ただわたしがそれほどすきだったのだなぁ…





こんにちは晴れ
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ジャージコバ認定カウンセラー日向です。





私は、母に子供のころから、『あおいさん』と、『さん』付けで名前を呼ばれていて、
他の兄妹は呼び捨てやちゃん付けで呼ばれていて…、





それがずっと、なんとなく寂しかった。






だからなのが、私は我が子達を色んなあだ名で呼んだり、ちゃん付けで呼ぶとき、あたたかい気持ちになって、





書きながら気が付いたけれど、『さん』を付けて呼んだことがない。















そして、我が家の娘達は3人とも、






私にぎゅーっと、抱っこされるのが好きで、






一番上の小学校3年生になった長女も、今でも隙あらば私の足の上に座って、くっついているのが落ちつくようだ。





そんな姿をみていて、物心ついた時にはもう、母に抱かれた記憶がない私は、本当はもっと甘えたかったのかなぁ…、なんて、考えたりもする。













そうしたら何だか、知りたくなって、





母に直接、聴いてみることにした。





私は長く、名前に『さん』を付けるのも
抱っこされた記憶がないのも





あんまり私のことが好きじゃないからだと思っていて





だけれど最近、母の言動に、出来事に、意味をつけていたのは私。
『愛されていない』の意味付けをしていたのは私だったんだなーと知ったから、
もうそろそろ、それ、いらないかなーと思えたから…。





母に直接聴いてみた。





ねぇ、どうして私はさん付けで呼ぶの?
お母さんは、子供を抱っこしたり、頭を撫でたりするのが、くっつくのが苦手だった?って。





母は、ただ名前の響きで、『あおいちゃん』より、『あおいさん』の方が言いやすかった、呼びやすかったから、だと言った。

子供達のことも、どうしてもの時、やむを得ない時はしたけれど、こちらから抱っこはしなかったねー。
今、孫が出来て、この子達は自分からいっぱいくっついてくるからしてるけど、特に私からはしてないのよね、と言って、





何で?抱っこされたかったの?と少し笑った。
















今になって思うと、子供の私にも、理想のお母さんがあったのだろうなぁ、と思う。
そこに良いも悪いもなく、
ただ愛されていると安心したかったのだろうなー…。





そして、私は今、子供達を、三女を抱っこして眠ることが、
その時間が、柔らかくってあったかくって良い匂いで幸せだし、





夫に抱っこされるのも、頭をナデナデされるのも安心する。





私が大切な人に、『さん』付けじゃなく、『あおいちゃん』やあだ名で呼ばれるのも好き。





愛されていないの思い込みは手放して、
愛されている私で、大切な人達を、大切に出来たらよいなぁ…、





そんなことを思った。