この時期は畑仕事が忙しい。
ピーマンやパプリカを植える準備をし、足りない肥料など取りに裏木戸から帰ってくると、庭の木々の向こうに何やら見慣れないものがある。表側の道のへこみにパトカーが止まっていて、お巡りさんが2人、そして何やら尋問されている風な人がいる。あれ、よく見ればヒデさんではないか。
あわてて表門へ向かい、途中で鎌を手にしているのに気づいてそれを背中に隠す。パトカーに近づいてみると、お巡りさんの一人が左利きの不器用な手つきで書類に書き込んでいる最中だ。どうやらヒデさんが交通違反をしたらしい。それも駅前交番の目の前で一方通行に逆方向から侵入したというのだ。
ヒデさんは後ろから、前の車止まりなさいとスピーカーで言われて止まったという。お巡りさんが、
「ここは一方通行だよ、免許証見せて」と言うのでポケットを探ると免許証がなかった。
それで、パトカーが家まで着いてきて取り調べになったらしい。罰金7000円の振込用紙をもらい、罰点2店が付きますと言われた。
それにしても若いお巡りさん、
「おじいさん、免許はどこで取ったの? おじいさん、あそこ一方通行だって知らなかった?」と、ヒデさんに向かって「おじいさん」を連発する。ちょっとかわいそうだった。
ヒデさんは、いつものスーパーへ酒を買いに出かけたのだ。すると1か月に1日ぐらいしか休まないそのスーパーが休みだったのだそうだ。それで駅近くの酒の小売店に行くことにして、その店の前の通りも一方通行なのに何も考えずに逆から侵入し、買い物を済ませてそのまま駅前広場の隅を通過してもう一本の一方通行に逆から侵入したところを捕まったらしい。
ヒデさんは、以前から関心のないことにはまるで注意が向かないというところがある。この3か月ほど、私は実は毎日体重をグラフにつけている。風呂から出ると必ず居間のテーブルにグラフ用紙を出して記録する。何か月も毎日やっているのに、ヒデさんはそのことにいまだに気が付かない。
酒の小売店の前の道も、ずっと前にヒデさんが車を運転しながら、
「あ、ここから入って酒買えばよかったな」と言いつつ、通り過ぎてしまったときに、
「あそこは一方通行だから、こちらからは入れないのよ」と教えたはずだ。だが、まったく覚えていないのだ。
記憶力が落ちる前から、まわりのことに気づかない傾向があったが、こうなってみるとそれが致命傷になりかねない。
免許不携帯だった件も、いつもならキーと免許を同じ引き出しから出して出かけるのに、その日は私が外出から帰って、キーを手渡ししたものだから、免許を出してポケットに入れるのを忘れて出かけてしまったのだ。けれどこれだって、注意力が欠如している証拠のようなもので、もっと重大なミスにつながらないとも限らない。
そしてその翌日のことだ。
うちの車には、今問題になっているタカタのエアバッグが装備してあったらしく、そのうち取り換えるからと古いエアバッグは機能しないようになっている。助手席の天井にその旨張り紙があるのだが、新しい安全なエアバッグの取り付けがなかなか実施されないので、私が怒ってトヨタに催促した。するとその場で、新しいエアバッグ取り付けの日取りが決まり、トヨタが車を取りに来ることになっていた。
作業を終えて、今から車を返しに行きますと電話が来て、車は3時過ぎに届いた。
ヒデさんは、3時を過ぎてしまったから罰金の支払いは明日にしようと言って、近くのクリーニング屋に冬物のコートを取りに行く用事だけを済ますことにした。
ヒデさんが出かけようとしたので、いつものように気を付けてね、と声をかけた。
で、車を動かしたとたんにギーッと耳障りな嫌な音。見るとヒデさんが左前角あたりを、門柱でこすっている。
ヒデさんは、
「トヨタの入れ方が悪い」と言い訳するが、そんなことはない。
自分が置く位置とは少し違うだろうが、うちの駐車場は広々していて、どこに止めたって困るようなことはないはずだ。
ヒデさんが帰ってから、
「昨日のことといい、今日のことといい、やはり注意力不足としか言いようがない。免許返納の時期を真剣に考えるべき時ではないか」と意見した。
ヒデさんはしょげかえっている。しかしほんとうに、きちんと考えるべき時かもしれない。
「