愛されているから一つ一つの言動に『私を愛していないからだ』と思わなくて良かったんだ




おはようございます✨
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ジャージコバ認定カウンセラー日向です。





私は今まで、一つ一つの言動で、愛されているか、愛されていないかを感じて、だからイチイチ不安になったり、満たされなかったのかも、と気が付いた。




私が思う愛情の形と、私以外の人の愛情の形が同じわけはなく、それぞれの愛情の示し方がある。




思考、理屈では知っていても、私は体感、感覚として、わかっていなかったんだと思った。



例えば、夫と『どこかに出掛ける』こと。
『一緒にいることを愛情だと感じる』夫と、
『一人の時間を作ることを愛情だと感じる』私、だとしたら、




どちらも相手に『愛情がある』状態でも、お互いにそれを知らなかったら、
『一緒に出かけてくれないなんて、俺は愛されていない。』
『一人の時間を作ってくれないなんて、私は愛されていない。』
とお互いに感じてしまう。




でも、本当は、お互いに思う、愛情の形が違うだけで、『愛情はある』。





ついついわかりやすい一つの事柄で、愛情があるかないかをはかってしまうけれど、




そもそも愛されているのだよね。




その上で私が嬉しい愛情表現は『これ』なんだー、と相手に伝えることは私を知ってもらうには大切なことではあるけれど、




それも、愛されてないから『これ』をして!だと、そもそも『愛情がある』相手からしたら、
『あなたは私を愛していないんでしょ!』のメッセージになってしまうから、もうすでにある『愛情』を否定されているから、気付いていないから…、叶えたくなくなるのかもしれない。




自分の思う、自分にわかりやすい愛情の形をしていないから、気付き辛いけれど、




今あるたくさんの愛情に気が付くだけで、たくさんたくさん満たされて、自分を相手を自然と大切に出来るから、




ますます愛情が大きく循環するのかな、そんなことを感じた。