Ultimate K.O.のブログ

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マネジメント・コンサルタントとしての成長日記。

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リーダーとは非常にきめ細やかさ・繊細さが必要。最近その様に感じています。

優れたリーダーは、細かい所に良く気づきます。巷の書籍では、優れたビジョンや独創性がリーダーの条件として語られる事が多い。ただ一方で、極めて具体的な思考を持っていると思うんです。

 

凡人がa⇒b⇒c⇒dの経路を通じてようやくたどり着く真理に対し、aからdに一気にアプローチできる。しかも省略された経路についても、極めて具体的に説明する事ができる。ある意味、そうした情報処理能力の圧倒的なスピードが、リーダーの優れた条件なのではないかと思います。

 

私は今でこそ有名大学卒のコンサルタントを名乗らせてもらっていますが、元々は大した頭脳を擁しません。努力と負けず嫌いの積み重ねでここまで来れたと思っています。なので、天才的な瞬発力を発揮する事が中々難しい状況にあります。であるならば、考える総量を上げ続け、その蓄積を通じて頭の回転速度を上げていくしかないのです。

 

現状、私はまさにセンシティブな面が圧倒的に足りず、忖度に忖度を求められるプロジェクトで苦戦しています。ただ、ここで成長しなければ、コンサルタントとしては元より、人間としての完成度も上がらないと思うんですよね。給料は下がらない様にしつつ、とにかくまずは及第点をとる。その上で、より完成度の高いコンサルタントに近づいていきたいと思います。

 

そもそも私のバリューは、細やかな視点に基づく些細な気付きにあります。最近そこから離れ、視点の面白さ・深さで勝負していたきらいがあります。原点に立ち戻り、圧倒的な具体性と思考力で勝負していきたいと思います。

久しぶりの投稿になります。先週はお盆休みでした。

 

お盆に入る前、私は中々仕事が上手く行かずに悩んでいました。リーダーシップを発揮しようにも具体性に欠ける為、ただただ啓蒙的・表面的な話に終始し、徐々に飽きられてくる。現場で必要とされる至極具体的な建付けや半歩先を見据えた話ができないから、皆ついてこない。一つ感じたのは、とにかく私の話には具体性がなく、日々の積み上げで進捗していく長期業務改革プロジェクトには極めて不向きである事でした。

 

それではどの様に改善するのか。ここではとにかく一つ一つの作業に対して具体性を持って考える事が必要です。リーダーとしてバクッとタスクを整理するのではなく、とにかく各作業のテンプレート・項目・インプット等想像し整理し切った上で、極めて具体的に指示を出す。これに尽きると思うんですね。

また一つ一つの仕事に対して極めて具体的なイメージを瞬間的に思い浮かべる事で、極めて具体的かつバリュアブルな指摘を出す。これが出来る事が大事だと思うんです。

 

これまで私は新規事業創出系のプロジェクトに多く携わってきました。どちらかといえば、クライアントの気持ちをプラスに掻き立てる、やや抽象性の高い案件が多かったと思います。ただそれではクライアントは満足しない。パートナーからこんなことを言われたことがあります。「お前の資料は表面的だ。個別具体的な内容まで全然落ちていないから、非常に表面を嘗めた薄っぺらいアウトプットだ」と。

 

私は元々システムコンサルをやっていたこともあり、元来は個別具体的な細かい検討をする事に慣れていました。そして、発想に柔軟性が欠けるとの指摘を受け、自由な発想を売る方向性にシフトしていきました。そしていつの間にやら、現実でみたことも考えたこともない事を、あたかもできるかのようにペラッと説明する、そんな仕事の仕方になっていた気がします。ひとつひとつを、極めて具体的に考える。ニュースをチャラっと読むのではなく、なぜその様になったのかを骨の髄まで理解する。そうした姿勢が大事なんだなあと思います。

 

具体性。新たな私のテーマが見つかりました。この具体性を、今期の主な注力ポイントにしていきたいと思います。

昨日は更新ができませんでした。

 

プロジェクトに参画して1週間半。いよいよクライアントや上からの圧力も厳しくなってきます。私は自分でプロアクティブに動いていく分には良いのですが、上からの圧力に対し、つい弱気な態度をとってしまったり、イケてない受け答えをしてしまいます。そして信頼を失い、変なループに陥ってしまうきらいがあります。攻められる中でリーダーシップを維持し続ける。これは中々難しく、またここでこそ自分の伸び代があるんだろうなと感じます。ヤクザの様なジョブマネージャーに感謝ですね。

 

私はヤクザ系とは相性がよいものの、基本的にその相性の良さは打たれ強さに依存します。ガーッと言われてもそんなに気にしない図太さが武器であるものの、ああ言われたらこう返す、そうしたやりとりの上手さがあまりない気がします。割と早い時期からレビュワーのいない環境に慣れてしまったことや、温厚な上司による柔らかいレビュー、厳しい上司であっても慣れていくうちにレビューのパターンを見つけ、彼らの動きに合わせた報告を先回りして行う事で、変に炎上する事を避ける動きに非常に長けていると思います。一方で、予測していなかったコメントや指摘を浴びせられると、つい動きが固まってしまう所があります。この様な人にリーダーはついてこないですよね。。

 

それに対応できる様に、色々な人と関わりを持つ事が重要だと社会人一年目の時には口を酸っぱく言われてきました。とにかく合コンするんだ、遊ぶんだ、そうしていくうちに、色々な人への接し方が身についていくんだと。ただ現実問題、合コンで資料の報告の仕方に対して口を酸っぱく指摘する女子はあまりいませんし、マイルストンが変更になった事を詰めてくるバドミントン仲間もいません。こうしたシビアな仕事の世界で生き抜いていくからこそ身につく打たれ強さというものがあるのではないでしょうか。

 

一方で、ああ言えばこう言う、所謂打つといい音を返す器用な人はいます。考える総量が圧倒的に多く返答のデータベースが豊富なのか、頭の回転の速さがすさまじいのか。私は頭の回転が速い方ではなく、気の利いた答えをパッと返せる人間ではありません。相性が良いと会話は弾むのですが、かしこまってしまうと途端に凡庸になってしまう。仕事だと思うと、カチッと兵隊の様な受け答えになってしまうんですよね。

 

良く考えると、常に論点思考ができていないから、ぼんやりとした返信になってしまうと思うんです。色々ガッと言われた時に、要はこういう所を気にしているんだろうなと、それに対して私はこの様な考えでアクションをとっていましたので、今後気を付けてこの様に動き方を変えまっせ、とった受け答えをする。しかも私は割と長々と話して言い訳くさくなり、火に油を注ぐことがあるので、とにかく簡潔に話す。そこが大事だと思うんです。

 

かしこいリーダー程話は案外短く、要点をズバッという傾向がある。それは上へも下へも同じコミュニケーションだと思うんです。何故小泉進次郎に漠然としたリーダーシップをヒトが感じるかというと、彼のメッセージは非常にシンプルだからだと思うんです。しかも、発言は割と核心をついている事が多い。

物事の革新をスパッと見抜いて、そこに最低限のメッセージを送る。そこに何となく頭脳の明晰さであったり、カリスマ性が出てくると思うんです。

 

メッセージ性のある言葉とは、常に革新をつく事だと思うんです。そうした際に、とにかく全体を俯瞰して論点をあぶり出し、論点に対し端的にコメントする力。そこに成長の余地があると思います。

愛知に来てから1週間たちます。

 

割と全力で仕事ができている気がするのですが、アウトプットは多くなく、会議の中での切り分け・理解の提示をはじめとする即興のパフォーマンスに頼る面があります。

本来コンサルタントというのはスピーディーに物事を整理するだけではなく、じっくり考え深い示唆を出す所に価値があります。単にスピーディーなだけでは器用な作業屋です。コンサルタントたる価値をまだまだ出せていないなあと深く反省する日々です。

 

それでは、コンサルタントが深く考えるとはどの様な事なのでしょうか。市場をくまなく調べつくし、「世の中のベストプラクティスは~」と他者の知恵によりかかりながら高説をふることでしょうか。業界の第一人者として、深い経験を元にグレイヘア的なアドバイスをすることでしょうか。それとも、一人の魅力的なビジネスマンとして相談に乗り続ける事でしょうか。

 

私は3番目のコンサルタントを目指したいと思っています。

それでは、魅力的なビジネスマンとはどの様な人物でしょうか。例えば孫正義さんや新浪剛史さんがアドバイスをくれるといえば、たとえ彼らが畑違いの人間であろうが、相談したくなると思います。一流のコンサルタントとは、相談したくなる包容力や人間としての器の大きさが全身からにじみ出ている、まさに初回でお話ししたドラゴニックオーラのカタマリであると思います。ドラゴニックオーラはリーダーシップから生まれます。私は最近、リーダーシップに関する本を読んでいます。リーダーの色々な話を読みながら、私なりのリーダー像を固めていきたいと思います。

ストレスのない明るい業務改革。定型業務は全てロボットに任せ、人間は判断する仕事や考える仕事に集中する。そんな世の中になった場合、本当に生産的な仕事ばかりになるのでしょうか。

 

そもそも、今まで定型業務を行っていた人が本当に考える事だけに集中できるようになるのでしょうか。私個人の感覚ですが、そもそも考えることと定型業務は表裏一体だと思っています。例えばコンサルタントの若手はプロジェクトの進捗管理を任されます。これは周りから話を集めて、WBS上の進捗ステータスを更新していく作業である為、とかく定型業務にみえがちです。ところが、実際は現場の気難しいメンバーひとりひとりに気を使いながら話を聞き、オンスケなのかビハインドなのかグレーな部分をファクトベースで切り捌き、上に報告すべきこととそうでないことを整理し、危なそうな内容があれば課題やリスクとしてエスカレーションする、一見定型的であるものの、細かい所に考える事が入り混じっています。これはロボットや大連のデリバリーセンターができる仕事ではありません。

 

結局、対人的な所はとかくくじゅっとしがちなんですよね。ここは人間が今後もやって行かざるを得ない所だと思います。ロボットの管理はロボットが行い、人間の管理は人間が行う。そういった棲み分けが、今後よりはっきしてくるんだろうと思います。

 

続はまた今度。

人間は基本的には今の業務を変えたくない。ただし、ストレスなく楽になるなら話は別。

 

これが業務改革を推進する上での一つのポイントだろう。画面の仕様が変わる、帳票の入力項目が変わる、こうした変更には死ぬほど抵抗をみせるのが業務改革の現場メンバである。一方でPCやスマホは今や当たり前の様に現場で活用されている。PCなんて導入には相当抵抗があったと想定されるのだが。。社内書類は電子化するのである、社外との連絡もメールで行うのである、といったトップの決めがあったからこそ、一気に普及したのではないかと思う。この経営トップの決断を何が促したのかは気になる所である。パソコンが普及する前からずっと電子化への潜在的な要望があったものの、1台が高価すぎる、相手がパソコンを持っていない等の理由で見送られ続けていた。ところがパソコンが劇的に安くなり、突如としてどの企業も買える代物となった。そうすると、今まで諦めていたパソコンを使った業務が金額的に実現可能となり、費用対効果もみえたことで、案外抵抗なく受け入れられたのかもしれない。この受け入れられ方というのが、若者から順々に浸透していったのか、全社一斉だったのかは割と気になる所ではある。

 

またスマホにいたっては、パソコンや携帯電話が浸透し切った段階で、直観的な操作感を武器に市場に参入してきた所に巧さがある。パソコンや携帯電話の操作というものは直観的ではない。ツールの仕様に合わせて、人間の操作が定義されている。スマホは直観的な操作を軸とする。画面を撫でる事でスクロールし、指の開閉で焦点を合わせる。ロックは指紋認証で解除し、音声による操作も可能だ。ボタンを押すという行為自体が人工的であり、それが直観的な動作に置き換えられた所で、我々は何もストレスを感じないものだなと、スマホを通じてまじまじと感じている。

 

今後デジタル技術の進歩とともに、人間は文明により縛られたルールから解き放たれ、動き方は自然回帰していくのではないかと思う。そうした時に、むちゃくちゃに直観的な動きをする人間と、整然としたルール・システムの世界の間を介在する、きめ細やかな仲介機能というものが、今後ポイントになってくるのではないか。そしてこうした仲介機能とは一体何なのか。こちらについて今後考察をしていきたいと思う。

業務改革を推進する上では、経営層だけでなく、現場が危機感を持ち率先する事が肝要です。

 

会社の10年後の姿にコミットする経営者はともかく、現場の大半は当期・当期で動いていますから、やれロボットだIoTだSAASだといった所で、危機感も変わりたい気持ちも一切醸成されないのが実情ではないでしょうか。そんな風潮もあってか、近年ではエバンジェリストといいますか、経営者と現場の有望な若手がコミュニケーションを取る場を持ち、若手に経営者の真髄を叩き込み、現場の改革の旗振り役にする動きもみられます。

 

ただ破産間近の企業ならともかく、割と優良な企業において、こうしたエバンジェリスト制は本当に有効なのでしょうか。どうも私としては、現場にそっぽを向かれてしまう気もします。彼らがどんなにホラーストーリーを声高に叫んだところで、何か薄っぺらく信用できない。社長やコンサルに騙されてるんじゃないの?とすら思うかもしれません。

 

私としては、従来の危機感をエンジンとした業務改革はもはや古いと思うんです。これから業務改革が必要なのは、破産寸前の企業ではない。割と安泰なんだけれども、何かの拍子でデジタル化の波に一気に呑み込まれてしまう可能性のある企業が、先手を打ってちょっとずつ業務をデジタル化していく、危機感に煽動されない「より前向きな業務改革」だと思っています。

 

そしてその為に必要なのは、危機感ではなく「嬉しさ」、所謂カスタマー・エクスペリエンスだと思います。可能な限り苦痛な思いをする事もなく、嬉しさの積み上げで行っていく業務改革。これは所謂IoTやRPAといったデジタル技術においては実現可能だと考えています。こうした技術は、従来のSIと比べて自動化が圧倒的に安価である事に価値があるからです。そして、従業員の「嬉しさ」というものをできる限り人間の認知学・心理学等に基づきデザインしていき、喜びの絶頂の中で自然と業務改革が進んでいく。それが来たるべき業務改革なのではと思います。

 

近年やたらとカスタマーエクスペリエンスという言葉が流行しており、コンサルタントの中でもデザインシンキングなんかがもてはやされています。この兆行は、マーケティングにせよ戦略策定にせよ業務改革にせよ、個人の存在というものが以前より非常に大きなファクターを占めてきた事に起因すると思われます。

 

カスタマーエクスペリエンスについては、また次回深掘りしてみましょう。

前回に続いて業務改革の話を。

 

本日はじめて新しいクライアントさんの職場を訪問してきました。

自動化とは最も縁遠い、マニュアル業務の集合体の様な部署なのですが、それぞれの動きが最適化されており、一切がムダなく思えました。業務に携わっている方も、地元のベテラン女性の方が中心であり、そこまで雇用にかかる費用が大きいわけでもない。RPAやオフショアBPOを進めたところで、却ってコストがかかるというのが私の皮膚感覚です。

 

会社の業績も好調、現場も最適化の極致にある、そんな中でBPRを推進するというのは非常に難しいと思われます。ただ、こうした会社ですら、経営トップは危機感を持ち、「デジタル化による業務改革」を提唱している。コンサルタントも現場にどっぷりつかっていると、ついつい「今のままでいいじゃないか…」と思えてきてしまうのですが、やはり我々はマネジメントのコンサルタントである以上、経営層と同じ視点で物事を見ていなければダメだよなあと思う訳です。

 

ではなぜデジタル化が当該業務において必要なのか。自動化によるコスト削減・業務効率化だけでなく、もっと深遠な意味を我々は頭の中に持っておく必要があると思います。例えば、教師データの蓄積や、きたるオープンイノベーションの時代に向けた門戸開放とか。

 

うーん、今日は酔っぱらってしまったので、また明日。

BPR実施のポイントは2つ。企画立ち上げ時の社内の合意形成と、実行局面における現場への落とし込みであります。

よくIBMやらアクセンチュア辺りが持ち掛ける、「業務をまず可視化する」「業務を分析し、定型・非定型に分ける」「定型業務は廃止・簡素化・集約等の施策に仕分ける」といった古典的な業務改革手法があります。これは所謂、上記ポイントの間に存在するプロセスであり、それなりに腕の良いコンサルタントに任せておけば、半ばオートマチックに進んでいく代物であります。

 

肝心なのは、まずボトムアップでの地道な業務改善でなく、組織変更等も視野に入れた全社的業務改革・BPRを実施する事について、きちんと社内の合意形成をとる事です。市場動向・競合の動きなんかをちらつかせて危機感を煽る、社内の主要プレイヤーに根回しをする等、やり方は千差万別です。私なんかも、ホラーストーリーを以てクライアントを焚付ける様な提案を行ってきました。ただここはあくまでやり方論の一つに過ぎず、ホラーストーリーなんかは所詮紙芝居です。BPRを企画するエンジンになるのは、クライアントの危機感と熱意です。コンサルタントとしては、このフェーズではある意味熱量の高いクライアントとタッグを組み、一緒に燃える事が一つカギだろうと思います。経営者の「よし、やろうか」を引き出すには、最終的には青臭い熱意が大事ではないでしょうか。

 

前置きが長くなりました。今回は実行・定着化についての話をします。実は、BPRプロジェクトの殆どは実行・定着化段階で現場に受け入れられず形骸化します。日本人はやり方を変える事を非常に嫌いますし、ましてやBPRなんてのは所詮一時的な特設チームが考えたものですから、現場としても言う事を聞く理由も長期的に見ると実はなく、すぐ元通りのやり方に戻ってしまいます。

 

アメリカだと割とトップダウンで下した業務改革は浸透するみたいですが、日本は現場が強いのか指揮命令系統が曖昧なのか、イマイチやり方を変える事が浸透しないんですよね。これは日本のSI構築費がやたらかさんでいる要因にもなっています。そこは追々深掘りしていきたいと思います。

 

それでは、日本で実行・定着化を図るにはどの様なやり方が良いのでしょうか。性善説に立ち、会社が変わらなければならない事を力説し、皆の心を動かしていくチェンジマネジメントの必要性が巷では叫ばれています。ただ、結局人間そこまで変わらない。変わるなんてめんどくさい。変わった所で給料にも大して影響しない。人生めんどくさい事だらけなのに、なぜ仕事でまでめんどくさい事をしなければならないのか。これがBPR実行現場の本当の声だと思います。

 

なので私はX理論に立ち、変わらざるを得ない環境の整備が大事だと思っています。組織や職掌、システムの変更なんかはその典型的な例といえます。IBM辺りは徹底的なモニタリングの仕組みを導入し、強制的に業務改革を実行していると聞きます。また最近はぼやっとですが、「現場でお互いがゆるく監視し合う様な仕組みを整備してもいいのではないか」とも思っています。意味は違うかもしれませんが、ブロックチェーンに思想としては近いのかもしれません。そこは追々考えていきましょう。

 

次回は、この「お互いがゆるく監視し合う仕組み」について、もう少し深く考えてみたいと思います。

はじめまして、Ultimate K.Oと申します。

2009年に大手外資系コンサルティングファームに入社し、2015年に別の外資系コンサルティングファームに転籍、同年にマネージャーに昇進し、現在に至ります。業界は通信・ハイテクが長いのですが、近年は商社・物流・食品等幅広に手掛けています。直近は大手製造業の業務改革に参画予定です。

コンサルティングのお題は、新規事業構想から戦略策定・市場調査・PMI・業務改革およびシステム企画・要件定義といった所です。

 

さてこのブログですが、「お前の話は面白くないし、このままだと売れないと思うぞ」と先輩に言われたことを契機に開始しています。

 

私は2016年にマネージャーとして3つの案件を獲得しました。他のシニア・マネージャーが苦しむ中、若手マネージャーの私が平然と案件を獲得する。これはかなり痛快で、正直天狗になっていました。

ところが、2017年に主に商社を相手にIoT・AI・ロボティクスといったデジタル領域の案件提案を行いましたが、いずれもロストしました。私としては「俺の人間性と頭の切れ味は必ず売れるはずだ」と自負していただけに、少なからずショックでした。そして時間切れとなり、大手製造業の業務改革プロジェクトに入る事になりました。

 

私としては、他人が獲得した大規模案件なんて…、と非常に面白くない気持ちになりました。とはいえウィンしていれば済む話でもあります。また失注すると責任を他に転嫁する人がいますが、これは非常にかっこ悪いし成長に繋がらない。悔しさを素直に認めて、バネにして成長する事が必要だと思っています。自分が失注した原因を真摯に見直していきました。

 

見直すと、私の会話はワンパターンで、話の幅が狭く、雰囲気もペラッとしており、全く印象に残らない「賢くて感じの良いあんちゃん」程度だったと思えてきました。論理立てて説明はしているし、ロジックエラーもないつもりだったのですが、、それだけだと正直印象に残らないんですよね。

 

それでは、どういったコンサルタントだと一緒に仕事をしたいと思えるのだろうか。

ふと思い出したのは、2年前にIoTの課金計算・請求システム導入の提案準備をしていた際に面談した、サブコン候補と考えていたオービックの営業担当でした。彼は猛禽類の様な鋭い眼光を以て、こちらの魂胆を見抜く圧倒的なオーラがあり、容赦ない質問をぶつけてきました。他に大塚商会やJR系のSI会社等10社と面談したのですが、結局印象に残っているのはオービックだけでした。再び同じ案件が来た場合、私はまずオービックに連絡をするんだろうなと思います。

 

私には、オービックの彼の様な圧倒的なプレゼンスがない。この得体のしれないプレゼンス・ビジネスマンとしての迫力を「ドラゴニック・オーラ」と呼ぶことにしましょう。こうしたドラゴニック・オーラはどの様に手に入れられるのだろうか。ここが今の私の悩みとなります。

 

私がいうドラゴニック・オーラは、ジムで準備をしている熟練の警察官や企業経営者に多く感じる事があります。そして私ですが、所謂るろうに剣心の宗次郎や花より男子の花沢類の系統に位置する優男系の人間です。宗次郎はともかく、花沢類にドラゴニック・オーラはあまり感じない。宗次郎辺りも縮地の使い手であり、超一流の剣の使い手としてのゾクッとする迫力はありますが、企業の意思決定のコンサルティングは正直お願いしたくない部分がある。会社の命運をかけた改革であれば、やはり宗次郎ではなくて志々雄の方が安心感はあるんじゃないかと思います。

 

そして宗次郎にはなく志々雄にあるもの、これは強烈なカリスマでありリーダーシップだと思うんですよ。そして私にはこれが圧倒的に欠けている。私はビジョンや強烈なメッセージでなく、小器用なロジカルシンキングと感じの良い立ち振る舞いで売ってきたからです。これは作業者たるスタッフの売り方であり、人材派遣業の売り方です。

 

勿論、コンサルティングを行っていく上で、業界・会社の文化・風土・組織力学を素早くキャッチアップする技術は若いうちは求められます。しかし、ドラゴニック・オーラはそんな受け身な姿勢では身につかない。あらゆる業界・業種を相手にするからこそ、どこかで「個の打ち出し」に切り替わる必要があるんじゃないでしょうか。

 

それでは「個の打ち出し」とはどの様に醸成されるのか。私は田舎の中学校の学級委員すら務めたことがなく、リーダー経験は皆無です。どちらかといえば、器用な参謀役・気弱な兄貴役・やんちゃな弟役を使い分けながら組織の中で嫌われず、所々で気の利いたことを言ってワイワイやってきたタイプです。そんな私が今更「個の打ち出し」といってもね…と戸惑う部分はあります。ただ、それをやらないと先に進めない。なので、やるしかないと思っています。そして「個の打ち出し」の為の土台として、まずは考え続けるしかないんだろうなと思っています。

 

大変長くなりましたが、このブログはまさに私の思考訓練の為のサンドバックとなります。ブログというサンドバックを叩き続け、個の打ち出し力を確立し、ドラゴニック・オーラを身に付けていきたい。そんな私の思考訓練の場に、お付き合いいただけると幸いです。毎日更新します。