だいぶ過ぎましたが(笑)、
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
今年も、現場ではなかなか話せない、
少しでも楽になるような話、
現実生活でいろんなことがあっても、
まあ大丈夫って思えるような、
そんなお話をゆるっと書いていきたいと思っていますので、
よろしくお願いします。
といっても、僕もまだまだ学びの途中で、
ぜんぜん悟ったり目覚めたりしているわけではありませんので、
気安く、何でも大丈夫です、とは言えないんですけど、
ただ僕自身、
これまでの右脳回帰とかノンデュアリティの学びを通じて、
そのまんまで大丈夫って感じが大分強くなってきているので、
その辺りのことを、いつもの通り書いてみたいと思っています。
ちなみに、僕のお伝えしたい大丈夫っていうのは、
人生が思い通りうまくいくとか(なったらいいけど)、
自分の都合通りに問題がなくなるってことではありません。
上手くいったりいかなかったり、
問題がある時もない時も、
全部そのまんまで大丈夫ってことなんですね。
自分の価値判断を越えて、今それが起きているんなら、
それがそのまま完璧な現れであって、
大きな視点から見たら、そこに何も問題がないってことです。
そういう根源とか全体性みたいなものに対する
信頼感からくる、
大丈夫。
そんな感じが、最近少しずつ生まれてきているんですよね。
それと、ここで伝えたい大丈夫っていうのは、
何か神様のような存在が守ってくれるとか、
高次元の何かが救ってくれるといった
スピリチュアルなお話ではありません。
もっと地に足の着いた、
自分で確かめられる確実な事実を通じた
実感から生まれる、大丈夫です。
かつての僕は、全然大丈夫ではありませんでしたね。
いつも恐れや不安を抱えていて、
悩んだり苦しんだりするのが当たり前になっていました。
恐れや不安といったネガティブな思考や感情を、
良くないもの、受け入れがたいものと考えて、
それを何とか無くそう消そう、コントロールしようとして、
余計そこから離れられなくなって、苦しんでいました。
出てきた思考や感情を、いい悪いと判断して、
自分の都合に合わないものをずっと否定してきました。
否定からは本当の変容は生まれない、
というのは非二元セラピスト中野真作さんから頂いた
大切なメッセージですが、まさにそんな感じだったと思います。
それがいつからか、
恐れや不安、悩みや苦しみというのは、
結局すべて頭の中の思考であって、
その思考は本来の自分ではないこと、
その思考は自分に向かって振りかかるようなものではなく、
勝手にわいて勝手に消えていく自然現象なんだってことが、
徐々にわかってきたんですね。
そうすると、どんな思考や感情が現れても、
空に浮かぶ雲を眺めるように、
ただ気づいて放っておけるようになってきて、
そうやって雲を放っておけるようになってくると、
雲の奥にある大きな空の方、青空の方に、
だんだん気づけてきたりするんですね。
つまり、思考の奥にある沈黙、静寂の方に
気づけてきたりするんですね。
どんな雲が現れていたとしても、
その奥で変わらずに晴れ渡っている青空の方が、
本来の自分なのかもしれないってことが、
じんわり感じられてきたりするんです。
そうなると、どんな雲が現れたとしても、
青空は何も傷づかないし、なくなったり消えたりもしない、
どんな雲、どんな現れであっても、
そのまんま許されている、受容されている、
そんな気づきが現れたりするわけです。
とにかく、大丈夫じゃないって時は、
思考の世界に入っていますから(雲に集中し過ぎ)、
そんな時は、今思考の世界に入っているなと気づいて、
思考の届かない世界(空)に意識を向けてみるっていうことが、
大丈夫って感じられるために、大切なこと。
その思考の届かない世界への入り口が、
これまでも何度も言っているように、
からだの感覚とか五感なんですね(めっちゃ普通)。
今この瞬間の体の感じ感覚、五感。
五感はいつでも、今ココを確実にとらえています。
次々と変化し続ける今、をちゃんととらえています。
その、今ここ、今この瞬間を感じているとき、
そこに問題ってあるでしょうか。
頭の中で、思考の上でどんな問題が現れていたとしても、
今ココの五感の感じの中に、問題ってないんですよね。
ただ見えている、ただ聞こえている、ただ感じている…
その問題のなさを感じてみてほしいと思うんです。
確実な事実だけが教えてくれる
安定の安心感を感じてみてほしいと思います。
問題はいつでも思考が運んできます。
今ここに実際に現れている確実な事実ではなく、
過去や未来のことを考えるから、恐れや不安が生まれ、
悩みや苦しみ、あらゆる問題が生まれてきます。
五感とかからだの感覚を通じて、
今ココの問題のなさ、静けさを感じてみてほしいと思います。
とにかく僕たちは、思考が習慣になっています。
小さいころから考えろ考えろと言われてきたので、
考えることが当たり前になっています。
思考すれば問題が解決する、
思考をすれば今よりもよくなると、
そう思いこんでもいるんです。
本当に人間は、僕も含めて、思考が好きなんだと思います。
でも、思考の世界にいる限り、問題は生まれ続けます。
全体と分離した個の私、
全体と切り離されていつも何かが足りない私、
という個の私感が強まり、
悩みや苦しみは続きます。
それも全体の完璧な現れですから、否定しなくていいですし、
本来はそれでも大丈夫の中の話ですが、
なかなか大丈夫と感じられないのであれば、
思考の世界と仲良くするのをやめにして、
思考の届かない世界、
五感とか身体の感覚と仲良くなるのがいいように思います。
そうすると、少しずつ思考の奥にある青空の方、全体性の方が、
感じられてくると思いますし、
全体性が感じられてきたら、
僕たちはいつでも大丈夫の中にいるっていうことが、
感じられてくるんじゃないかと思います。
今、
空の上にどんな雲が現れていたとしても、
海の表面上でどんな荒波が現れたとしても、
映画のスクリーン上で、どんな激しい映像が流れたとしても、
その奥の大きな場の方、大きな全体性。
そういったものから、僕たちはけして離れることはありませんし、
大きな全体性の方が本来の自分なんですから、
いつでも大丈夫なんだってことを、
思い出していけたらいいんじゃないかなって思います。
今年も、
そんな大丈夫な世界を、
思い出しながら
ともに歩んでいきましょう。
今回は、こんなところです。
ではまた~💕









