ドイツ陸連 棒高跳ヘッドコーチ
ハーバート・ツィンゴン氏とのディスカッション(概要)
③
『棒高跳の導入・器械運動トレーニング』について
福島大学で棒高跳コーチをしている木次谷聡といいます。
今回は、ドイツ陸連フィールド部門ヘッドコーチである、ハーバート・ツィンゴン氏とのディスカッション③を掲載します。
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これまで私(木次谷)は棒高跳の研修のために、アメリカ(リノ・ネバダ州)で開催されているpole vault summitなどに参加してきました(2004~2009年)。
また、定期的にヨーロッパ各国(主にドイツ)を訪問し、トップクラスの棒高跳選手が所属するクラブで研修を行ったり、ドイツ陸連コーチアカデミーで研修を行ったり、棒高跳k会議に参加するなど多くの棒高跳選手やコーチらと情報交換を続けてきました(2010~現在)。
これらの訪問でわかったことは日本、アメリカ、ヨーロッパでは棒高跳の技術やトレーニング、また育成システムという面で大きく違いがあるということです(もちろん類似点もありますし、日本のほうが優れている点もたくさんあります)。
最近はYouTubeや各種SNSを通して海外の選手の跳躍やトレーニングの様子を見ることができるようになり、日本にいながらもたくさんの情報を得ることができるようになりました。とてもすばらしいことです。
ただ、YouTubeなどを通して棒高跳の技術やトレーニングについて情報を得られるようになったのは良いことなのですが、その選手やコーチがどういう意図でやっているか本来の目的がわからないまま見た目だけを真似することになってしまっているような例も多く見受けられます。
見よう見まねでやってみることも悪いことではありませんが、基本的な考え方や背景などを理解することも大切なことだと思います。
このブログでは主に棒高跳の海外の情報について発信していきます。
まだまだ日本国内では一般的に広まっていない棒高跳の情報もたくさんありますので、そういうものを日本の棒高跳選手・コーチの皆さんと共有することで、日本の棒高跳のさらなる発展に貢献できたらと考えています。
もし質問等がありましたら、お気軽にご連絡いただければと思います。
また、感想等もお聞かせいただけたら大変ありがたいです。
twitter (@Ultimateacjapan)
E-mail (iwakipv@gmail.com)
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1 ハーバート・ツィンゴン氏について
(ハーバート・ツィンゴン氏)
ハーバート・ツィンゴン氏は長くドイツの棒高跳ナショナルコーチ(当時)を務め、棒高跳で数多くのエリート選手を育成したトップコーチです。
ツィンゴン氏は棒高跳のコーチだけでなく、ドイツ陸連フィールド部門のヘッドコーチ(当時)もつとめ、ドイツ国内をはじめ各国で講師をつとめてきました。
2013年にはドイツ陸連を辞め、スイスで棒高跳のナショナルコーチを務めています。(私は「なぜ辞めたの?」聞いたことがありますが、ツィンゴン氏は「陸連の仕事も大事だけど、俺は実際に選手を指導したいから」と答えました)
(ハーバート・ツィンゴン氏と木次谷)
ツィンゴン氏はドイツだけでなく各国で仕事をしていますので、ヨーロッパだけでなく世界中の棒高跳のことを知り尽くしています(世界一棒高跳に詳しい人物と言っても過言ではありません)
今回は2012年にドイツ陸連コーチアカデミーにおいてハーバート・ツィンゴン氏とディスカッションの概要を数回にわけて掲載していこうと思います。
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2 棒高跳の導入について
(木次谷)
ドイツではだいたい何歳ぐらいから棒高跳を始めるのが一般的なのか?
(チンゴン)
だいたい14~15歳で始める選手が多い。これより早い年齢で始める選手はまれである。
ドイツでは混成競技が非常に人気があるが、男子の場合、棒高跳を始めるのは混成競技がきっかけになっている。
混成競技を始めるときに、いろいろな種目に触れる必要がありその後棒高跳の世界に入ってくる選手が多い。
女子の場合は状況は異なる。女子の7種競技には棒高跳がないからである。
女子の場合多いのは体操競技をやめた選手が棒高跳に来るパターンである。
例えば体操競技のほうであまりうまくいかなかったり、体操競技の選手としては身長が大きすぎたりそういう理由で棒高跳に競技変更してくることが多い。
先ほど話題にあがったマルティナ・スタルツも体操競技を14歳までやっていて、体操競技としてもとてもよい選手であった。
3 器械運動トレーニングについて
(木次谷)
前回の棒高跳会議に参加したとき、多くの選手たちがとても優れた体操競技の能力を持っていて非常に驚いた。
(チンゴン)
20年前はドイツの選手たちはこのような状況ではなかった。以前の選手たちは器械運動の能力はそんなに高くなかった。我々は努力してこのような状況を作り上げることができた。
ただ、レシェクは早くから器械運動を棒高跳に取り入れており、良い結果を出していた。
良い棒高跳選手は3つの重要な柱で成り立っていると考えている。
一つは走りの能力、もう一つは跳躍選手の能力、そして最後に体操競技の能力である。これらがうまくつながる必要がある。もしこの3つのうちの一つでも欠けてしまうと、棒高跳でよい結果を出すことは難しい。
我々は器械運動についても1990年代から改善をつづけようやく20年経った。
※器械運動トレーニングのプログラムの詳細やピリオダーゼーションなどについては量が多いので、また別の機会に掲載させていただきます。
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次の動画はドイツの棒高跳選手が器械運動トレーニングを行っている様子です(2010年訪問時撮影)
赤いシャツを着て指導している人はイシンバエワの体操のコーチです(イタリア人)。
若いころのホルツディッペ選手も映ってます。
この動画に映っている選手たちはすべて棒高跳の選手です。
ドイツの棒高跳選手たちの中には器械運動の能力が非常に高い選手もいることがよくわかると思います。
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4 子ども向けの陸上競技について
(木次谷)
この前レバークーゼンに行ったとき、コーチが話していたのだが、ドイツでは子供向けの試合を変えようとしているとのことだった。
なぜ、どのように変えるのか、これについて教えて欲しい。
(チンゴン)
競技会について変えようとしているのは、8~11歳の子供たちむけの試合についてである。
まだ完全には変更はしていない。
これまで伝統的にこの年齢グループの子供たちのために行われてきたのは、例えば50m走とか走幅跳とかボール投とかそういうものであった。
それに対して新しい競技会では、それらの走・跳・投の要素をいれつつも、その年代の子供に特化したようなものにし、より楽しめるようなものにしている。そしてそれらをすべて組み合わせた混成種目のようなものにし、競技会ではその混成種目のみを行うようにしている。つまり、走る種目だけに出場するとか、跳ぶ、投げるだけの出場するということはないようにしている。
出場する選手はすべての種目を実施する必要がある。そして、これをチーム戦で行うようにしている。
この年代ではチームで行うということはとても重要であると考えている。
チームで行うことにより単に陸上競技をやるという以上に、新しい発見をしたり、友情をはぐくんだりすることができる。チームで試合に参加すること自体が冒険でもある。
我々としてはこういう変化をさせることにより、選手たちが早い段階で陸上競技に対して興味を失わないようにしている。
我々は12~14歳の年齢の子どもたちが陸上から離れてしまうことを大きな問題だと思っている。
彼らは5~6年ぐらい陸上競技を行った後、つまらなくなってしまい興味を失ってしまい、他のスポーツに行ってしまうことが多い。
だから我々は子供たちの陸上の試合を変えようとしている。まさに今この変化を起こそうとしているところである。
このような競技会は今年から始めることになっている。
これは新しい変化である。ここまでとても長い議論があった。ここまで10年かかった。
どこでもそうであると思うが、伝統を重視する立場の人と変化を起こそうとする立場の人がいる。
伝統的な立場の人は変えることに抵抗があるし、変化を起こそうとする人はすべてを新しくしたくなる。
両極端の人がいるが、時間をかけ何度も話し合いをし、なんとか今回のような状況を作り上げることができた。