ヒデさんを、昼食料理担当にしてから半年以上になる。いや、もう1年近いかもしれない。
ほんとうは炊事を全部任せたかった。家族の食事に責任を持つというのは、頭の体操にはとても役立つからだ。買い物に行くときは、大ざっぱにではあるが1週間ぐらいの献立が頭の中にある。ポイントになる食材を買い、あとはちょこちょこと買い足せばよいものを頭に置いておく。いつも行くスーパーよりも野菜の直売所で勝った方がいいもの、または小売店の方が品物が良いものなど、いくつもの考慮すべき事項がある。
買ってきたものを冷蔵庫その他に収納し、実際に日々の食事のために使いだすと、様々な番狂わせに遭遇する。外食することもあれば、頂き物をすることもある。食べ過ぎたりもするし、反対に体調が悪く食が進まなかったりもする。そんな時にも冷蔵庫内の食材と、ちょこっと買い足したものを組み合わせて、栄養面でも味覚面でもまあまあの食卓を毎日整えるというわけだ。そうしながら調味料や米などの長期にわたって使う食材も、切らさないように気を配る。しかも買ってきたものは絶対に無駄にせずに食べきる。こういうことをしていたら、ボケてなんぞいられない。
だからヒデさんに料理をしろ料理をしろとけしかける。手始めに昼食を任せてみたのだが、ヒデさんには才能がないかもしれない。本音を言えば、最近ではヒデさんのつくる昼食は見るのも嫌になってきている。なぜかといえば、来る日も来る日も釜揚げソバなのだ。つまり、湯を沸かしてそばを投げ込むだけ。ヒデさんは薬味さえ用意しない。私が切らさないようにしている、長野産の八割そばと、めんつゆをただただ消費しているみたいだ。
いままでは冗談半分に、料理上手の友人に丁稚奉公して料理を習ってこい、などと悪態をついていた。しかしもう、悪態ぐらいでは済まされなくなってきた。食欲がわかないのだ。とそんなところへ、市の広報で「男の料理教室」の受講生を募集しているのを見つけた。ヒデさんに薦めると、しばらくじっと眺めてから「考えておく」と言った。
その日の昼のことだ。私は畑に行き、トマトとキウリの苗を植えた。ヒデさんは確か週一回の筋トレ教室へ行ったはずであった。そろそろ昼飯時だろうと帰ってみると、ヒデさんはなんとまな板を取り出して、何かを刻んでいるではないか。覗いてみるとソーセージとタラの芽らしい。ははあ、駅の野菜売り場で旬の山菜、タラの芽を買ってきたな、と察しがついた。筋トレ教室は駅のすぐそばなのだ。それで、ソーセージをどうする気だろうと見ていると、
「ソーセージとタラの芽でチャーハンをつくる」とヒデさん。
「え? タラの芽で?」と言うと、
「だって、これだって野菜だろ」とヒデさんはすまし顔だ。
冷凍してあったご飯は、料理前に解凍すべきだろうか? 鍋ははどれを使えばいいか? 油はどうしたらいい? 何から調理すべきか? と様々なことを聞きつつ、ヒデさんは料理を進める。私は早々にほぞを固めた。幸いなことに、私は珍しモノ好きだから大抵のものは食べられる。とはいえ、内心ではあまりヘンなものは食べさせないでくれ、と祈る気持ちだ。
「だいたいヒデさんは、他人の仕事にリスペクトの気持ちがないのだ。そんなの簡単だろ、と馬鹿にした気持ちがあるから、いまだに洗濯もパジャマのズボンのゴム入れもろくにできないのだ」
チャーハンが出来上がるのを待ちつつ、私は内心こんな悪態をついていた。
と、チャーハンができてきた。言った通り、ソーセージを先に炒めたらしい。ご飯も解凍してから料理したらしい。そして奇跡的に焦げ付いたりもしなかったらしい。ヒデさんが初めて釜揚げソバ以外の昼食をつくった。だから盛大にそれを祝って、ビールで乾杯した。それで、食べてみたらなかなかおいしい。畑仕事を終えて空腹だったせいもあろうが、ほんとうにおいしい。実は味はほとんどなかったが、なに、私はもともと薄味好みだからあまり文句はない。
よかった。文句は言ってみるものだ。いくらなんでも釜揚げソバなんて、もう見るのも嫌だぜ。
さてヒデさん、次は何をつくってくれるのかな?