昨日の夜から涙がとまらない。
一人っ子だったらもっと可愛がってあげられたのかな?
*ここから流産の記述があるので読みたくない方は進まないでね。
長女がお腹に来てくれる前、
お腹に来てくれた初めての子。
嬉しくて嬉しくて、嬉しすぎて、当時働いてた職場でも頑張って働いていた。
休みの日、ゆっくり横になってふとトイレに行きたくなった先で震えた。
初期の流産は母親が何をしたからとの因果関係はないと医師から説明されても…、忙しく働いていたからかもしれない。なんで辞めなかったんだろう?って自分を責めた。
その後、長女がお腹に来てくれたとわかった時は、本当に本当に嬉しくて、迷わず仕事を辞めた。
12週間を過ぎるまでは流産しやすいからと、極力家ですごして。
まだ胎動を感じないうちは、本気でエコーが家にあればなぁ、と思った。
ある日、ポコッって、勘違いかと思うような…、金魚が泡をはくような、小さな小さな胎動を感じて、嬉しくて嬉しくていつもお腹を撫でていた。
陣痛が来た時は、長女に酸素が届くように、ひたすらひたすら呼吸しようと意識した。
生まれた我が子は…、今までの人生にはなかった愛しさ…、この世にこんなにかわいい存在がいるなんて…、と本当に驚いた。
長女は睡眠が浅く、それこそ夜中も15分~1時間30分おきに眼が覚めて、断乳までほとんど眠れなくて、身体はきついんだけど、心はきつくない、不思議な感覚だった。
可愛くて可愛くて、同じ時期に出産した友人や夫が二人目の話しをしながら、「あおい二人目は?」と聞かれたけれど、
この子のようには可愛がれない、この子のようには愛せないんじゃないかと感じて、すぐには
考えられなかった。
だけど不思議と、二人目もきっと可愛いと思えて、すごく嬉しいことにすぐにお腹に来てくれて。
あんなに可愛がれないかもと心配していたその子は、産まれた瞬間からたまらない愛しさだった。
だけどいつからか、長女のことが可愛いと思えなくなった時期があった。
次女のイヤイヤ期には、反対に次女のことが可愛いと思えなくなった。
どちらの時期も、一人っ子だったらもっと可愛がってあげられたのかな…。と頭をかすめた。
長女だけ、次女だけを連れて(一人はお家や公園でパパやばぁばとお留守番。)、ご飯を食べに行った時、普段よりすごく可愛く思えた。
一人だとこんなに余裕があるのか…、と実感して…、私のキャパシティだと一人で手一杯なのだな、と知った。
それから三女を妊娠した時、我ながら最低だけれど、嬉しさより不安でいっぱいだった。
またあの悪阻が始まって、ご飯の準備はどうしよう?
やっと仕事をしたいと考え出したのにまた働けなくなる。
そもそも三人可愛がれるだろうか?
もう、自分のことばかり考えていた。
妊娠中も、上の二人と違って、嬉しさより泣いていた日が多かった。
長女も次女も夫も、悪阻で動けなくても、まともにご飯を作れなくても、一度も責めることなんてなくて、すごく楽しみにしてくれて、お腹に話しかけてくれて、お水を持って来てくれたり、ご飯を作ってくれたり、健診について来てくれたり、優しく優しくしてくれたのに、私だけこんな気持ちで本当に申し訳ないと思っていた。
産まれてからも、何故か長女や次女の時の感覚とは違って、何故三女が泣いているのかわからないことが沢山あった。
長女や次女が泣いている時は、当たり前に何故泣いているのか通じていた。
だから、その泣いてる原因をさっと取り除けたし、他のママの何故泣いているかわからない、という状態がわからなかった。
だから当然、三女の思いもわかると思っていた。
だけど、三人目なのに…、何故かその通じている感覚が無くて、泣いている理由がわからなくて、自分に戸惑った。
夫婦って良く出来ていて、バランスを自然と取るのか、夫は今までと別人のように三女を可愛がった。
夫は、「三人目でようやく母性がうまれたみたい!」と笑っていた。
その頃からか、あんなに可愛いと思っていた長女のことが煩わしく感じる自分がいた。
長女はお友達に手を出したり、きつい言葉を言ったり、小学校になって、電話が来ることがある。
比べたくないのに、次女と正反対の長女を、夫とそっくりな特性のある長女といる時間に疲れを感じるようになった。
長女は私に優しいのに。
いつからそう感じるようになったのだろう。
そう感じるようになって、自分の冷たさが嫌で嫌で、でもどうにも出来なくて。
ぐりちゃんのブログを読んで、本当に、私が母親じゃなければ、もっと余裕のある優しい別の母親なら、一人っ子だったら、
もっともっと大切に出来たのだろうか?
ずっとずっとあの頃みたいに愛しくて愛しくて仕方がないままだったんだろうか?
長女は私に優しいのに。
長女はそのままの私を大好きなのに。
泣けてくる。