56_スイッチを探して 前編(3)(4) | クルミアルク研究室

クルミアルク研究室

沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

「わたまわ」エピソード、サーコのモノローグです。こちらのつづきとなります。

 

 

#アセクシュアル について取り上げたので内容はPG12とおもわれます。

お試しバージョンとして小説ながら目次を作成しました。クリックすると各意味段落へジャンプします。今回長いので是非有効活用なさってください。

 

目次
3-2.重い未来
4-1.出血
4-2.アトマイザー

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3-2.重い未来

 

あたしは彼を置いたまま、ベッドルームを出て行く。
沖縄は大阪より暖かいが、ガウンは必要だ。リビングに行ってソファに座る。
窓から12月の空を見る。雲が垂れ込めている。雨でも降るのかな。

神様のみこころがわからない。

あたしがここに来たのは5年前だ。あたしはヤバい風俗のバイトをしていてストーカーに追いかけられていた。
あの時、あたしには未来なんてないと思ってた。

それをトモとリャオが助けてくれた。
ここから3人できれいな月を見て、未来はきっといいことがある、そう信じることが出来た。

神様はしばらく未来を見せてくれた。
あたしはトモと、ジングと付き合った。すばらしい青春の日々があった。
大阪で彼と5ヶ月暮らした。彼はあたしを抱きしめてくれた。
でも神様、あなたはあの時あたし達を責められたではありませんか? 「婚前交渉」という罪で。ジング本人も言っていた。

“아사코, 당신은 마치 달콤한 과일 같아요. 제가 미치지 않을 수 없죠.”
アサコ, ダンシンウン マチ ダルコムハン グァイル ガッアヨ. ジェガ ミチジ アンヌル ス オブジョ.
(麻子、あなたはまるで甘い果物のようです。私は狂わずにはいられない)

彼は軍隊に行って負傷し左耳にも心にも障害を負ってしまった。彼は時々不眠症に陥った。真夜中にシンクで暗号の恐怖を吐き出した後、ベランダで夜景を眺めていた。いまのあたしみたいに。
神様がジングを責めていたのでしょう? 「みここに従わないお前が悪いのだ」と。
だから神様、あなたはあたしたちを引き離した。違いますか?

トモは、ジングはあたしに言いました。
“랴오와 함께라면 틀림없이 아사코는 행복해질 거예요.”
リャオワ ハムケラミョン トゥルリムオブイ アサコヌン ヘンボクヘジル ゴイェヨ.
(リャオとなら間違いなくサーコは幸せになれる)

“신께서 두사람을 축복하고 있으니까요.”
シンケソ ドゥサラムウル チュクボクハゴ イッウニカヨ.
(神様は二人を祝福しているからね)

そう言って、あなたの「みこころ」に従って、アフリカへ行ってしまいました。
あたしは、あなたの「みこころ」に従って、ここに戻ってきた。違いますか?
戻ってきたあたしを見て、リャオは喜んでくれました。泣きながらプロポーズされて、あたしは幸せだと思いました。
だけど。

彼はあたしを見ても何も感じないのです。
あたしはただの美術品で、彼が心を明け渡す対象ではないのです。

でも神様、あなたは言うのでしょう。「お前が全部悪いのだ」と。
「彼を狂わせることができないのだから、お前は全く魅力のない女だ」と。
そして世間もきっと言うのですよ。「彼が感じないのはお前が女性として失格だからだ」と。

これからずっと、こうして一人で夜景をながめる日々が続くのだろうか。
あたしの人生って、何だったのだろう。
一人の男に望まれたときは婚前交渉にいざなう罪深い女と言われ、別の男と暮らす日々では女性として失格だと言われる。

全部、あたしが悪いの? あたしが「みこころ」を理解していないの?

あたしはリャオの書棚に行った。彼がプリントした不妊症関連の紙の山がある。
あたしは不妊外来へ行くのだろうか。
いろんな薬を打たれたり飲まされたりして卵子を取り出し、シャーレに保存する。
一つ一つのシャーレに転がる卵子に、精液が降りかけられる。
順調にいけば受精卵ができあがる。それを胚盤胞まで育てて、胎内へ戻す。
戻すまでの間も、戻した後も、あたしは薬漬けで管理される。モルモットのように。
子供を作るためにあたしはモルモットになるのか。
それで妊娠しなかったら、人々はあたしを「みこころ」に従わない女だとあざけるのか。
体外受精の妊娠率は決して高くない。何度トライしても子宝に恵まれない夫婦でこの世は溢れている。
どんなに必死でもがいても、未来を夢見ても、あたしは失格者のままで人生を送るのか。

書棚には聖書がある。新約聖書 ローマ人への手紙を開く。第8章28節:
神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。

ねえジング、神様は慈しみ深い存在だとあなたは何度も言ったね?
でも、あたしの望む未来は神様は与えてくれないみたいだよ?

あたしは聖書を書棚に戻す。愛なんて、もうわからない。
寝室へ戻ってリャオの寝顔を見る。本当によく寝ている。あたしの悩みなんか関係ないって顔をして。
あたしはガウンを外して彼の隣に潜り込む。全然起きないね?

そういえばあたし、あなたとよく一晩中このベッドでガールズトークしたんだ。あのときあなたは“あけみさん”だった。すごく楽しかった。
あれは、神様の「みこころ」ではないんだっけ? 女装は罪なんでしょ?
とある教会はみんなでリャオを責めて追い出した。それは神様の御目にかなうことだったらしいよ?

あたしたちが子供のことなんか考えないでガールズトークするのもダメってこと?
それならそれで、“あけみさん”と人生を楽しくやっていくことができそうなのに。

未来って、何だろう。どうすればあたしは、幸せを感じることができるのだろう。

いつしか、あたしはうつらうつらしていた。

 

4-1.出血

 

翌朝。
「サ-コ、ちょっと、起きて!」
肩を強く揺すぶられて目が覚めた。頭が割れるように痛い。
「ほら、あんた、見てごらん」
最初、目のピントが合わなかった。リャオはあたしのタオルケットをめくって指差している。え? ……え、ええ?
「うっそ、やだ!」
タオルケットが真っ赤だ。まさか!
驚いてパジャマのズボンを見る。股の部分が全部、血に染まっている。まさにスプラッター映画の一歩手前。あたしは両頬に手を当て、叫び声を上げたくなるのを必死で押さえた。今まで友達の家にお泊まりしたり、自宅で寝ていても、こんな失敗はしたことがなかった。パンティが血に薄く染まったくらいならあったけど。
「ごめんなさい! これ、あたしが洗うから」
「いいよ、いいよ」
立ち上がろうとするあたしをリャオが制した。
「今、何か着替え探すよ。 あと、タオル持ってくるから」
リャオがあたしの顔をのぞき込む。
「サーコ、すっごい顔色青いよ。大丈夫? シャワー浴びれそう?」

おずおずと立ち上がる。ふらつく。ベッドのシーツにも血がべったり付いている。誰が見ても何が起きたか明らかだ。プロポーズされて泊まった男のベッドを生理で血だらけにするなんて、笑い話もいいところだ。リャオが着替えを持ってきてくれる。
「ほら、私のTシャツでよければ使って。ブカブカだけど、ないよりマシでしょ。あと、ウェットティッシュとタオル。タオル古いからゴミ箱にそのまま捨てていいからね」
そう言いながら器用にベッドからシーツとタオルケットを巻き取った。
「シャワー行けそう? 肩貸そうか?」
リャオに支えられ、ふらふらしながら歩く。情けなくって涙が溢れてきた。歩きながら、泣きながら何度も謝った。
「ごめんね、ごめんね。19にもなってこんな大失敗するなんて」
リャオは優しくあたしの肩を叩く。
「大丈夫、生きてる証拠。子供産める女性だってことでしょ。こんな失敗大したことないって。それに、あんたがトモの子供を妊娠してないことがわかって、むしろホッとした」

リャオは慰めてくれたが、シャワールームに飛び込み、シャワーのお湯を全開にしながらあたしは大声で泣いた。ベッドを血に染めちゃったことも恥ずかしいけど、昨晩大胆にリャオの手を自分の胸に掴ませて誘ったのも恥ずかしかった。彼は誘いに乗ってこなかった。拒否された訳じゃないから、そこまで落ち込むことではないかもしれない。しかし、だ。男を誘っておいて、失敗したあげく、その男のベッドを血に染めるとは、とんだ不手際じゃないか。

 

4-2.アトマイザー

 

体中にくっついた血を流して、バスタオルで水分を拭き取り、リャオの大きなTシャツをばさっと着る。出血がつづく股ぐらに古いスポーツタオルを当てる。リャオは紐でウエストを縛るタイプのズボンを持ってきた。
「これしかないけど、食事する間だけでも着てて。おもろまちのメインプレイスが9時開店だから、いろいろ買ってきてあげる」
そしてリャオは血染めのベッドカバーをそのままゴミ袋に入れて捨ててしまうと、タオルケットを浴槽へぶち込んで漂白剤に漬けた。そして、ベッドのマットレスについた少量の血液を洗剤で叩くように落とした。
「本当にごめんね」
「大丈夫、これは取れるよ」
そう言ってクローゼットから香水を持ってきて、シュッと振りかける。ジョルジオ・アルマーニ コード プールオム
「こうすると大抵の臭いは取れるの」
「へえ。でも、その香水、高いよね? ちょっと勿体ない」
リャオはあたしの方を向いた。
「そう思うなら、クリスマスプレゼント代わりにサーコが買った香水持ってきて。あんた普段使いはしないんでしょ?」

え? どうしてリャオはあたしが香水持っていること知ってるの?
目をしばたくあたしを見てリャオが言った。
「トモが言ってたよ。あんた香水買ったって。あれ、あんまり売られてないのによく見つけたね?」

ああ、ジングにバレてたんだ。そうか。それで、彼はあたしを沖縄へ帰したんだ。

リャオはあたしに小箱を持ってきた。
「開けてみて。ちょっと早いけどクリスマスプレゼント」
言われるままに開けた。アトマイザーだ。
「あんたにはそれくらいで十分だと思うよ。自分の分を小分けにしたら、大瓶は私に頂戴よ」
あたしは頷いた。
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朝ご飯は思ったより豪勢で、ただただ圧倒された。ごはん、ほうれん草の味噌汁、だし巻き玉子、納豆、トマトサラダ、佃煮と海苔が少々、りんごまである。
「すごいね、これ」
「全部食べちゃって。栄養取った方がいいし」
リャオも隣に座った。一緒に食前の祈りを唱え、いただきます、と手を合わせてすぐに食べ始めた。だし巻き玉子をひとつ口に入れて飲み込むと、あたしの方を向いて喋った。
「昨日、サーコに合う前にほとんど下ごしらえしてたの。あんたに振られたらご飯作る気力ないだろうから、年休取って、今朝は一人でやけ食いするつもりでさ」
あたしは吹き出した。
「リャオ、振られると思ってたの? どうして?」
リャオがふふっと静かに笑う。
「私、サーコより12も年上でしょ? 普通の男じゃないし、世間じゃまだ化け物扱いされる存在だよ」
口にお椀を寄せてゆっくり味噌汁を飲んで、呟いた。
「良かった。サーコが食べてくれて」
リャオは食べ終わると、口をすすいで、すぐにアマリリス柄のワンピースを着てメイクを始めた。
「買い物して、たぶん1時間もしないうちに戻ってこれるよ。サーコはゆっくり食べなよ。食器はシンクに漬けといていいからね。あんた顔色悪いんだから」
リャオが車のキー持って出ようとするから、びっくりして止めた。
「ちょっと待った! リャオは昨日、飲み過ぎだよね? 運転したら捕まるよ?」
「そうだった」
よかった。タクシーで行くそうです。あたしのための買い物なのに、申し訳ない。


つづきはこちらになります。

 

第三部 &more 目次  ameblo

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青春小説「サザン・ホスピタル」などリンク先はこちらから。サザン・ホスピタル 本編 / サザン・ホスピタル 短編集 / ももたろう~the Peach Boy / 誕生日のプレゼント / マルディグラの朝 / 東京の人 ほか、ノベルアップ+にもいろいろあります。

 

小説「わたまわ」を書いています。

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「わたまわ」あらすじなどはこちらのリンクから:exblogへ飛びます。もうしばらくしたら非表示かなー?
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