海ちゃんの代 | さかのページ

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梅田BBCの日々

あずさ達の事 書いたら  やっぱり 海ちゃんの小学生時代の事書かないとな
さて 今や 平均台が指定席となってしまった じーじも 当時は若かった。
練習が始まる 前の15分 まだ じーじではなかった さか。海ちゃんと一対一をやっていた。
みなさん想像できないだろうが 当時はさか。のほうが 強かった。
遊んでくれたの 海ちゃんだけ 他の子にも声をかけたが誰も遊んでくれなかった。
だから いつも海ちゃんと遊んでた。

さて 海ちゃんの代も大田区では 強かった。
海ちゃんの時から 選抜区部大会に出場するようになるんだが まだ 大田区選抜を組めるような ミニ連組織はなく(後に 島根さんが大田区ミニバスケットボール連盟を作る)   南蒲  千鳥  梅田の三校合同チームで試合に出る事になる。
よく 合同練習 梅田でやったなー なぜか 梅田の仕切りになる 練習 よく教えたもんだ 千鳥の陳くん 山田くん まだ名前が出てくる しょっちゅう うちで教えてたから 自分のチームの子のようになってくる。

海ちゃん達 大田区では負け無し と書きたいんだが 1度だけ負けている。
三月 最後の大会 決勝戦  相手は 千鳥
この1年 一緒に学んできた仲間 彼らは この1年 梅田を手本に学んできた。

「ピー・・・」    試合終了の笛

両手を突き上げ 全身で喜びをあらわす 千鳥の子達

嬉しかった・・・

最後の最後に負け 当然悔しい思いもあるんだが

その子達の成長が     嬉しかった


(ボールケースの中にゴムボールがひとつ入ってる  あれ区部大会の記念ボール 海ちゃん達のサインボールまだ かろうじて名前確認出来るかな)