分からない。
だって、彼ら、彼女らは、いつ落ち着くって思ってるんだろう。
停電が終わったときか。
きちんと電車が動いたときか。
この買い占めやら、水やらのパニックが終わったときか。
所詮、そんなところなのかもしれない。
「自分が」落ち着いたら会おうね、と言われている気がしてくる。
本当に落ち着くのを待ってたら、きっと、何年も何十年もかかるだろう。
いや、落ち着くことなんてあるんだろうか。
一生会えないことになるじゃないか。
色々な考えがあるだろうけど
私は、今こそ出来るだけ多くの大切な人に会いたい。
顔を見て、話がしたい。
怖かったね、でも何でもいい。
仕事の話でも、恋愛の話でもいい。
笑ってごはんを食べたり、飲んだりしたい。
それは、今一番大切なことじゃないかと思うんだ。
じっと黙っていることで、誰が救われるというんだろう。
浮かない顔をして閉じこもることで、誰が楽しくなれるって言うんだろう。
寝られない。
けど、寝られないねって話を
誰かとしなくちゃ駄目なんだと、思う。
そうやって、人は繋がっていないと
いつか本当に壊れてしまうから。
色々な思いを抱えた人がいると思う。
その色々を垣間見に、明日。
LUNKHEADのみかん祭に行ってきます。
大切な友人と、めいっぱい話をして、祭を楽しんでこようと思ってます。
行ってきます。
そして、最後に。
私の祈りが少しでも届くのなら、と微力ながら祈ります。
亡くなった方のご冥福と、被災地の一日も早い復興を祈ります。
2年後か、3年後かは分からないけれど、
いつか、必ず、そう遠くない未来に
東北旅行に出かけたいと思っています。
沢山の美味しいものを食べたいと思っています。
それが偽善でも何でも、私は別に構わない。
私は、そう選択しました。
やっとにっき
もう、いいや。
ついでに色々書き溜めておきます。
これは日記のはずなんだけど
月記くらいになってるな。
2月10日~2月13日
熊野古道に行って来ました。
このくそ寒い中
「太平洋側が雪でやばい」ってなってる中
行って来ました。
行けば行けるもので、結構普通に帰ってきて
最終日に京都でお抹茶をいただける具合。
やー、パワースポットって凄い。
本当にパワー貰って帰ってきました。
しかし
ネパールといい
最近お金使い過ぎだな…。
2月16日
友人とオイスターバーに行こうと思ったけど
オイスターバーだと
その後の店を探すのが面倒ってことで
美味しい牡蠣を出してくれる居酒屋へ。
…うまかった。
20種類くらいある生牡蠣の中から
いくつか食べたり
牡蠣の天ぷらとかグラタンとかを食べましたが。
私は本当に牡蠣が好きだと実感して終了。
ビールの後、2人でワイン2本開けて帰宅。
やー。幸せだー。
2月19日
母親と姉と東京ドームのらん展へ。
まー、相変わらず「写メ族」の台頭ですよ。
一眼レフとかで撮ってる人達は、まだ分かる。
なぜ写メで、そんなに張り切る!?
ってくらい、おばちゃん達は撮る、撮る、撮る。
作品を見ようとしているのか
撮ろうとしているのか、いつも分からない。
掲げた携帯が邪魔で、作品が見えないくらい。
しかしらん展の作品たち、ちゃんと見ると素晴らしかったです。
初日ってこともあって、とても生き生きしてました。
ガーデニング界の有名人にもお目にかかれて良かったなー。
しかし、そのときの私はすっぴん。
これから、友人(後輩)の結婚パーティーに行かねばなりません。
母と姉と先に別れ、一人自宅へ召還。
メイクやら何やら済ませて、池袋へ。
友人と待ち合わせの後、パーティーへ
後輩って言っても男子ですよ。
後輩男子の結婚も、もう、慣れたな…。
お相手の方は内輪の人なのに
更に後輩過ぎて、知らないし笑。
あー。凄いなー。
若いのに偉いなー。
パーティー終了後は
いつものバー?で、女友達と飲み直し。
あー、こうやって野暮れていくんだなー。
2月22日
会社のお偉さん達に誘われて、飲み会へ。
本当に元気な60代は
もう、怖い。
元気すぎる。
私は眠たいです!!って時間まで容赦しねー。
2月24日
部長と2人で銀座へ。
もうこのくだりも慣れたなー。
バーで飲んだ後、途中でもう1方合流して
更に、いわゆる銀座の女性の居るお店へ。
色々な話をさせてもらったけれど
結局は、もうカラオケっていう、ね。
2月25日
前の職場の女子会。
2時間くらい4人で飲んだ後
2人で近所のファミレス3時間コース。
久しぶりにドリンクバー的なので粘ったなー。
次の日声が出なかったくらい、喋りに喋る。
2月26日
母と上野での平山郁夫展へ。
とにかく素晴らしかった。
平山さんが守ろうとした世界遺産たちは
私が観てきたエリアが多く含まれていて。
こうやってくださったお陰で
今、私たちが観れているのかも、と
思うだけでありがたい。
何より
須弥山の絵が本当に凄くて。
母はその絵の前で泣きました。
そのくらいのエネルギーと、感動だった。
その後「みはし」で姉とバトンタッチ。
私は前の職場の人達との女子会(またかよ)へ。
夜は11時過ぎまで盛り上がったなー。
今となっては何話したか覚えてないけど笑。
かしましい宴でした。
結局この2日間を引きずって
月曜から声出ない日が数日続きましたとさ。
3月5日
土日の外出が続きすぎてパンクした。
友人との飲み会をドタキャン。
もう、無理。
今日行ったらやばいなー、と思って
親戚に亡くなっていただきました。
無理なものは無理。
というわけで、ただ、引きこもる。
3月6日
昨日の効果があって、今日は元気そのもの。
友人の家訪問。
3人男子の子供に囲まれて、わっしょいしてきた。
で、
その後は
TOMOVSKY@渋谷O-WESTへ!!
相変わらず、しかしかなり久しぶりの、トモフでした。
本当に天才。
天才兄弟。
楽しかったなー。
あんなにも自由で、のびのびで、楽しくて、ポップなのに
陰鬱している音楽って無いと思う。
正に後ろ向きで
その後ろ向きが、楽しい。
アルバム「秒針」については
ここで書いてないなー。
トモフの中でも、かなり好きなアルバムになりました。
トモフ本人は地味とか言ってるけど
これ、本当凄い。
くだらない啓発本とか一掃する、もう、何ていうのかな。
もはや発明だと思うな。
特に
「明日、君に会うのか」
「月にきいた」
「自転をとめろ」
は、教科書に載せたいくらいの名曲。
しかしTOMOVSKYさん。
出来れば、たまには、でいいので
O-WESTではなくて
LIQUIDROOMでやってはくれないか。
WEST、あんなにぱんぱんなんだし出来ないかな。
EASTでもいいんですが、キャパ的にLIQUIDのが少ないのかな。
どうなんだろ。
基本的にトモフのライブのみ
私は飲みながら観るので。
飲みやすいほうが、いいわけですよ。
まーWESTが飲みづらい。
左脇にあるカウンターの心もとなさといったら、ねぇ。
それに何ていうのか、
飲み物を買う人が目立つ仕組みになっているから
やりづらいんだよなー。
恵比寿なら、後ろでひょこっと買えるんだけど。
どうでしょうか。
もう少しキャパ、増やせないでしょうか。
何なら、もう少し減らして…ってそれは駄目だな。
むー。
そして今日に至ります。
ふー。
やっと書けた。
人生に追いついた。
最近思うことは色々あるけれど
日記がこうも滞ってると
書きたいものも書けませんからね。
とりあえず、今日はここまで。
って随分書いたな。
報告の、その後
で、久々に長いやつをupします。
どんだけ暖めたんだっていう、ね。
いやー。
社会復帰してから1ヶ月。
久しぶりに会社で働いて何が辛いって、肩がこる。
年末から体動かす仕事と
体動かす旅と
自堕落な生活と。
つまり、ぬっるいお湯に浸かっていたもので
オフィスワークは疲れますな。
ヒールだし。
とりあえず秋くらいまでは、今の職場に留まりそうな、気配。
根無し草ハケンの私は
働いてくれと言われる期間を
粛々と働くまででございます。
で。
そんな職場復帰のちょっと前。
1月29日(土)LUNKHEAD新アルバム披露LIVE@タワレコ渋谷本店B1F STAGE ONE
シングル「シンドローム」購入者のなかで
先行予約者の数百名が参加したこのライブ。
2月9日に発売される新アルバム〔vivo〕の全曲お披露目。
センター2列目で
全身で感じ取ってきましたともさー。
ちなみに。
もっと人数入ったんじゃねーの!?
もっと来たい人入れられたんじゃねーの!?
それとも予約はそんなに少ないか!!
ってくらいの集客。
ぱっと見、あと50人、いや、あと100人入れたのではないでしょうか。
ライブハウスではないので、まぁ、いいけど。
おそらく大多数の人が思ってたとおり
1曲目からアルバムの曲順で演奏されました。
初めての曲ばかりなので
いわゆる「わー!!」って、わっしょいする感じではなかったものの
一人一人が一音も聴き逃すまい!と
「じっ」っと聴き入る様はとても微笑ましかった。
正直小高さんの声はもともと聴き取りづらい。
だから初聴きでは、絶対に歌詞が全て聴き取れない。
まぁ、そもそも聴き取れたところで覚えらんないけど。
ほとんど何言ってるか分からないこともある。
でも、いや、だからこそ、というか。
今回とにかく
曲がかっこいい!というのが
とても良く伝わったライブだった。
いつも新曲を聴く度
正直「何言ってるかわからんが、あとで聴くのが楽しみだなー。」
くらいに思ってたけど(思うな)
今回はとにかく「うわっ!!何、今の!!」の連続。
何歌ってるかは別にして(別にって)
もう一度あの曲聴きたい!!っていう。
それは沢山の人が言っていたG田さんのベースが凄い件も含めて
楽曲の素晴らしさが際立った、そんなライブでした。
もちろん間に挟まれる(っていうかそういう曲順)
既に落とされてる曲たちには、みんな全力で呼応しながらも
[vivo]が凄い!!
っていう実感を肌で感じながら
最後の「ゲノム」を、このアルバムの最終地点を迎えた。
この曲は本当に凄い。
凄いけど、何が凄いって、まぁ、後で書きますが。
UST配信で観た人達も凄い数いたみたいで
タワレコインストアでの配信では最高視聴数を更新したようです。
でも
何より生で、この肌で聴き及んだ「すげえ!」感は凄かった。
アンコールで従来の曲をやるまで
何だか毒に見舞われたような
夢うつつのような
不思議な心境でした。
帰り道、電車の中で見たツイッター上は
すとんすとんすとんすとん言ってて面白かった。
みんな、やっぱそこかー。
はまりますとん。
そんで翌30日は女子定例会でスペイン料理屋へ。
翌31日は母と庭園へ遊びに行ってました。
2月1日からは職場復帰。
久しぶりの方々と、普通にお仕事。
4日は取引先と懇親会。
久々の会社っぽさ、すげー新鮮。
5日は後輩と京橋ドン・ピエール、からの、日本橋探索。
ビーフカレー旨かったなぁ。。。。。
その後、若かりし頃の友人たちとの新年会。
とりあえず着飾って参加。
私の愛しの彼はさらに太った模様。
で。
の。
2月9日(水)LUNKHEADニューアルバム[vivo]発売
ですよ。
もちろん前日夕方にフラゲしました。
前評判が良くて、実際生で聴いていて、で、の、発売。
やー。
凄い。
昔、ここで書いたような気もするけど。
LUNKHEADってもともとは
誰もが持ってるであろう
孤独とか、焦燥とか、取り残され感とかに
振り回されてしまう自分を
ただ孤独に歌っている「だけの」バンドだった、と思う。
それこそ「シューゲイザー」のごとく客を見ずに。
それを私なんかが
勝手に共感して喜んでたのは
「体温」の前くらいまでかなー。
今考えると、あの頃って
音が、とにかくスッカスカで笑!!!
や、今考えると、だけど。
そこから
手をひっ掴まれて、首根っこ掴まれて
「お前もかー!!お前も同じか-!!」
って言われた気がしたのは
「LUNKHEAD」の「すべて」「光の街」あたりからだろうか。
なんだか、小高さんが、みんなが
ひとつ腹をくくったような感じがした。
更に「孵化」から「ATOM」までの流れの頃に
それが現実感を帯びて、更に掘り下げられていったのではないでしょうか。
この頃は原点回帰を求める声もあったようだけど
それについては、同じ年の私からすると
何言ってんだって話です。
龍さんのこともあったな。
あれも大きかったな。
何だか全てがついこの間のことのようだ。
昔、LOFTで小高さんが
「俺には才能なんて何ひとつ無い。
だけど、だから、とにかく、全身全霊で歌うしか出来ない。」
って叫んでたのが、ついこの前のことみたいだ。
って年寄りか!!
そして今回産み落とされた
[vivo]
これは本当に素晴らしい。
ひとつひとつの楽曲の素晴らしさもそうだけど
まず「アルバム」として、素晴らしい。
1曲目「狂った朝」から
ラスト「ゲノム」までの流れが
無駄ひとつ無く完成されている。
で、更に歌詞ですよ。
過去の作品が前述のような例えだとすると
この[vivo]は
手をひっ掴まれて、首根っこ掴まれて
「お前もかー!!じゃあ、お前はどうするんだ!?」って詰め寄られたような。
で「どう!?どう!?どう!?どう!!??」
って詰め寄って来て
「えっと、じゃぁ、Aに行こうかと…」
って言った途端
そのまんま「はいA一丁!!!」って
すこーんと飛ばされそうな、感じ。
「感じ」じゃねえよって例え方ですが。
そんな勢いと、熱量とが凝縮された楽曲全て
全てが
全ては
ラスト
「ゲノム」へ。
暗闇の中の唯一の光
ともとれるブックレットの印字。
「人は人と生きていかなければならない」
このところ小高さんは、この言葉を何処でも言い続けていた。
人は独りで生きていける。
でも、独りで生きていってはいけない、と。
ちなみに私はそういう人を一人、知っている。
本当に独りで生きている人。
けれど、誰からも愛されず、認められず
ただ生きているだけの人だ。
そしてどれだけ人を傷つけても、
何ら気付かない
もしくは気付いても、気付かないふりが出来る人だ。
それは強いようで、とても脆い。
何故なら
本当の力が試されるとき
守ることを知らない彼は、きっと何も出来ないからだ。
独りで生きることは出来る。
でもそれでは駄目だ。
彼を見ていると、本当にそう思う。
人と生きていくということは、とても怖い。
億劫で、面倒で、怖い。
まず、傷つくし。
イラついたり
泣いたり
怒ったり
その全てが一度に起こったり。
そして
何が怖いって
そんな思いを相手にもさせているっていうことだ。
正直30にもなると
人との付き合い方がある程度計れるようには、なる。
自分が傷つかない程度の
自分が損しない程度の
自分が自分を保っていられる程度の、付き合い。
そのカタチは本当でもないし、嘘でもない。
けれど
常に何だか安っぽいドラマのような
馴れ合い感が同居する、友情、愛情。
けれど
そこに守られているのは自分だ。
全てを見せられる人だけとのコミュニケーションだけでは
生きていけないから。
そこそこの間柄がどんどん増えていく。
ずっと、それが何だか悪いことのような気がしていた。
本当に好きでもないのに
何となく付き合っているだけなのに
「また会いたいね」とか
「会えて良かった」とか
よく言えたもんだなって。
でも。
「出会ってくれてありがとう」って気持ちが
嘘では無いのだとしたら
歪んだ見方ではなく
もっと素直に向き合えばいいのかな、と、思った。
小高さんは子供が出来て、そう歌ったのかもしれないけれど
「あなたに未来を貰った」って
自分の人生で、出会った人誰にでも言えることだ。
自分という人間を作るのは、自分ではなくて
自分と出会ってくれた人達だから。
そんな到達点に向かうこの[vivo]
エンドレスで聴きまくってたんですが。
みかん祭を前に
現在少し自重中です。
既聴感があまりにあると、感動が薄まる気がして。
と言うわけで最近聴きまくっているのが椿屋四重奏。
姉よ、本当にいいバンドだね。
本当に残念だけれども
いつか違ったカタチで
中田さんの作品が発表されることを切に願います。
はい。
…しかし長いな。
まだ書きたいこと沢山あるのになー。
生存報告
地震、怖かったー。
うめぱん、生きております。
会社のデスクの下で死を意識することは
もうこの先は無いと信じたい。
我が家は観葉植物が多いので
会社を早退して帰宅すると
ジャングルみたいになってました。
それにしても会社が徒歩圏内で本当に助かった…。
今日帰れない人、たっくさんいるみたいだし。
そして何より亡くなった多くの方々のご冥福をお祈りするばかり。
地震で人生が終わるなんて、思いもよらなかっただろう。
私も思いもしなかった。
でも、本当に今日「あ、死ぬかも」って思ったとき
色々過去のこととか後悔して
自分らしいな、と少し冷静に思った。
今こうしたい!とか死にたくない!っていうより
死ぬならあの時ああしとけばなー。みたいなことばっかり考えた。
机の下で揺られながら。
結局それらは
今死んでも、この先何年生きても
消せないことだ。
あー。なんて不毛。
この週末はゆっくりしよう。

