64_過去の傷(4)(5) | クルミアルク研究室

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沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

「わたまわ」エピソードは基本的にすべて「沖縄糸満の軽石被害に寄付しようキャンペーン 第3弾」参加作品です。

この記事の英文は翻訳会社チェック済みです。

「わたまわ」エピソード、設定は夏場。前半(1)~(3)はR15表現を含むためameblo収録を見合わせました。 KNJ商事の事務所を牧志から栄町へ無事移転させた副社長で中国人のリャオ(本名:金城明生)=あきお君=女装美人の“あけみさん”ですが、ある日買い物の途中で過去の思い出が突然蘇り、吐き気に襲われます。幼い日、彼は見知らぬ誰かから性暴力を受けていたのでした。 リャオはそのことを配偶者のサーコと西アフリカにいるトモに打ち明けます。詳しくはリンク先に飛んでください。

お試しバージョンとして小説ながら目次を作成しました。(4)はリャオ、(5)はサーコのモノローグ。クリックすると各意味段落へジャンプします。

 

目次
4.心の氷が溶ける時
5.写真館

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4.心の氷が溶ける時

 

あれから、私はだいぶがんばってしまったように思う。

元々、私は限度を把握できない所があるようだ。閉じたドアを見つけ出すと叩き続け、少し開いたらすぐこじ開けようとする。何としてでもドアを開けて向こう側へ行かないと気が済まない。

だから、今回の件も何とか自分の力でもがこうとした。ドアの向こう側へ行こうと懸命になった。寝食を取らなくなり会社の資料作成に時間を割いた。

そしてある日、私は台所で倒れた。救急車で病院へ搬送され、気がつくと病室で横になっていた。

 

目が覚めたとき、ベッドのそばに居たのは養父だった。寝ぼけてサーコがいるものだと思って起きたら養父だったので、驚きで言葉が出てこなかった。
「おう、気づいたか」
「……いらしてたんですか」
私はやっとそれだけ言った。腕に点滴を刺されていてあまり動けない。
「さつきさんが知らせてくれてな」
そうか。じゃ、ここはさつきさんが勤務する病院だ。
「熱中症なんだってね。念のため一泊してくださいだと。いま、麻子さんは入院手続きに行ったよ」
「そうですか。すみません、ご心配かけて」
私は頭を下げた。普段あまり積極的に会話しないので、正直どう間を取ったらいいのかわからない。しばしの静寂の後、口を開いたのは養父だ。
「あきお、いつから君は、そんな他人行儀になっちゃったの?」

この質問は意外だったので、私は口ごもった。さあ、どうでしたっけ?
頭の中の記憶を整理してみる。私が沖縄へ来た頃って、養父ともう少し親子らしい会話をしていたのだろうか? 中学生といえば反抗期真っ盛りだし、第一、私はたどたどしい日本語しかしゃべれなかった。あっという間に母が亡くなり、葬儀に押し寄せる沖縄の親族たちに圧倒された。そして私はますます家では無口になった。
「母さんの葬儀を終えてから、ですかね?」
「うーむ。そうかもな」
そういうと、養父は私の手を取った。
「私は、随分と君に寂しい思いをさせてしまったのだね?」
私は養父を見た。仕事でほぼ毎月顔を合わせているのに、真正面からちゃんと養父の顔を見るのは久しぶりのような気がする。だいぶ白髪が増え、額には皺が刻み込まれていた。考えてみれば私は18歳で東京へ出たから、あれから十年はゆうに経っている。歳を取るはずだ。

養父は話題を変えた。
「こないだ、吉田産業さんところ、ご長男が亡くなってね」
え? あの取締役の? 三月に会食したばかりですよね?
「心筋梗塞だったらしい。嫁さんが朝、起こしに行ったら、冷たくなってたって。昨日、初七日法要行ってきた。社長さんを見てるの、つらくてね。早々に引き上げたよ」
「……そうですか」
テレビのワイドショーで働き盛りの人が亡くなる話題を取り上げることはあるが、まさか自分の身近で起こるとは。
「あきお、あまり無茶しないでくれよ。5年前だったか、あの時も無理してため込んで、腹膜炎で担ぎ込まれたじゃない。もし、ヒスイさんだけでなく、君まで居なくなったら」
私は何も言えなくなった。父の目に光るものを見たからだ。
「それに、会社としても困る。中国語と英語、両方あれだけしゃべれるのはあきおしかおらんし。大打撃だよ」
「はあ」
気の抜けた返事をしたが、そちらの心配は頭でも理解できた。そりゃ確かに困るだろう。これでも三人分くらいの仕事はやっているつもりだ。新規に三名雇い直して仕事を覚えさせるだけでも大変な労力を要する。父はまた口を開いた。
「あきお、君は自分の顔、ちゃんと見たことある?」
「それ、どういう意味ですか?」
「横顔、ヒスイさんに瓜二つだよ」
父はずっと、私の手を握ったままこちらを見ている。
「だから君が女の格好していると、ヒスイさんがそばにいるみたいで、いたたまれない気持ちになるんだよ」

そうだったんだ。父の気持ちを初めて聴いた。私に対して怒っていたのは、社会的な体面を保てないからだと思っていたが、違ったんだ。母を思い出すのがつらかったんだ。

「すみませんでした」
熱いものが込み上げてきて、きちんと言葉にならない。
「でも、スーツにYシャツ姿だと、吹き出物がすごくて。帰ってからいつも麻子に薬を塗ってもらってるんで」
「おや、そう? そうだったの」
父は驚いた様子だ。どうやら私たちはコミュニケーションが顕著に欠如していたらしい。
「つまりYシャツがダメなの? かりゆしは」
「試したんですがダメです。ポロシャツもダメでした。Tシャツは大丈夫ですが、仕事にならないんで」
「そうなの、それはしんどいねぇ」
まさかここまで寄り添ってもらえるとは思わなかった。もう少し早く打ち明けるべきだったかもしれない。
「漢方は試したの?」
いや、まだです。そのチョイスさえ思いつきませんでした。
「最近、じんましんに効くのあるみたいだよ。今度、取り寄せようか?」
「はい。よろしくお願いします」
相談はしてみるものですね。父は立ち上がりながら話を続ける。
「ついでだからあと3日くらい結婚休暇でも取ったら?」
「え? いや、それは休みすぎでしょう。業務滞っているのに」
「じゃ、2日くらい、休んじゃえば? 結婚式挙げないんだったら、せめて写真だけでも撮ってあげなさいよ。さつきさんの気持ちも考えてあげて。明日と明後日、さつきさん連休みたいだよ?」
確かに、この提案には頷くしかない。シングルマザーで働いて育てた娘だもの。ウェディングドレス姿くらいは見せてあげないと。

コツコツコツ。病室をノックする音がする。サーコだ。
「入院手続き終わりました-。混んでた!」
「おつかれさん。さて、私は戻りますよ」
父は帰り支度をしている。
「お父さんすみません、おかまいもできないで」
「麻子さん、あなたあきおの身体にずっと、薬塗ってくれてたんだって? 高校生の時から?」
「はい、高校の時はあきおさんに毎朝お弁当作ってもらってたんで。それくらいのお手伝いは」
「そうだったんだねぇ」
父は頷いてサーコに名刺を渡している。
「ここの写真館電話してみて。さつきさんにも、もう話してあるからね。じゃ」
なんと、すべて手を回し終わっているみたいだ。参った。今回は父に、見事に一本取られた。

 

5.写真館

 

というわけで退院翌日ですが、お昼すぐに写真館へやってきました。
リャオは珍しくノンメイク、だぼだぼのTシャツにジーンズ姿、そしてスニーカーだ。こんなユニセックスな格好だと男性か女性か判断しづらいが、婚礼写真の撮影と聞けばやはり男性としか思われないのだろう。
ママは先に着いていた。平日だったので貸し切り状態だ。スタッフは慣れた様子で写真撮影の流れを説明する。ウェディングドレス姿とカクテルドレス姿を花嫁単独ずつで写すプランとか、いろいろあるらしい。ちなみに、試着は何枚でも自由なんだって。

 


(image: Photo by Anna Docking on Unsplash)

 

「じゃ、そのおすすめプランとですね」
あたしは言葉を継いで、リャオを指し示した。
「この人の分もお願いします」
「カップルでの撮影ですね、かしこまりました」
「いや、違います。この人も、ドレス着るので。単独で」

えー、今、カラスがカーッと鳴きながら南の空へ飛んでいきませんでしたっけ?

スタッフ全員の好奇の視線が集中しているにも関わらず、リャオは終始ニコニコしている。
ああ、すっごく嬉しそうなオーラが全開ですよ! だって退院して一目散に事務所帰って、鼻歌でストーンズの“Paint it Black ”歌いながら、付け爪つけて、マニキュアとペディキュアつけていたもんね?

 

 

「ウイッグも持ってきたので、ちょっとドレッサー貸してくださいね」
そう言って彼は自前の化粧道具が入った小さなトランクを転がしながら歩いて行く。呆気にとられるママをあたしはつついた。ねえ、あたしのドレス選んで頂戴な。

で、あたしがウェディングドレスとカクテルドレスを選び撮影を終えた頃、向こう側から歓声が上がった。
ウェディングドレス姿のモデルが誇らしげに闊歩している。どこからどう見てもテレビCMから抜け出してきたとしか思えないくらい完璧さだ。ママがそれこそ腰を抜かしそうな顔をして尋ねた。
「……あれ、あけみさん、じゃなかった、あきおさんなの?」
「そうよ。彼女というか彼、バーの元ナンバースリーなの。キレイでしょ?」

リャオはこのあとカクテルドレスを5枚も選んで撮影し、しかも写真館側がwebサイトへの掲載をウェディングドレス姿を含めて6枚分全て希望したので、結局撮影費用はゼロになりました。
あたしがスマホで撮影した分は、ラインでアフリカのジングにも送ってあげました。かなりウケたようで、こう書いてありました。

“Liao, Thanks for the great photos. I should have proposed to you 3 years ago. ”
(リャオ、素晴らしい写真の数々をありがとう。思うに、3年前君にプロポーズしておくべきだったね)

そしてリャオはこう返事してましたとさ。おお、怖。

“Tomo, thank you so much for taking care of me then. Next time we meet up, teach me taekwondo so I can break your neck.”
(トモ、あの時私を気遣ってくれてありがとう。ねえ、今度テコンドー教えてよ、あんたの首根っこ折ったげるわ)

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第三部 &more 目次  ameblo

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青春小説「サザン・ホスピタル」などリンク先はこちらから。サザン・ホスピタル 本編 / サザン・ホスピタル 短編集 / ももたろう~the Peach Boy / 誕生日のプレゼント / マルディグラの朝 / 東京の人 ほか、ノベルアップ+にもいろいろあります。

 

小説「わたまわ」を書いています。

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「わたまわ」あらすじなどはこちらのリンクから:exblogへ飛びます。もうしばらくしたら非表示かなー?
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