【水戸っぽBlog】

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水戸っぽとは、水戸の三ぽい、【理屈っぽい、骨っぽい、怒りっぽい】または、【理屈っぽい、怒りっぽい、飽きっぽい】から来ています。その他、水戸生まれの水戸育ちの人間を【水戸っぽ】ともいいます。水戸っぽ深川隆成の日々の気持ちを綴っています。

高校の応援団から今に至るまで、結婚式、送別会、祝賀会、試合応援など様々な場面で34年間ずっとエールを贈り続けてきました。 1989年、25才の時に交通事故に遭って三日間記憶を失い、死にかけた事がありました。一度死にかけた命。自分は生かされている。

自分を活かして人の役に立てる様に、おまけの人生を生きようと思いました。

しかし、未だに、何が自分のベストなのか答えを出せずに、七転び八起きの半世紀。

それでも、自分の本質は何も変わりません。真っ直ぐに行くだけ。
死ぬまで、人の為に応援する人間でいたいと思います。

人生百年なら今は丁度、お昼時。まだまだ、これから!

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【写真は1981年夏。高校野球応援で18才、プロフィール写真は現在】




母が2月21日に入院してから、仏壇へのお供えは毎日欠かさず、少しずつ違う献立であげています。

母の健康と少しでも長生きしてもらう事、弟が無事に暮らせていける事、常に願いながら。




















ここのところ、色々あり、ブログを書くのを中断しておりました。

母が2月の中旬に台所で倒れて起き上がれなくなり、3日間台所で動けないまま、布団をかけて、そこで寝起きする事態がおきました。

救急車を呼ぼうかと母に話すと、物凄い抵抗を示して、自分で起き上がるからいい!と言って聞き入れませんでした。

しかし、3日目に立ち上がって動ける様になり、安心したのも束の間、今度は寝室で仰向けに転んでいて、介護保険申請の際に主治医になってくださった先生とも話して、救急車を呼ぶ事になりました。

足は、蜂窩織炎(ほうかしきえん)という足からばい菌が入って腫れ上がって歩けなくなる病気と足の変形など複数の要因がありました。

2週間は抗生剤の点滴で膨れ上がった足の回復。

毎週末、弟と一緒に母の見舞いに病院に面会に行っています。

5日ほど前、トイレに行く途中にまた転んで大きなコブを作ってしまい、MRI診察の結果、骨折や脳内出血などの問題はなかった様ですが、歩行器を使って歩く様に病院でも気を遣われた様です。

救急車で運ばれる前は、あれだけ嫌がっていた母ですが、いざ入院してみると、考え方が変わり、私に面倒をかけられないから、このままずっと入院しているなどと、考え方の変化も見受けられました。


入院してから、あっという間に1か月。


この入院を機に、今まで以上に元気になって欲しいものです。













2/7(土)15:30開場、15:30開演
横浜市馬車道駅近くのMegustaにて、2vocal LIVEに出演させて頂きます。
Piano/ Vocal  星野由美子
Vocal     深川隆成
土曜の午後、港ヨコハマで優雅なひと時をお過ごしください。



あけましておめでとうございます。



今年も、母と雑煮と御節を食べての一年の始まりです。





今年は、歌手活動十周年。訳詞活動二十周年の区切の年です。
それを記念して24曲入り2枚組のアルバムをリリースするつもりでおります。
資金面から年内にリリースできるかはわかりませんが、JAZZが生まれたきっかけとなった、ニューオリンズのストーリーヴィルで当時演奏された演目の中から、南北戦争の時に大流行したDown By The Riverside(川沿いを下ろう)を表題曲に、私のオリジナル曲迄、年月を遡り、大河の流れを下る様な流れを汲む構成にしています。
Down By The Riversideは、日本が幕末の混乱期桜田門外ノ変の翌年から大政奉還迄とほぼ同時期の足掛け5年間、行われた南北戦争の前から存在した歌です。南北戦争は、当時700万人の人口のアメリカで南北に分かれて15歳から60歳までの320万人の男性が従軍して90万人が亡くなられたアメリカの歴史上群を抜く死傷率で、3人に1人が亡くなられた悲惨さでした。
当時50歳半ばまで満たない平均寿命のアメリカが、52年間、殆どの人が実体験が無くなった1917年に第一次世界大戦に参戦するまでの52年間、アメリカは戦争を行わず、海運が盛んだった港湾都市ニューオリンズに電灯や市電が整備され世界有数の歓楽街ストーリーヴィルが作られ、そこの千数百軒の売春街の一階にあったレストランやバーやカジノで南北戦争で使われていらなくなった楽器を使って演奏された生演奏がジャズへと進化しました。そこで盛んに演奏された曲の一つにDown By The Riversideがあります。
I ain`t gonna study war no more
戦争を追及するのはもうやめよう
🟰 戦争を無くそう
がノリのいいメロディで何度も何度も繰り返されるこの曲は、南北戦争後に世界の工場、世界の金融の中心、世界の娯楽の中心になっていったアメリカの人々の心を体現する歌であり、第二次世界大戦後の日本の発展にも、更に言えば人間の営み全てに通じる普遍的な思いも込められていると思います。
そして、歌というのは、歌詞に込められた作者の想いや時代背景などが映し出されていて、歌は歴史の中で生き抜いた人々一人ひとりが物語の主人公と言うことを表したものであると思います。
これらから厳選した二十四曲を大河の流れの様にお届けする事で、普遍的な大切なものを千年先二千年先にも色褪せないアルバムとしてお届けしたいと考えています。
2025年に公開されて日本映画史上最高収益を更新した映画国宝を観た時に、これほどの感動をアルバムでお届けすることを一人の歌手としてアルバムを提供できるかと思って、心の底から湧き上がって来たのが、今回のアルバムの企画です。
主な曲をざっとあげると、
草創期のアメリカ社会を描く歌
Down By The Riverside
Basin Street Blues
The House Of Rising Sun

戦争のアメリカ側と日本側の視点から歌われた歌
You'd Be So Nice To Come Home To
木琴

アメリカの黒人差別を描いた歌
Strange Fruite
Work Song

JAZZが発展して来た中で、一人一人の日常を切り取って描かれた歌詞の曲
Moanin' 
Take Five
Herlem Nocturne
Spain
Fly Me To The Moon
Georgia On My Mind

私のオリジナル曲
桜の季節
時の流れ

などをお届けする予定です。

ピアノトリオでの演奏を終えて、資金が貯まり次第、歌入れ、管楽器の演奏入れ、CDジャケット、カラオケ用映像、CDプレス、CDリリースと繋げていくつもりです。
年内にどこまで出来るか分かりませんが、ピアノトリオ演奏を録り終えた時点で、今迄七作品を手がけて頂きましたスタジオなオーナーから、今迄で最高すごい作品となりますねと、御感想を頂き、当初思い描いていた以上の作品の質となりそうです。それもあり、このアルバムを私の現時点での集大成として、千年先にも二千年先にも変わらぬ普遍的な大切なメッセージの集約の一枚として、お伝えしていける様に、大切に作り込んで参ります。
現時点では蝉の幼虫です。このアルバム、私は心の底から命懸けで作り上げていく所存です。



土日、日立市のスタジオ・チャプターハウスで次回アルバムに向けて2回目のレコーディングをして来ました。

土曜日は、ピアノトリオ演奏と合わせて仮歌入れ


前回のアルバム「それでも朝は来る」の時は何泊もして作ったのですが、今回は数回に分けてのレコーディングです。初日は、前回しょっちゅう伺った日立南太田インター近くの喜楽亭さんにお伺いしました。



今回選んだのはスタミナ定食。

スタミナラーメンの具がメインディッシュの一品。



レバーと豚バラ肉とふんだんの野菜を甘辛の餡掛けで包んだ一品。



半分くらい食べた後に、スタミナ丼。



とても美味しく頂きました。

その後、チャプターハウスに到着。







初日は、ピアノトリオで演奏の音入れ。

合わせて、仮歌入れ。


ピアノ 星野由美子さん



ベース篠宏昌さん



ドラムス秋田聡さん



そしてレコーディングを樫村オーナー。



2日目の日曜日は、歌入れ。



チャプターハウスが誇る60万円のマイク。





仮歌のマイクは六万円の高級マイクで、良い音色で録れていたのですが、更に素晴らしい音色に録れていました。



八曲収録出来ました。


とても、いい感じに仕上がっています。


完成が楽しみです。

先日の牛久エスカードホール公演を、時代背景や曲に込められた思いや風景を説明したMCもそのままお届けするノーカット版です。



12月も中旬に差し掛かりましたが、遅ればせながら、今月の予定です。
3年前迄は、12月はサンタクロースに扮してクリスマスソングをあちこちで歌っておりました。







2年前から、歳末はレコーディングやコンサート費用の資金稼ぎに追われております。

そんな中、12月最後の週末に2回目のレコーディングを行わせて頂きます。



私の人生を懸けた歌による平和への働きかけの活動。その現時点での集大成のアルバムを作成しております。
目指すは、実写映画での国宝、アニメ映画のこの世界の片隅で の様な、観終わって言いようの無い感動に包まれる様な作品を音楽アルバムでお伝えする試みです。

JAZZの原点となる、日本では明治時代から大正にかけて、海運が盛んだった頃、電話が完備し、電灯が張り巡らされ、市電が初めて整備されたり当時の最先端都市として娯楽も中心となったニューオリンズの繁栄とその繁栄の前段階であった南北戦争迄遡り、その後の時代を一気に下り、初の日本語公認歌詞を頂きました名曲の数々から私のオリジナル曲まで、作者の心やその時々の時代背景が歌詞に投影されている歌を並べる事により、生きている一人一人が歴史の本当の主人公である歴史群像をお届けします。





試みが壮大なこと故、思った以上に色々とかかっておりますが、ゴッホの絵の様に私の死後に認められて、後世に末長くお届け出来る作品を世に残す為、全身全霊を懸けて制作にあたって参ります。

そして、またいつか、色々な面で余裕が出来て、また歌う事に専念出来た暁には、サンタクロースとして12月はクリスマスソングを目一杯歌えたらと願っています。

来年発売予定のアルバムから、先行お披露目第一弾の牛久エスカードホール公演。


映画国宝を観た時に、衝撃を受けて、今度のアルバムは、アルバム一枚で国宝に負けないものを作るにはどうしたらいいかと考えて、南北戦争まで遡り、そこから現在まで大河の流れに沿って川を下っていく内容で、千年二千年経っても色褪せないものを残したいとステージを始めるに当たって話しました。


終わった時には、無事に、そして思った以上の好評での公演となりました。



リハーサル後、南部珈琲エスカード店にて昼食。



そして、13時半からスタート。










美空ひばりさんの演奏を長らく務められた、大林裕明さん。

美空ひばりさんとの初顔合わせのエピソードなど、興味深い話もご紹介頂きました。



昨日の牛久エスカードホールコンサート、お陰様で無事に終わりました。


お手伝い頂きました保田さん、そして奥様とお孫さんと団体で御出で頂きました成田理事長、ありがとうございました。


お越し頂きました皆様はもとより主催者から過去最高の出来栄えのコンサートだと、とても高く御評価頂き、CDも12枚販売となりました。

また、CD販売とベナン学校支援金寄付合計35,425円をNPO茨城教育ネットワークベナン学校支援金に寄付させて頂きました。


公演後のサイン会で二桁の行列が出来たのは今回初めてでした。


曲の中では、第二次大戦の空襲で亡くなった妹を偲ぶ歌詞で有名な混成三部合唱の名曲木琴を一人で主旋律全てをこなす誰もやらなかった取組みに感動頂いた方々も多数いらした他、DAMカラオケになっているオリジナル曲も人気で、是非カラオケで歌いたいとCDをお買い求め頂いた方々もいらっしゃいました。



終わってから、エスカードの多国籍料理屋で打ち上げ。大林さん以外は車の為、アルコール抜きでしたが、大林さんの面白い話の数々に、酔った気になったのが不思議です。



当日の地元の情報紙のXに紹介されました、木琴の動画です

https://x.com/crzbjf8drosejlw/status/1995085457378681161?s=46&t=186oLQ3vGf6Mepfpz30p2A

2年ぶりのレコーディング。

いつもお世話になっている日立市のチャプターハウス。





当初8月に予定していた第一回目でしたが、6月の手術により、3ヶ月後倒しにしての実現に漕ぎ着けました。
心を込めて、今持てる全てを注ぎ込んで、渾身の作品を作り込み







昨日4曲。



本日も4曲。泊まり込みで日立のスタジオチャプターハウスでレコーディング中。



今回は、更にグレードアップした曲目になっていると、皆さん仰ってくださっており、大いに手応えを感じています。


ありがとうございます‼️