2022.05.28. プロの翻訳会社による英文修正を行いました。
沖縄・那覇を舞台に展開するラブコメディー「わたまわ」をこちらに転載しています。設定は3月31日夕刻、「カウントダウン」の次エピソード。
韓国軍入営を決めたトモは宜野湾のアパートを引き払ってリャオの住む牧志の事務所に泊まっています。出発前にトモがリャオを飲みに誘うシーンです。ひょっとするとPG12かもしれませんがこのまま普通に掲載します。お試しバージョンとして小説ながら目次を作成しました。クリックすると各意味段落へジャンプします。それにしても今回の小見出しはひどいなぁ(苦笑)。
目次 1-1.ジング氏とリャオ、桜坂で飲む 1-2.リャオ、ジング氏に秘密を打ち明ける 1-3.ジング氏、リャオに教会を勧める 1-4.ジング氏、リャオの首を絞める |
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1-1.ジング氏とリャオ、桜坂で飲む
トモは私の所で一週間過ごした。帰国前日、彼は私に言った。
「しばらく会えませんから、二人で飲みに行きませんか?」
いいよ、と答えて、ふと考えた。彼はきっと私に何かを伝えたいのだ。話を振ってみる。
「トモ、どっちと飲みたい? "あきお"か、"あけみ"か」
トモは即答した。
「あきおさんで」
私は長袖のTシャツを二枚重ねにし、上からフードつきのパーカーを羽織る。下は分厚いチノパン、運動靴。トモも似たような服装だったから、端から見たら兄弟に見えたかもしれない。
事務所から国際通りを横切り桜坂へ抜ける。掘りごたつのある居酒屋へ入って泡盛と、適当に二、三品を注文する。 泡盛を水で割るか聞いたら、トモはロックにするといってグラスに氷を入れた。
こいつ、今夜は飲み倒す気かもしれない。私もロックで飲むことに決めた。
ゴーヤーチャンプルーと魚てんぷらが来た。トモが祈っている。私も反射的に手を組んで唱える。
"Bless, O Father, Thy gifts to our use and us to Thy service; for Christ's sake. Amen."
十字を切って目を開けるとトモがこっちを見ていた。クスクス笑っている。
「悪いことじゃないから別にいいでしょ?」
私はぶっきらぼうに答えて箸を持ち、取り皿に自分の分を分ける。今日は神様の話はごめんだ、それ以上突っ込まないでね。
「サーコに聞いたんですが、リャオが香水使ってるって」
「うん、使ってるよ。さっき出る前に足洗って、ここに付け直した」
靴を脱いで足首を指し示す。
「興味があるなら嗅いでもいいけど、端から見たらゲイカップルに間違えられないか?」
トモはまたクスクス笑った。
「じゃあ、ちょっといいですか?」
トモが私の足首を嗅いでいる。
これマジで周囲から勘違いされるわ。ゲイのみなさんをおとしめる気はないです、でも私はゲイではありません。トモ、さっさと嗅ぎ終わってくれ。
「悪くないですね」
「アルマーニだけど通販じゃないと入手が難しいやつなの。周囲と被らないように」
「あけみさんは香水使わないんですよね?」
「よく勘違いされますが接客業は基本香水はNGですよ。その延長であけみの時は使ってません」
「自分、軍隊行くからしばらく香水は縁遠いです」
「そうか。よくそんな男臭い群れに行けるな? 私には無理だよ」
「しょうがないです。韓国人の宿命ですから」
1-2.リャオ、ジング氏に秘密を打ち明ける
せっかくなのでトモに根掘り葉掘り聞いてみる。
「どのくらい向こうに行くの?」
「たいてい一年半あるいはそれ以上。自分は任期を短くしたいので陸軍志望しました」
「トモは通訳兵だよね? 後方支援になるんでしょ?」
「その予定ですが、最悪戦争になるとそうも言ってられないでしょうね」
「ご両親とか何かおっしゃってた?」
「気をつけていってこい、としか言われてないです」
「サーコは何か言ってた?」
トモは急に黙り込んだ。泡盛をあおった。氷がカランと音を立てる。
「リャオ、しばらく休戦していいですか?」
「……いいよ」
心の中でつぶやく。こっちはもともと君と戦う気はないんだけどな。
「サーコに外の男を近づけないようにお願いします」
「うーん、まあ、気をつけてみる。でも、彼女と何も、将来とか、約束してないんでしょ?」
トモはグラスに泡盛を満たし、舐めるように飲んでいる。そして、吐くようにつぶやいた。
「約束はできない。生きて帰れるかどうかもわからない。生きて帰ってきても、精神が破綻したケースも聞きますよ」
私は息を飲んだ。そうだ。それが現実なのだ。
彼は前を向いたまま、ゆっくり言葉を紡いでいる。
「何も言えない。二年間なんて長い間、縛る約束なんかできない。ただ、やりすごすだけ」
私は自分の泡盛をあおった。
「生きて帰ってきてよ。それからでしょ?」
トモは頷く。
「ただ、一つ気がかりなこというか、その……」
「何?」
トモはためらっていたが、やがて口を開いた。
「よく昔からあるでしょ。戦場へ行く前に、男は、ほら、女性と」
ピンとくるものがあったのでそのまま答える。
「ああ、女性と経験しとけっていいくるめて、そういう場所行くとか」
「そう、それ」
トモはグラスの泡盛を全部、飲み干した。ほぼストレートで2杯飲むとさすがに顔が真っ赤だ。
「私は宣教師なので、基本、結婚するまでセックスはなしです」
「そうらしいね?」
「それは、神様が決めることなので、まあ、あきらめというか、このまま女性経験なしで戦場行って死んじゃうなら仕方ないよなって」
「おいおい!」
「まあまあ、万一の時の話です。問題は、その」
彼は3杯目の泡盛をドバッと自分のグラスに注いで、ちびちびやって、言った。
「サーコのことが気になって」
……ははーん。なるほど。
「彼女まだ17歳ですが、自分がいない間に、そうなっちゃうのか考えたら、気が狂いそうで」
わかった。よし。トモには話しておこう。
「トモ、ちょっと耳貸して」
「耳?」
私は右手の人差し指を突き出し、彼の注意を引いた。
“ Listen carefully. I will only tell you once. ”
(よく聴いて。一回しか言わないから)
彼の左耳に口を近づける。
……ごにょごにょ。
「えー!」
私は彼に笑いかける。
「やっぱり驚いた? 普通驚くよね?」
“Liao, is this true?”
(リャオ、それホント?)
“It's true. Trust me!”
(本当だよ、信じて!)
“ Nothing ?”
(全然、ない?)
“ Nothing !”
(全然!)
「えー!」
“ So, you won't have to worry about her and me. ”
(だから、彼女と私のことは何も心配しなくていいから)
トモは頷くと、こっちに右手を差し出した。
「話してくれてありがとう!」
「どういたしまして」
私達はがっちり握手して、互いのグラスをかざし、飲んだ。
えー、何を話したかって? 今は内緒。そのうち、わかりますよ。
1-3.ジング氏、リャオに教会を勧める
「今までリャオのこと、疑って悪かった」
「そりゃ当然といえば当然でしょ」
我々は酒を飲み続ける。
「話し聞いて少し安心はしたけど、できれば」
トモはこっちを向いて言った。
「サーコに触れること自体、やめてほしい」
「……わかった」
努力します。トモの苦しみを考えれば、そのくらいの配慮は。
「それから」
トモはグラスの泡盛を飲み干して、こっち向いて言った。
「教会、行ってください」
だから、神様の話は今晩はやめろと言っているのに!
私はそっぽを向いた。壁に向かって飲んでいるとトモがつついてくる。
「リャオ、話を聞いて」
「やだ」
“Liao, I might die there. Please listen.”
(リャオ、私あの地で死ぬかもしれないから。聴いてよ。お願い)
そう言われれば仕方ない。トモに向き直る。
「で、何? あんまり神様の話は聞きたくないんだけど」
言葉にトゲがあるのが自分でもわかる。
「リャオが教会に不信感持っているのはわかります。それについては、何度でもあやまります」
トモは真剣な面持ちで私に語りかける。
「でも、神様の愛を疑うのはやめて欲しいんです」
私は自分のグラスを空にする。氷を入れ直す。
「トモ、もう少し飲む?」
「自分でやります」
彼は私からトングを取ると自分でグラスに氷を入れ泡盛を注いだ。私も彼からボトルを受け取り、自分の分の泡盛を注ぐ。
「私はこの一杯で止めとく。でないと明日、車でトモを空港まで送れなくなる」
「わかりました。自分は遠慮なく飲みます」
「どうぞ」
トモは再びグラスの泡盛を舐める。私は別のグラスを2つ取り出して水を注ぐ。これは常温がベスト。接客していると、こういう知識はつくのよね。
“Drink this as a chaser.”
(これも飲みなよ、チェーサーだから)
“Thanks.”
(ありがとう)
1-4.ジング氏、リャオの首を絞める
トモは口元へ水を運ぶ。そして話を継ぐ。
「リャオは神様が嫌いなわけでは無いんですよね? でなきゃ祈らない」
とりあえず頷く。トモが聖書を開きながら尋ねる。
「新約聖書のヤイロの娘の話、知ってますか?」
たぶん知ってる。病弱な女の子が死にかけてて、父親がイエスキリストに頼み込んで娘のところへ連れて行くんだよね。そしたら、連れて行く途中で群衆のなかから、これまた出血が十年以上止まらない女が出てきてイエスに触れ、血が止まった。
「そうそう。そしたらイエスは立ち止まりました。この部分です」
新約聖書「ルカによる福音書」第8章45-48節:
イエスは言われた、「わたしにさわったのは、だれか」。人々はみな自分ではないと言ったので、ペテロが「先生、群衆があなたを取り囲んで、ひしめき合っているのです」と答えた。しかしイエスは言われた、「だれかがわたしにさわった。力がわたしから出て行ったのを感じたのだ」。女は隠しきれないのを知って、震えながら進み出て、みまえにひれ伏し、イエスにさわった訳と、さわるとたちまちなおったこととを、みんなの前で話した。そこでイエスが女に言われた、「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい」。
「この話さあ、このあと、肝心なヤイロの娘は死んじゃうんでしょ?」
私の問いかけにトモは微笑んだ。
「ええ、でも、生き返りますよ」
第8章54-55節:
イエスは娘の手を取って、呼びかけて言われた、「娘よ、起きなさい」。するとその霊がもどってきて、娘は即座に立ち上がった。
「あれ、そうだったっけ?」
人の記憶は当てにならないものだ。トモが言った。
「つまり、このケースでは、みんな救われているんです。ヤイロはイエスが立ち止まったとき、きっと腹が立ったと思います。一刻も早くイエスに来てもらって娘を癒して欲しいのに、どうして立ち止まるんだろうって。でもイエスは立ち止まった」
トモ、なにもイエスが立ち止まらなくても、女は既に血が止まって治ってるじゃん。治っているのに足止めしてやり取りしてたら、時間の無駄にならない?
「治っても、そのままの状態で終わらせてはダメだったんです。この時代、慢性の病気は祭司の元へ行って治っていることを証明させない限り、公然と治ったことにはならないんですよ」
むむむ。つまり、完治証明書みたいなのがいるのか?
「そう。だから、イエスはこの女をちゃんと公衆の前に呼び出して、治ったことを宣言する必要がありました」
なるほどねぇ。その上で、後で死んだ女の子もちゃんと生き返らせて、治療が完了したと宣言する必要があったわけだ。
「これは都合のよい話に思えるかもしれません、不条理な話は聖書にもあります。でも、重要なことは、神様は往々にして、そういったことをなさるってことです。だから、リャオが神様に持つ不信感とか不満とかにもきっと、答えてくれるはずです」
「だといいね」
私は放り投げるような相づちを打った。するとトモは私の右手を強くつかんだ。
「絶対に、答えてくださいます!」
睨んでる。こっちがびびってしまうくらいの強い目力を感じる。私は言葉を無くした。
「向こうに行っても、毎日、私は祈ります。リャオが神様の方を向いてくれるように。でないと」
彼は息を思い切り吐き出すと、ゆっくり吸い込んで、つぶやいた。
「私たちは天国で再会できなくなってしまうから」
トモの言葉が、がらんどうの心に鳴り響いている。
涙がこみ上げてきた。思わずつぶやく。
「トモ、それ、あけみで聞きたかった」
するとトモは手を引っ込めて叫んだ。
“ Stop it!”
(やめてくれ!)
“Why? It's a great way to propose.”
(どうして? プロポーズの言葉としてはとても上出来だわ)
“Liao!”
(リャオ!)
「あー、怒った! トモが怒った!」
「いい加減にしてください!」
「よーし、サーコに言ってやろう。私、トモにプロポーズされちゃった!」
「リャオ!」
あがが、こ、こら、本気で首絞めるな! 君は宣教師だろう!
この後、ぐでんぐでんに酔ったトモに肩を貸し、私は彼を事務所へ連れ帰った。 NEXT:揺れる乙女心(1)(2)
第一部目次 ameblo
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青春小説「サザン・ホスピタル」などリンク先はこちらから。サザン・ホスピタル 本編 / サザン・ホスピタル 短編集 / ももたろう~the Peach Boy / 誕生日のプレゼント / マルディグラの朝 / 東京の人 ほか、ノベルアップ+にもいろいろあります。
小説「わたまわ」を書いています。
ameblo版選抜バージョン 第一部目次 / 第二部目次 / 第三部目次&more / 2021夏休み狂想曲
「わたまわ」あらすじなどはこちらのリンクから:exblogへ飛びます。もうしばらくしたら非表示かなー?
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