クリニックに行こう(町医者の日々)

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横浜で呼吸器科の開業医をしている打越暁です。2008年に開業し、現在奮闘中です。今までにないクリニック・病院を作るという夢に向かって邁進中です。ぜひ応援してください。

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呼吸を変えれば元気で長生き (新書y)/洋泉社

アラフィフともなると

あちこちからだの変化が来るようで

僕自身も例外ではありません笑い泣き

 

5~6年くらい前からでしょうか、

夏休みで沖縄旅行晴れに行っているときに

ふと晴れた青空を見ると

何だか点のようなものが見えます。

視線を動かしたりすると、それとともに

その点も動きます。

おや?と思い

その点の事をしばらく注視していたら

どうやらそれは1つではなくて

4~5個あって、

目の動くと合わせてその点も一緒に動きます。

 

左目にはなくて

右目だけ。

 

暗い場所では全く気にならないのですが、

晴れた青空とかまっ白い背景を見たりすると

見えるわけです。

その時は何か目にゴミでも入ったかな

くらいの意識だったのですが、

数日たっても見えるし、

やっぱり変だなということで、

眼科さんに行きました。

 

眼科さんが丁寧に見てくれて、

結果は飛蚊症。

 

原因もはっきりせず、

点を消す治療法も基本的にない

とのことでした。

 

ま、少し視界に点が入るくらい

気にしなければいいか、

と思いながら日々過ごしてきたわけです。

 

それが年々増えていきますあせる

どんどん増えているのが自分でよくわかります(がーん)。

 

前はそれほど気にならなかった視野の中の数点が

今では、数百個の点(数えられませんがそれくらいのイメージ)が

眼を動かすとともに移動します。

これは結構なれるの苦労しますよ~。

 

何より悲しかったことは、

きれいな青空を見ると、必ずその点も一緒にうつるので、

あんなに好きだった晴れた日の空を見るのが

何となくうっとうしく感じちゃう事でした笑い泣き

 

そして、このまま進むと目が見えなくなっちゃうかな、とか

大好きな本が読めなかったり、

いろんな制限が増えちゃうかな、ということを

結構考え始めてしまい、

わかって数年はいつも頭の片隅で

どんより気になること

になっていきました。

 

慢性の病気にかかった時、

すぐ治す治療がない時、

つき合わなくてはいけない病気がわかった時、

とても人は不安になります。

人と比べて悲観したりもしやすいですよね。

 

ただ、考えてみたら

僕はそういった患者さんとともに

治療者側という立場でずっとかかわっていた、

ということにふと思いが至りました。

 

そして、そういった患者さんが

実に前向きに明るく

病気と向き合っていることを

あらためて確認できました。

まるで他人事のように笑いながら

話してくれる患者さん。

病気を抱えていても心まで病ませまいと

日々楽しいことに目を向けて

イキイキと生きている患者さん。

もちろん陰では相当悩んだりしたと思うのです。

でもやっぱり前を向いて

今ある幸せに視線を合わせて生きている。

いつも患者さんから学ぶのです。

 

自分が元気な時にはない視点が、

年を重ねるごとに

そして飛蚊症などになって得られ、

多くのことに気づきました。

 

おそらく5年前、10年前の自分と

今の自分では患者さんや病気に対する意識は

相当違うのではないか、と思えます。

もちろんそれを判断するのはあくまで患者さんですが、

こちらの意識としては相当変わったように思います。

 

確かに視野の中に点が入り、

点がいつもちょろちょろ動くのは嫌なことではありますが、

もちろんまだ日常で困るほどの症状ではありません。

ネガティブな方ばかり見るのではなく、

今ある幸せやポジティブな面にフォーカスしたい。

突然急に悪くなる可能性もありますが、

そもそも僕のこの広い視界を

点で埋め尽くすことはできないだろう、

と強気の姿勢DASH!でいようと思っています。

 

点があってもきれいな空や海を虹

感じることはできます。

本だって読めるし診療もできる。

 

点が消えることはないかもしれませんが、

点では隠しきれないものを

しっかり見ていけたら、と思うのですニコ

 

 

 

 

●お勧め健康本

最近はツイッターどんどんつぶやいておりますので

そちらを是非ご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学生以来?

程でもないと思いますが、

人の講義を受けるのは何年振りでしょうか、

昨日新宿の朝日カルチャーで

脳科学者、茂木健一郎さんの

「赤毛のアンに学ぶ幸せになる方法」

を聴講してきました。

テレビに出てくるまんま、

全く飾らず自然体の茂木先生。

出っ張ったおなかをたたきながら、

とても生き生きと講義されていて、

90分があっという間でした。

さすが講義に慣れているなぁ、

と感心しました。

もちろん講義の内容も、

とても面白かった。

 

 

赤毛のアンという小説に興味を持ったのは、

確か数年前に朝ドラで

初めて日本で翻訳した方を題材にしてやっていたものを

みたのが始まりで、

その後ちょこちょこと読んでいて、

小説は元来あまり好きではなかったのですが、

この小説は、その面白さにぐいぐい引き込まれて

読んでしまった本でした。

 

 

 

孤児だったアンが

カナダの田舎町の兄妹の家庭に引き取られ、

そこでいろいろな人と出会い

様々な出来事を経験し、

成長していく物語。

 

アンの個性が

とても輝いていて、

どんどん周りの人を感化し

て行きます。

その純粋さと過剰さに

読んでいると

なぜだか心が洗われる気がするのです。

 

アンはもともと

赤毛でそばかすだらけの

細くて身寄りのない女の子。

コンプレックスだらけで

それを指摘されるとかんしゃくを起す。

そんなアンが

卓越した想像力と

ポジティブシンキングで

現実と折り合いをつけながら

幸せを見つけていく。

コンプレックスと折り合いをつけながら、

どう人生を生きていくのか、

というのが

この本の一つのテーマでもあったんですね。

 

その他、

原作者モンゴメリの話

(結構つらい作家生活だったそう)、

 

舞台となったプリンスエドワード島に行った時の話

(実は小説で描かれている雰囲気とは異なり、

いかに作者が想像力を働かせていたか)、

 

茂木先生が「赤毛のアン」と出会ってから

恥ずかしくて人に言えず、

こっそり読み続けていた話、

 

コンプレックスの多かった学生時代のご自身が

アンと多く重なったという話、

 

アニマ・アニムスの話

(ユング?ちょっと脳科学者っぽかった)、

など、

 

人生に大事なことが

この本にはたくさん詰まっていることが、

茂木先生の講義で

あらためて認識でき、

またちゃんと読んでみようと思えました。

 

 

それにしても

本を精読するって、

本当に楽しい作業ですね。

これからもこういう学びは

続けていきたいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茨城のり子の詩集を

それとなく読んでいたら

ピカソのぎょろ目

というタイトルの詩に

目が止まりました。

 

ピカソのあの強烈な人を射すくめるような大きな目は

バセドウ病だったに違いない

という内容の

ちょっと不思議な詩でした。

茨木自身もバセドウ病を患い、

ものが皆歪んで見えたりダブったりしてみえる、

まるで焦点が合わない、

などの症状を経験し、

あのピカソのキュビズム時代の奇妙な絵は

実際にそう見えていたのだと合点がいった、

というのです。

三次元の世界を平面のキャンバスに描くにあたり

研究し苦心して得たピカソの画期的独創

と教わってきた身としては、

いささか衝撃でした。

 

ただ、改めて考えてみると

確かに画家がそんな戦略的に

絵を描いているようには思えません。

私たちには想像もできないほど

ものを見ることに徹底してきたはずであり、

頭の中の観念的に作り上げたものを描く、

なんていう

まどろっこしい作業は恐らくなかったと思うのですが、

実際はどうなのでしょう。

 

小林秀雄は「美を求める心」という文章の中で、

絵が難しくてわからないという質問に対して

こう答えています。

「絵や音楽を、わかるとか、わからないとかいうのが、

もう間違っているのです。

絵は眼で見て楽しむものだ。

頭で解るとか解らないとかいうべき筋のものでは

ありますまい。

まず、何をおいても、見ることです。

見ることも聴くことも、

考えることと同じように難しい、

努力を要するものなのです。」

ものを本当にみる事は甚だ難しい。

ましてや画家が見るように見ることは

とても訓練を要する難しいことなのだ、と。

 

例えば

野原を歩いていてスミレの花を見た時に

一般には、ああスミレの花だ、で終わってしまう。

スミレの花という言葉が心の中に入ってくれば、

そこでものを見ることをやめてしまう。

それは単なる言葉の置き換えを下にすぎない。

そうではなく

黙って花を見る。

言葉の邪魔の入らない花の美しい感じをそのまま持ち続け、

花を黙って見続けていれば、

花はかつて見たことのなかったような美しさを限りなく明かす、

と小林は言っています。

画家はそのように花を見ているし、

そのように絵を見なくては、

その画家の絵を見たということにはならない。

「美しい絵を眺めて感動した時、

その感動はとても言葉で言い表せないと思った経験は

誰にでもあるでしょう。

諸君は何ともいえず美しいというでしょう。

この何とも言えないものこそ、

絵描きが諸君の目を通じて

直接に諸君に伝えたいと願っているものだ。

美しいものは諸君を黙らせます。

美には、人を沈黙させる力があるのです。

絵や音楽が本当にわかるということは、

こういう沈黙に耐える経験をよく味わうことに他なりません。

絵や音楽がわかるというのは、

絵や音楽を感ずることです。

愛する事です。」

 

絵にしても音楽にしても、

その来歴やテクニックを論ずる口数多い大人が

いかに多いことでしょう、私を含め。

知識の浅い少ししか言葉を持たぬ子供の方が、

何でもすぐ頭で解りたがる大人より、

美しいものに関する経験は

よほど深いかもしれません。

実際優れた芸術家は、大人になっても

子供の心を失っていないのです。

 

先日、テレビ東京のなんでも鑑定団という番組で

松田正平という画家の作品を扱っていました。

あまりにも子供ぽく下手そうに見える絵だったので、

持ち主はそれを処分しようとしていたらしいが、

鑑定結果は数百万円という驚きの値がつきました。

 

見た瞬間、この絵好きだな、と自然に思えたので

何だかうれしい気がしました。

松田正平という画家のことは知らなかったのですが、

調べてみるといかにも画家らしい生き方を貫いた人でした。

定職につかず生涯田舎に引きこもり身の回りのことを

描き続けた人でした。

確かに絵は子供が書いたような

素朴な可愛らしい絵なのですが、

高齢になっても子供の眼を持ち続け

そういった絵を描けるということに感動するのです。

賢しらな大人が子供っぽく描いたのではない、

自然や物への愛情が、

感動が、

溢れている気がしました。

 

熊谷守一にしても松田正平にしても、

子供っぽく素朴なタッチの絵に心惹かれるのは、

いつの間にか子供の純真な眼を

失ってきているからなのでしょうか。

 

茨木のり子の詩の一節、

「ぱさぱさに乾いていく心を

ひとのせいにするな

みずから水やりを怠っておいて・・・

自分の感受性くらい

自分で守れ

ばかものよ」

おそらく自分自身に向けた叱咤であろうこの詩が、

頭の中に響くのです。

 

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これだけ医療や健康に関する情報があふれている中

どうやってその中から

有用な情報を得たらいいのでしょうか。

 

これは、実は医療者側も大変苦心しているところで、

教科書やガイドライン、雑誌に掲載される論文からだけでは

どんどん古臭い情報となっていきますし、

かといってネットでいろいろ検索するだけであれば、

医療者の存在意義が問われてしまいます。

 

新薬の勉強会なども

しょっちゅうあるにはあるのですが、

やはり販売メーカーは自分の製品のメリットだけ

を強調しますので、

そういった新情報に慌てて飛びつくのも問題です。

 

今、情報はどんどんSNSで入手可能です。

ですから患者さんもたくさん情報を知っていて、

確かにとてもそれはそれでいいことなんですが、

結構トンデモ情報に迷わされたりしているのも現状です。

 

 

納豆が本当に身体にいいのか・・・

肉食は身体にいいのか…

朝食は食べたほうがいいのか・・・

血圧はどの程度まで下げればいいのか・・・

風邪で薬は飲むべきか・・・

代替療法はどうなのか・・・

試してガッテンのあの情報は・・・

 

ちまたに溢れる様々な健康情報に関して、

とくに町医者はある程度答えられるよう

準備しておかなくてはいけないけど、

なかなか答えがはっきりしない問いも多いのが

難しいところです。

 

 

先日ほりえもん、こと堀江貴文さんの本を読んでいました。

 

 

あらゆる情報をいち早くキャッチし、

どんどん社会の常識の壁を破るいわば情報処理のプロ

なわけですが、

集める情報量が半端ないし、

そしてそれをもとに専門家へどんどん聞きに行くし、

今では信頼できる情報ツウとのネットワークも強固だし、

とにかくその熱量、行動力、スピードが

すごいと思いました。

 

やっぱり

それだけの努力というか労力というか

有用な情報を得るために

それなりの事をしているようです。

 

ほりえもんは健康本も出しています。

結構健康には気を使っているのがわかります。

だから、とても参考になります。

 

 

健康寿命を延ばして、より長くいい仕事を続けたい、

これから高齢化がすすめむ日本では、

ますます有用な健康情報が求められていくでしょう。

質のいい情報をいつも提供できるようにしたいところです。

 

歯周病をだいぶ放置してきたので、

この本を読んで

歯医者さんにすぐ行こうと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ数年停滞していた読書欲が

最近再び再燃し

いま、

また猛烈に読書しています。

毎日5~6冊並行して読んでいます。

簡単な本はできるだけ飛ばし読みで

数時間で読みます。

ちゃんと読んだ方がよさそうな本は

出来るだけ丁寧に読むようにしています。

 

あれだけ敬遠していた小説系も

しばらくぶりに

楽しめるようになってきました。

 

モンテ・クリスト伯

 

 

なんて

何巻あるかわからない本も

今黙々と読み進めています。

これが意外に、面白かった。

たぶん読み終える気がしています。

 

なんでモンテクリスト?

なんですけど

とにかく長い小説にトライしたかった、

というだけ。

たしか

前に島地勝彦さんの本でも

読むべき!っとなっていたのを思い出しました。

 

あと、

普段は読まないちょっと難しい本に挑戦しよう

っていうことを

精神科医の名越さんの本

 

 

を読んで

俄然その気になっているのです。

何だか大好きな小林秀雄や

わけわからないけど何か読みたくなる

正法眼蔵の解説本なども

少しずつ読んでいます。

 

信頼している著者の本と

信頼している著者が勧める本は

素直に読む派です。

 

あと最近ハマっているのは

ほりえもんなどの

先端的で合理的な考えの持ち主の本。

 

 

ほりえもんなんて

かなりクールでアンチの人も多いようですが、

書いてあることは

いたってまともだし

単に冷徹だけの人が

あんな若者の自由について

情熱的に発信し続けないよね、

って思う。

同級生だけど

なにしろ

圧倒的に経験値が違うって感じ。


 

あと

よく話題になる西野亮廣さんの本も

おもしろい。

 

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特にほりえもんとの対談本は

 

バカとつき合うな バカとつき合うな
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ある意味メンタル健康本として読めると思う。

足を引っ張る人に関わらないで

自由に生きる方法を。

 

なにか発言すると

すぐに反感買ったり炎上したりする世の中だけど、

そんな事に構わず

自分の思うことを

自由に発信している人たちを見ていると

またその人たちの本を読んでみると

これからの新世界を切り開く人たちなんだなと

頼もしく、なんだかうれしくなる。

 

うちには高校生が一人います。

今ギターや音楽にハマり

バンド活動に熱心です。

勉強はほぼゼロです。

でも何だか好きなことに熱中して

そのまま好きなことだけで生きていくのもありかな、

って最近思います。

 

来月からは令和の時代。

 

今までの固定観念や常識に縛られず

もっと自由に

新世界を切り開いてほしいと思うのです。