LOVE&PEACE(町医者のつぶやき)

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横浜で呼吸器科の開業医をしている打越暁です。2008年に開業し、現在楽しく診療中です。今までにない癒しのクリニックを作る、という夢に向かって邁進中です。世界が安心平和調和で満たされますように。

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今年も早いもので

2月に入っちゃいましたね。

年々時の過ぎるのが早くなっている感じです。

 

先日、品川の映画館で

ヴィムベンダース監督の「PERFECT DAYS」という映画を見てきました。

ヴィムベンダース監督は、ベルリン天使の詩、

などの名画をたくさん出している巨匠でドイツ人の監督、

そして主役は役所広司さんです。

 

いやぁ~感動しました。

とてもいい映画でした。

この映画は、ある意味、悟りの映画といっていいように思います。

地球に降り立った天使の映画といってもいいように思います。

いずれにしろ、僕が今一番大事にしたいことが、

ぎっしり詰まった映画でした。

 

この映画は、ネタバレになるので詳しくは言えませんが、

東京の公衆トイレを清掃する清掃員さんの話です。

役所広司さん演じる平山という男の、

ほぼ変わらないルーチンの生活を淡々と描いた作品で、

基本的には劇的なことは何も起こりませんし、

この平山もほとんどしゃべりません。

 

平山は、古いアパートに、一人で暮らしています。

朝、近所の人がほうきではく音で目を覚まし、

布団をきれいにたたんで、小さな植木に水をやって、

歯を磨いて、ひげを整えて、仕事用のつなぎに着替えて、

玄関前できれいに並べられたカギと小銭をポケットに入れて、

家を出ます。

家を出たら必ず空を見上げて、気持ちよく微笑むんですね。

そして缶コーヒーを買って、車にのって、

古いカセットテープで音楽をながします。

そして都内の公衆トイレを回るわけです。

 

公衆トイレの清掃はとにかく徹底的に、

小さな鏡を使って便器の奥の方まできっちり磨いて、

それはもう修行僧のように黙々とトイレ掃除をします。

 

公衆トイレの掃除は、人によっては見下すような態度をとったり、

ほとんど無視してトイレを利用しようとする人もいる中で、

それでも、そういった人が用を足すのを外でじっと待ちながら

空を見上げたり、木漏れ日を見上げたり、

公園で遊ぶ子供たちを眺めて、優しく微笑みます。

 

お昼ご飯はいつもの神社のベンチで、

木漏れ日の写真を撮ったり、鳥のさえずりの声を聞きながら、

また幸せそうにニコっと微笑むわけです。

 

仕事が終わったら、

近所の銭湯に決まった時間に行ってお風呂に幸せそうにつかり、

近所の居酒屋でいつものメニューで食事をとって、

家に帰って布団の中で読みかけの本を読みながら、

眠りにつく。

 

そんなルーチンの生活シーンが

淡々と繰り返されていきます。

映画の大半はもうほとんど無言のまま、

このルーチンの映像が繰り返されます。

 

これだけ聞くと、さぞかし退屈な映画に思われるかもしれませんが、

これがめちゃくちゃ面白い。

この平山が、嬉しそうに空を見上げたり、木漏れ日を写真で撮ったり

行きかう人々を優しそうに見ている姿、表情が、とってもいいんです。

平山が何気ない日常の中で時々見せるニコっと微笑む姿が、

本当に人生を静かに楽しんでいる感じが伝わってきて、

無茶苦茶いいんです。

 

時々平山のルーチンを崩すような人が出てきて、

平山とのやり取りが何だかユーモアがあって面白いんですね。

平山は終始寡黙ですが、誰に対しても本当にやさしいんです。

 

で、

これだけで終わらないのがこの映画のすごいところで、

平山の過去が、なんとなく におわされていきます。

はっきりと語られることはないんですが、

何か若いころに心に深い傷を負っているということが、

徐々にわかってきます。

 

どうも平山という人物は、相当のインテリだし

相当裕福な家庭で育っているようなんですが、

何か理由があって、清掃員の仕事を選んでいる、

ということがだんだんわかってきます。

 

誰にも言えないようなつらい経験を

過去に経験しているからこそ、

日々の小さな幸せをとても大事にし、

人や自然に対して、

あんなにやさしいまなざしを送ることができているんだ

ということがだんだんわかってくるわけです。

 

深い傷を負い、それを抱えながらも、

静かに日々の幸せを愛している平山の姿に、

じんわり感動するんですね。

 

木漏れ日、窓からさす光、好きな本...

そういった日々の小さな幸せで

平山は救われたんだと思います。

人はそういう一瞬の小さな何かに、

救われるってことがあるように思います。

 

この映画ではとても重要なテーマがある気がして、

それは光と影だと思います。光と闇といってもいいです。

朝日や木漏れ日のまぶしい光のシーンと対比するように、

モノクロの映像や影のシーンがたくさん出てきます。

それと同じように、平山の静かで穏やかな生活シーンの中に

モノクロの不安を感じさせるような

闇の映像が暗示的に映し出されます。

 

この世界、この人生というのは、陰陽太極図のように

光と闇が両方織り交ざったもので、それによって、

この世界や人生がものすごく意義深いものになると感じています。

 

光りだけでは光に気づけないし、

闇だけでも闇に気づけません。

光と闇はセットなんですね。

両方あって完璧なんじゃないかなと思います。

 

この世界やこの人生にたしかに闇があるからこそ、

この世界、この人生の小さな光にも

気づけるんじゃないかと思えるんです。

 

平山は、まさにそんな心の傷を負った人間で、

だからこそ日々の小さな光をちゃんと感じることのできる

愛深い人間なんだと思います。

 

平山の平凡だけど静かな喜びにあふれた生活を見ていると

人生って時に生きるのがなかなか大変ではあるけれど、

なんとも愛おしい素晴らしい世界なのかなって思えてきます。

 

喜びも悲しみも、光も影も、すべてあって完璧なんだ、

生きていることそのものが素晴らしいんだ、

まさに人生はPERFECT DAYSということを、

この映画は静かに教えてくれます。

 

この映画を見終わって、

しばらく僕は静かな感動に包まれました。

人生って時にとっても苦しいけれど、

なんて愛と奇跡にあふれているんだろうって。

そして、日々のルーチン化した当たり前の小さなことを、

ちゃんと味わおうと思いました。

 

ルーチンというのは、ちゃんと味わったら

全く一つとして同じ瞬間ってないんじゃないかなと思います。

全てが新しい瞬間なんですね。

僕はすぐにそのことを忘れてしまいます。

 

毎朝ちゃんと空を見上げようと思いました。

鳥の声や木々のざわめきに耳を澄まそうと思いました。

木漏れ日の中で、その瞬間しか味わえない光と風と木のハーモニーを、

もっと味わおうと思いました。

日々のルーチン化している生活を、

毎日新鮮な気持ちで味わおうと思いました。

今しかないこの瞬間をちゃんと味わおうと思いました。

 

この映画、本当におすすめです。

単にほっこりする映画ではないと思いますし、

劇的な物語を期待している人には退屈かもしれませんが、

愛とか、人の優しさとか、瞬間瞬間のこぼれそうな幸せとか、

大事なことがたくさん詰まった映画です。

 

できれば、おひとりでじっくり味わいながら

見られるといいと思います。

み終わった後に、

平山のように隣の人と目を合わせて微笑んでほしいと思います。

不思議とそんな気分になれる映画です。

 

ちなみに映画館で、僕の隣には、

内緒ですがピースの又吉さんがいました。

目は合いませんでしたが、

静かに感動している様子が伝わってきました。

いい映画を見ると、なんだか言葉のないところで、

人は繋がっていると思えるんですよね。

 

ではまた~

 

 

今日で2023年の診療も

終わりとなります。

 

今年は様々な面で変化の年でした。

人間関係も

環境も

心も

 

そのなかで、

多くの方に支えられて

ここまでこれたことに

感謝の気持ちでいっぱいです。

 

今日は僕が好きな

山尾三省さんの詩を

皆様に贈ります。

 

来年もまた

良い年でありますように

 

*************

祈り

 

僕が いちばん好きな僕の状態は

祈っている 僕である

両掌を合わせ

より深く より高いものに

かなしく光りつつ祈っているときである

 

それなのに

日常生活の七十パーセントか 九十九パーセントは

そういう時とは無縁に過ごしています

 

どうか

祈りの時が

両掌を合わせずとも

少しでも多く 少しでも深く 

持続して訪れますように

 

僕がいちばん好きな

僕の状態になれますように

月のように

照らされつつ

ひとしく光るものでありますように

 

山尾三省「祈り」より

 

もう12月ですね。

10月からのこの加速感、なんなんでしょう。

年々年末があっという間に来てしまう感じが

強くなっています。

日々、この瞬間瞬間を大事にしたいですね。

 

さて、今日はちょっと父の話をしたいと思います。

 

僕の父は、僕が大学生のころに脳梗塞で倒れて

そこから強いまひが残ってしまい、

歩くのが不自由になり、

その後徐々に機能が落ちていって

寝たきりになり、

自宅での母一人での介護が難しくなって、

最後は施設で亡くなったんですが、

その父がなくなる少し前、

ほとんど麻痺で動きにくくなったころのお正月に、

集まった家族でなぜか習字をしたんですね。

習字なんか普段したこともないのに、

なぜか家族で習字大会になったんです。

 

その時に父が描いた字が、人間万事塞翁が馬、

読めますかね。人間は、じんかん?ってよむのかな。

もともと父は東大を出て病理医になった人で、

とっても知的な人だったんですが、

そのころは少し認知機能も落ちていて、

やや反応が悪くはなっていました。

その時に、麻痺のない方の手で、この字を書きました。

 

僕は、この父親の残した字を大切にしています。

 

そして、この塞翁が馬という話が、

年とともに、僕の中でとても大きくなっている気がしています。

 

塞翁が馬って皆さんもよくご存じかと思いますが、

中国の淮南子という書物の中に出てくる故事成語で

簡単にストーリーを述べると

中国の国境近くに占いの得意なお爺ちゃんが住んでいて

飼っている馬が逃げてしまい、

それを周りの人が不運でしたね~と慰めるんですが、

おじいちゃんは平然としているんです。

そしたらこの逃げた馬が別の立派な馬を連れてきて、

周りの人が祝福するとおじいちゃんはまた

平然としているわけです。

そしたら今度は

その連れてきた馬に乗ったお爺ちゃんの息子が

落馬して骨を折っちゃうわけです。

また周りの人が不運でしたね~と慰めると、

これまた平然としている。

結局この息子は骨を折ったことで

兵役が免れ戦争に行かずに生き永らえたっていう話です。

 

この話、

普通にとらえるならば、

一見不運だと思ったことが幸運だったりその逆だったり、

幸か不幸かなんて簡単に見分けられないよ、っていう話です。

目の前に起きることは、

結局それがどんな意味となるかは人間にはわからないわけです。

だから起きることに、自分の頭でジャッジしたりしないで、

抵抗せずにありのまま受け入れましょう、

そんなお話かと思います。

 

僕たちは塞翁の周りで騒いでいる人のように、

何かと自分たちの価値基準や自分たちの都合で

出来事をとらえようとします。

自分にとって良いことがあれば、

喜んだり、浮かれたり、調子に乗ったりし、

悪いことがあったら、

悲しんだり落ち込んだり苦しんだりするわけです。

 

このことを一喜一憂といったり、人間ドラマって言ったりします。

塞翁は、そういった人間ドラマに巻き込まれずに、

ただ静かに目の前に起きることを見守っているわけです。

 

それは何に対してもクールでいましょう、

とか

いつも冷静でいましょう、

という感じではなくて、

何か大きな流れを深く信頼して

安心しきっている感じなんですね。

ピンチの時もそうでないときも宇宙的な流れを信頼する、

これが塞翁が馬の一つのテーマかなって思います。

 

で、

もう一つ別の意味合いがあるのかなと思っていて、

それは僕が最近一番大切だと思っている、

今この瞬間を生きる

ってことです。

 

僕たちは何かインパクトのある出来事に遭遇したときに、

それが自分にとって良いことなのか悪いことなのかって捉えます。

良いことと捉えると喜んだりします。

悪いことと捉えると、そのことをくよくよ悩んだり、

落ち込んだり、します。

 

でもこれって、結局「思考」なんですね。

本来目の前の出来事って、どんどん過ぎ行くわけです。

今の出来事は次の瞬間にはなくなっているわけです。

なのに本来過ぎ去ったことを思考でとらえて、

あーでもない、こーでもないと

思考をぐるぐる回しちゃうわけです。

 

いわゆる左脳さんの自動思考のループに入っちゃうわけです。

塞翁は、そういった自動思考のループにはまることなく、

今目の前の瞬間瞬間に居続けたんだと思うんです。

 

起きたことを思考でとらえずに、

今この瞬間を生き続けること。

これこそが、

塞翁が馬のもっと深い意味合いかなって思っています。

 

僕が迷いの中にいたころ

たくさん助けになった

エックハルト・トールさんの「ニューアース」という本があります。

この本の中にも 塞翁が馬と同じような話がのっています。

 

白隠さんという、

江戸時代の有名な禅のお坊さんがいるんですが、

座禅や呼吸法の世界では、結構有名な禅僧で、

この白隠さんが、すばらしい僧侶として全国的にも有名になり、

たくさん帰依者の方がいたころに、

白隠さんのお寺の隣の娘さんが妊娠しちゃうわけです。

両親に誰の子かと問い詰められた娘は、

本当のことをこたえられなくて

白隠さんと答えてしまうわけです。

 

激怒した両親が白隠さんのところにきて

お前が妊娠させたのか!責任を取れ!

と生まれた赤ちゃんを置いていくわけです。

 

その時白隠さんは、ほうそうか~、

とニコニコしているわけです。

そして残された赤ん坊を大切に育てるわけです。

やがて、苦しくなった娘が事実を白状した時に、

両親は白隠さんの所に謝りに行って、

赤ん坊を連れ戻すんですが、その時も

ほうそうか~といって

ニコニコしていた、って話がのっています。

 

白隠さんも、全く出来事にとらわれてないですね。

どちらの話も、起きた出来事を思考でとらえずに、

ただ、今この瞬間瞬間を生きることの大事 

を述べているんだと思います。

 

今この瞬間に生きるというのは、

思考がないただの気づきの状態ですね。

今ここの気づきだけ。

大きな宇宙の流れにゆだね切った、

静かな気付きだけがある状態です。

瞑想しているときの、あの静かな感覚に近いです。

 

今この瞬間、思考のない気づきの場所

そここそが本当に安心してくつろげる場所なんだよ

ということを

塞翁や白隠さんは教えてくれている気がします。

 

何か起きたときに、

それが人生全体で見たり、

大きな宇宙の流れから言ったら

どんな意味があるかなんてわからないわけです。

 

ならば

 

ピンチの時もチャンスの時も宇宙の流れを信頼して

あるがまま受け入れていきたいですね。

 

そして

起きる出来事に、または、これから起きそうな出来事に

思考がうるさくなりはじめたら、

そこに気づいて 

今この瞬間に立ち戻れたらいいですね。

 

僕も、父が書き残してくれたこの言葉を

いつも思い出していたいなと思っています。

 

 

 

寒くなってきました。

今年の最後の月、大事に過ごしていきましょう。

では~💕

 

もう11月ですね~。

前回から結構間があきましたね。

気が付いたら、今年もあと少しです。

まだ暖かい日もあるので

何だか不思議な感じがしますが。

 

さて、

読書の秋ですね。

今回は、最近読んで今季一番インパクトのあった本を紹介します。

ひすいこたろうさんとSHOGENさんの共著

「今日、誰のために生きる?」

という本です。

 

今すごい人気で、

アマゾンでは高額本しか入手できないくらい

増刷が間に合わないそうですが、

僕は早めに予約していたので何とか数日前に入手できて、

昨日1日で読み終わりました。

この本の作者の一人

SHOGENさんを知ったのは、

YouTubeです。

僕は最近古代の歴史、

特に縄文時代のことが気になっていて、

よくそのへんのところの動画を見るのですが、

ToolandVlogさんという都市伝説?歴史探求系?の

TOPYouTuberの方の番組で

このSHOGENさんのことを紹介されていて、

一気に興味が出て、

本を取り寄せたって感じなんですね。

 

SHOGENさんは

もともとサラリーマンだったそうですが、

雑貨屋さんで見たアフリカのペンキアートを見たことをきっかけに

ペンキ画家になることを決意し、

単身アフリカのブンジュ村という

200人ほどの小さな村を訪れます。

そこで数年間生活をしながら絵の勉強をするわけですが、

本当の幸せとは何か、を知るわけです。

 

そこでは、もちろんたくさん文化の違いがあるのですが、

SHOGENさんが何より衝撃を受けるのは、

3歳くらいの小さな子供から大人まで、

SHOGENさんに会うたびに

お前は心に余裕がない、

借金取りにでも追われているのか、とか、

お前の言葉には心が入っていない、

そんな言葉じゃ伝わらない、とか

とにかく心の話をたくさんされるわけです。

 

さらには、

お前は日本人なのに、何でそんなに心がないんだとか、

なんで心が豊かじゃないんだと

悲しまれるわけです。

村の会議で議題にされちゃったりして

相当凹んじゃうわけです。

 

なんでこんなに心のことを言われたり、

この村に日本人はまだ来たことがないはずなのに

なぜ日本人なのにって言われるのか不思議に思っていた時に、

村の村長さんに呼ばれ、

意外な事実を打ち明けられるわけです。

 

村長さんのおじいちゃんがシャーマンで、

日本の縄文時代の人と時空を超えてコンタクトしていて、

そこで日本の精神性、心の豊かさみたいなものを教わっていて、

その教えが、その村の人々に浸透していたってことを

教えてもらうわけです。

 

縄文時代というのは、

学校の歴史の勉強では、

竪穴式住居に住んで狩猟で生活していた未開の原始人

というイメージですが、

最近の研究で、

人と人とが争った形跡のない

とても平和な、共存共栄の世界だってことが

だんだんわかってきたそうなんですね。

その時代が1万年以上続いていてたそうなんです。

だから今、縄文時代っていうのはとても注目されているわけなんです。

その時代の日本人とアフリカのブンジュ村の村長のおじいさんがつながっている。

何とも不思議ですよね。

僕は、そういう世界の話大好きですから、

完全に信じています。

 

なぜブンジュ村の人が、

みんな幸せで、心豊かに生活していたかは、

日本人の心を代々教わっていたからなんだ、

っていうことです。

この話、すごくないですか。

 

SHOGENさんは

村の人からいつも、今日は空を見上げている?って聞かれるわけです。

空を見る心の余裕がないといけないよっていうんです。

一昨日何食べたか覚えてる?って聞かれます。

村の人は家族で食事をすることがとても大切な時間なのに、

SHOGENさんは別のこと考えていたでしょ?って言われるわけです。

今日誰のために生きる?ってあいさつ代わりに聞かれます。

自分の人生を生きてこそ

人にも愛を与えることができるってことが

合うたびに確認されるわけです。

3歳の女の子に、

人に言葉を伝えるときは

その人を抱きしめるように話さないと伝われないよって

言われるわけです。

人が失敗しても、人間らしいねと言って励ましてくれます。

必ず私はあなたを信じている、と言ってくれます。

 

そんな日本人はみんな知っていたはずの

当たり前で普通のことを

アフリカの小さな村の人たちから

毎日の生活の中から

思い出させてもらったわけです。

 

数年間その村で過ごしたSHOGEN さんは

日本に帰国後、

この大切な話を日本で広げてほしいという村長の願いを胸に、

ことあるごとに近くにいる人に話をしていったそうなんです。

 

で、ここからがまた奇跡みたいな話なんですが、

たまたま温泉に入っていたベストセラー作家のひすいこたろうさんに

こんないい話があるので聞いてくれませんか、

と話しかけたことをきっかけに

この話を自分だけで聞いているのはもったいないと考え

書籍にすることになり、

さらにTOPYouTuberさんにつながっていき、

そこで爆発的に知られていった、ということなんです。

すごい話ですよね。

奇跡がつながって生まれた本なんですね。

 

僕は、これまでいろいろな学びをしてきましたが、

この本を読んで、

そんな頭だけの知識や思考なんかふっとんじゃうくらいの

インパクトがありました。

そんな知識や学びなんかよりも、

空を見上げること

目の前の人を大切にすること

一つ一つの瞬間をちゃんと味わうこと

夕陽の色をじっくり味わうこと

虫の声を聞くこと…

そんな日々の小さなことの中に、

本当の幸せの種があるということに

気づくことが何より大切であり、

そしてそれは、本来日本人は

みんな知っていることのはずなんだ、

そういうことを思い出させてくれる本でした。

 

あぁーいい本を読んだなあ。

皆様も

この秋、静かな時間の中で、

この本を読んでみてはいかがでしょうか。

こころがほっこりしますよ。

ではまた~

 

 

 

 

 

 

 

 

今年は暑い夏でしたね~。

うちの多肉植物さんたちは、

あまりの連日の強い日差しで

1~2割ほどの子が土へ帰っていきました(泣)。

蝉の声がやみ、風が心地よくなってきているので、

少し秋が近づいてはいるようです。

 

さて、このブログはひさしぶりですが、

右脳とか左脳って言葉、聞いたことありますか。

あんまり医者は使わないかもしれませんね。

医学部時代にはあまり右脳左脳ってことば

教わった記憶はない気がします。

右大脳半球、左大脳半球という名称とか、

その中の各部位の機能のことはもちろん学びますが、

右脳とか左脳って言葉や概念は

あまり知らなかったかもしれません。

 

でおそらく最初にこの右脳というものを

はっきり意識したのは、20年ほど前ですね。

息子が生まれたときに、

近くに七田式右脳教室という教室があって、

幼児教育に関心があったんでしばらく通わせたことがあって、

その時に七田真さんという

右脳教育の第一人者の方の本なんかを少し読んだ記憶があります。

その当時は、右脳というものが、

創造力やクリエイティブティにつながる

なんてことくらいの認識だったかと思います。

 

で、最近友人から、

ネドじゅんさんという方の動画が面白いから見てみてと言われ、

早速動画を見たらとても分かりやすいし面白かったので、

その方の著書である、

この「左脳さん、右脳さん」を買って読ませていただいたんですね。

そうしたらその右脳のことがわかりやすく書かれていて、

でこの右脳を優位にすることで

生きるのがだいぶ楽になる可能性があるなと思ったんで、

今日はこの本を紹介したいと思いました。

この著者のネドじゅんさんは左脳過剰から右脳優位に切り替わって、

ストレスゼロ、悟りのような体験をされた方です。

 

私たちの脳って、大まかに機能で分類すると

左脳と右脳に分かれます。

といっても、この辺厳密にやろうとすると結構ややこしいので、

簡単にわかりやすく分類しちゃうと

左脳は主に、思考ですね。

特に言葉による思考。論理的な思考、

物事を区別したり分析する働き、

時間の認識もこの左脳が行っています。

 

一方の右脳の方は、感覚的、映像的なもの。

直感やひらめき、インスピレーション、感性といったものですね。

どちらかというとこっちが優位の方が

人生は幸せのようなんですね。

 

人間社会の中では、

この左脳さんが大活躍しているわけですけど、

これがあまりに暴走すると、

いつも思考が頭の中で騒いでいる感じで、

特にネガティブ思考なんかは何度も何度も繰り返しリピートされて、

どんどん強化されちゃうんですね。

それが私たちの悩みや苦しみにつながっているわけです。

 

かつての僕がまさにその状態で、

いつも頭の中はネガティブな思考でいっぱい、

特に未来の予測不安か過去の反省や後悔ばかりで、

今この瞬間を味わったりすることがほとんどできませんでした。

 

これこれについて考えようと思わないのに

思考ってポッと頭の中に沸いてきますよね。

今日何食べようかなとか、今度の休み何しようかなあとか、

腰痛いなあとか。

そういう出ては消えてく思考とは別に、

あの人なんであんなこと言うんだろうとか、あの仕事嫌だなあとか、

何度も勝手に出てきて

それがなかなか消えていかない思考のことを

自動思考と言ったりします。

 

この自動思考に、

恐れとか不安、怒り、

といったネガティブな感情が上乗せされたものって、

この左脳さんが一番大好物なもので、

ずっとそのことに意識が向いてしまって、

どんどんその思考が強化されていくんですね。

それが人の悩みや苦しみ、ひいては

不眠やうつ状態といったものにまでつながってしまうわけです。

 

このような自動思考の絶え間ないリピート、左脳さんの大暴走をやめて、

右脳さんに任せる生き方にシフトとすると

この著者のネドじゅんさんのように

いつも頭の中は静かで、愛とかワンネス意識につながる、

悟りといってもいい状態になれたりするようなのです。

 

じゃあわかった、右脳にシフトしま~す。 

って思ってもなかなかうまくいきません。

長年この左脳の思考をフル活用してきちゃっているんで、

いきなり右脳にシフトするのは難しくて

ある程度の期間、右脳教育が必要なわけです。

癖付けやワークが重要なんですね。

 

で、この本では

その具体的実践法を主に3つ挙げています。

エレベーター呼吸法、直感に従う右脳散歩、

今ここにいるイメージング法。

どれも紹介したいんですが、

僕が一番お勧めするのがエレベーター呼吸法です。

 

体の中にエレベータの床のような平らな板をイメージして

それが呼吸によって上下するように動かすものです。

息を吸いながら板をおなかの底までおろし、

息を吐きながら喉元まで板を上げていく、

そんな感じですね。

 

これによって意識のベクトルが、

思考ではなく呼吸の動き、体感に向きます。

この意識のベクトルを、

思考から体の方に向けるというのがポイントだと思います。

そうすると思考、

つまり左脳過剰の状態が徐々に和らいで行って、

逆に右脳の方が優位な状態になっていくわけです。

 

右脳と左脳ってシーソーのようになっていて、

左脳過剰が収まると

自然に右脳が優位になってくる仕組みなんですね。

 

もちろん、すぐにそれで悟れるわけではありませんが、

それを繰り返すことで、

ゆっくりと左脳過剰から右脳優位にシフトしていくわけですね。

 

ネドじゅんさんは、

悟りの状態に意識が変わるまでの数か月間、

このエレベーター呼吸法を、筋トレで筋肉をつけるように、

毎日続けたそうです。

 

呼吸法って、簡単で誰でもできる分、

逆にあまり信用されていないところがあるんですが、

やっぱりこういうワークを

地道に続けることって大事だなあと思います。

 

それにしても

僕も呼吸や呼吸法の本を書いてきましたが、

改めて呼吸法の重要性を再認識させられましたし

それを人体実験のように丹念にやり続けたネドじゅんさんという方は、

ふつうのオカンって書いてありますけど、

やっぱりすごいオカンだなって思いました。

 

この本も、薄くて読みやすくて、

絵もかわいくて、わかりやすいんだけど、

読めば読むほど、めちゃくちゃ深い本です。

脳科学や心理学、哲学などを

相当勉強されているんじゃないかと思います。

おすすめです。

ちなみに僕は今3回目読んでいるところです。

では、また~