さて、気が付いたらもう2025年も終わっちゃいますね。
ブログも、書こう書こうと思いながら
ずいぶん間があいちゃいました。
もう年末になっちゃいましたが、
ちょっと今思うところを書いてみたいと思います。
12月初めころに、YouTube等でお世話になった、
ノンデュアリティ(非二元)や悟り界隈?の発信者の方々をお誘いして、
都内で忘年会を開きました(優しそうな方々だけお誘いしたので
通称やさしい忘年会)。
昨年もやったんですが、今年も何人かにお声をかけて、
今回は僕を入れて5人でした。
中野真作さん(非二元カウンセラー)、
Yuikaさん(非二元発信者、YouTuber)、
枡田智さん(瞑想、マインドフルネス指導者)、
ウエルカムレインサヤカさん(非二元発信者、YouTuber)と、
忘年会をさせていただきました。
忘年会の前に代官山に集まってお散歩したり、
中目黒でお茶をしたりしたんですが、たくさんお話ができて、
楽しかったですね。
とても素敵な時間を過ごすことができました。
あらためて、素晴らしい方々との出会いに感謝ですし、
自分がまさかこんな会を開けるなんて、かつての僕では考えられませんね。
今回参加された方々からも、僕がずいぶん変わったといわれて、
中野さんのクライアントさんで僕のYouTubeも見てくれているような方がいて、
暁さんずいぶんかわりましたねって言っていた、なんて話もあって、
やっぱり僕も随分変わったんだなあとあらためて思いました。
僕自身では、性格も、人格も、ダメな部分も、
全然変わっていないようにも思いますが、
やっぱり、こういう会を気安く開けるくらい
人に対してオープンになってきたりとか、
何より生きるのが楽になってきたなあっていう実感はありますね。
僕が、何らかの変化をしてきているとして、
その大きな要素として思いつくのは、
自分をありのまま受け入れられてきた、
っていうのがあるんじゃないかって思います。
ネガティブな面も、ダメな面も、
そのまんまの自分をありのまま受け入れる、
自分にダメ出しをしなくなってきた、
そんな感じがあります。
特に、僕は中野真作さんにお会いした時に、
どんな自分も否定しない
否定からは本当の変容は起きない
という言葉をいただいて、
それがずっと心の中に残っていて、
そこからずいぶん変わってきた気がしています。
どんな自分を否定しない、ありのまま受け入れる、
そんな言葉は何度も本で読んだりしてきたと思うんですが、
直接お会いしたり、何度もお話を伺ったりしていくうちに、
その事が、本当に腹に落とせてきたんじゃないかって思うんですね。
やっぱり真理を見抜いた方々から直接お話を伺うのって、
強い変容につながるなって思いました。
僕はずっと、自分のネガティブな面を無くして、
ポジティブな面だけにしようとやってきました。
自分のネガティブな面を、無くそう消そうコントロールしようとして、
色んなことをやってきたんですが、
それでは心が休まることはなかったんですね。
僕の場合は、恐れとか不安とか緊張とか、
そういったネガティブな思考や感情を、
何とか克服しよう、コントロールしようとして、
そうじゃないポジティブな状態でいつもいたい、
悟りのような特別な境地を目指してきましたが、
それって結局、
ネガティブな思考や感情を悪いもの嫌なものとして、
自分の一部をずっと否定してきた
ってことなんですよね。
それって自分の中の分離です。
出てきた現われを、これは違う、これは間違っているとして、
ずっと否定したり、抵抗したりしてきました。
でも、そうしている間は決してネガティブなものから離れられませんでしたし、
本当の安心とか平和みたいな感じはわいてこなかったんですね。
やはり否定からは、本当の変容は起きないんだと思います。
中野さんの言葉を聞いてから、あらためて、
僕の中に現れるネガティブな思考や感情を、
そのままちゃんと感じたり味わったりしてあげるようになって、
そうすることで僕は少しずつ変わっていったように思います。
どんな思考や感情も否定しない、
それが現れたなら現れたままそのまま感じてあげる。
それによって、その思考や感情(のエネルギー)が、流れやすくなって、
むしろ消え去るのも早くなる、深刻さが薄まっていく、そんな感じがあります。
否定とか抵抗をしている間は何度も何度も繰り返していた重苦しいパターンが、
受け入れて、感じてあげるようになってから、
軽さや、深刻さのなさにつながっていった気がするんですね。
どんな思考や感情も、自然現象と一緒で、そのうち変化していく、
そんな安心感が生まれていったような感じがします。
ただ、確かに、自分のネガティブなものを受容することは
大事だとわかっていても、それが受け入れにくい時ってありますよね。
強い不安とか、強い恐れとか、強い怒りとか、
そういったものって、口で言うほど受け入れるのって簡単じゃなくて、
とても痛い時ってあると思います。
痛すぎて苦しすぎて感じられないってこともあると思います。
そういう時は、もちろん無理をしなくていいんですが、
そんな時でもできることが、
恐れ、とか、不安、とか、
そういった言葉をはずして、
ただその時のからだの感覚を感じてみてほしいんですね。
言葉をはずして、
その瞬間のエネルギーをただ感じるっていうのかな。
強い不安とか、強いネガティブな思考や感情がわいたときに、
その時にからだの感覚がどうなっているのかを感じてみてほしいんです。
おしりと椅子の接する感覚、足の裏の感覚、呼吸の動き、
肌にあたる風の感覚、手の温かみジーンとした感じ、
そういった体の感覚に意識を向けて、それをそのまま感じてみてほしいんですね。
その体の感覚を、何も思考や言葉を挟まずに、ただ感じてみる。
判断やジャッジを挟まずに、ただ感じてみる。
心臓の鼓動が激しければ、それでどうなっちゃうんだろうとか考えずに、
ただそこに気づいている。
ただ感じている。
そうしていくうちに、
思考の中でいろんなネガティブなものが湧いている時でも、
からだの感覚は、いつも静かだってことに気づけてきたりするんですね。
頭(思考)の中がいくら問題だらけでも、
からだの感覚には何にも問題ってないんだなって気づけてきたりするんですね。
何も変わらない静寂がそこにあるって気づけたりするんです。
そのからだの感覚の静かさに気づけてくると、
どんな思考や感情であっても大丈夫って感じがじんわり湧いてくると思います。
そこに本当の安心感がわいてくると思います。
本来、ネガティブな思考とか感情って、悪者じゃないんですよね。
僕たちが蓋をして避けてきたものが何かのタイミングで浮上してきたものなので、
それをちゃんと受け入れて感じ取ってあげないと、
何度も何度も繰り返されちゃうんですよね。
出てきた現われをそのまま受け入れてあげる。
それがネガティブなものであっても、そのまんま受容していく。
そうすることで、ゆっくりと変容を起こしていくように思います。
自分のネガティブな面も、そのまんま受け入れられてくると、
もうそのまんまで大丈夫だなあ、
何も変わらなくていいなあ
って感じになれてくるように思います。
何か特別な境地や特別な自分を目指して、変わろう変えようとしなくても、
そのまんまで大丈夫だし、そのまんまで満たされている感じが生まれてきます。
そもそも、生きているだけですごいことなんですよね。
何かをなしたり、何かの境地に達そうとしなくたって、
生きているってことが、それだけですごいことだなあって、最近思います。
どんな自分であっても、そのまんま受け入れて、
そのまんまで生きているだけで素晴らしいことなんです。
僕は、以前と比べて何が変わったかと言えば、
ダメな自分を含めてそのまんまの自分が
だいぶ受け入れられるようになった気がします。
悩みの今も、
苦しみの今も、
ネガティブに巻き込まれている今も、
そのまんまで大丈夫、みたいな、そのまんまで生きる気楽さみたいなものが、
前に比べて生まれてきているような気がしています。
皆さんにも、このそのまんまで生きる気楽さを
感じてみてほしいなと思っています。
そのためにもまず
どんな自分も否定しない
その言葉を、心のどこかに入れておいていただければと思います。
今回は、この辺で、
よいお年をお迎えください。
では、また来年~💕









