intermission その3~ジング氏、説教する | クルミアルク研究室

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沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

このエピソードは4月4日の、マーティン・ルーサー・キング牧師の命日にちなんで作成したものです。場所は西アフリカのコートジボアールにある宣教師団のキャンプ地。「わたまわ」 62_KNJ商事恒例水餃子パーティー と 63_さらば魔法の城 の間に位置するエピソードです。

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(“Inscription on the steps of the Lincoln Memorial in Washington, DC,
commemorating the location from which Martin Luther King, Jr. gave his “I Have a Dream” speech during the March on Washington on 1963-08-28.

by ProhibitOnions ; Public Domain) 


みなさん、おはようございます。今日は4月4日、マーティン・ルーサー・キング牧師の命日ですね。キング牧師についてはあまり説明の必要はないでしょう。宗教改革をはじめたマルティン・ルターから父親が命名したのだそうです。アフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者として活動し、1964年にノーベル平和賞を受賞しました。しかし5年後の1969年4月4日に暗殺されました。

しばらく私個人の話をします。
高校生の頃から、私は宣教師になりたいと強く願っていました。世界中の人々に神様の愛を伝えたいと思っていました。そのためにまず韓国の大学で心理学を学ぼうと考えて進学しました。大学卒業後、日本へ留学し、沖縄の大学で日本の心理士の資格取得を目指しながら、通信教育で宣教師の勉強をスタートさせました。
しかし、韓国人男性には兵役の義務があります。そこで私は一旦帰国することになりました。

ここに一枚の写真があります。私の送別会の写真です。三名並んでその真ん中に私がいます。右側に小柄な女性が1人、それから左側に大柄の人物が1人います。大柄の人は女性の服を着ていますが、男性です。彼は、“あけみさん”は、クロスドレッサーです。6年前に出会ったときはあまりに美人でしたので私も女性だと思い込んでいたのですが、一緒に飲みに行った帰りに、彼は私の部屋に泊まって服を脱いで寝てしまいました。その時、私は初めて彼が男性であることを知りました。
それまで私自身、LBGT、いわゆる性的マイノリティーの人々に対してあまり良い感情は持っていませんでした。当時、大部分の教会では、神の教えに背く者達であるというレッテルを貼っていましたから、私もそのように感じていました。しかし、あけみさんは酔っ払いながら私に、キリスト教会の態度がいかに見識の狭いものであるかを蕩々と説きました。

 あん? お前らキリストの愛とか神の正義とか抜かしやがって、あたいらのこと舐めんじゃないわよ!
 だいだいなあ、神様が完璧なお方だったら、なんであたいらみたいなのを造っといて放っぽらかしておくのさ?
 神の愛は平等、ですって? てめえらのスカタン脳みそじゃ、男は男、女は女、みーんな同じ様な人間にしか映んねーんだろ?
 ホント節穴もいいとこだよ、全く。おい、いいか、よく聴け!
 世の中にはなあ、男になりたくてもなれない奴がごまんといるの!
 一方的にキリストの正義ってやつをバンッと立てて、うまく生きていけない奴を裁いといて、罪な存在ってあざ笑ってるのはどこのどいつだ?
 神様は、完璧になれない、罪な存在であるあたいらの為に泣いてくれるんじゃなかったのか?
 学校で聖書配る前に、あたいにはっきりわかるように説明しやがれこの野郎!

とまあ、こんな具合に。酔っ払いの言葉ですが、私は彼に反論できませんでした。イエスキリストが彼のために泣かない、などという考えは、どこかおかしいのではないか。そう思ったのです。
酔っ払って一晩私の側で裸で寝た“あけみさん”ですが、翌朝起きて泣き出しました。
「キム君、ごめんなさい。この件は黙ってて」
私は彼をとても気の毒に思いました。あけみさんの秘密は守りたい、守らなくちゃと思いました。だからまず、あけみさんに、どうしたいのか、自分自身はどうありたいのか聴きました。彼は、自分が本当は中国人であること、母親が再婚して日本に帰化したこと、東京で就職したが職場で人種差別を受けたことなどを私に話すようになりました。
そして、随分たったある日のことです。彼は私をデートに誘いました。食事しながら彼が東京時代、教会へ通っていたことを聞かされました。最初の頃はゴスペルを歌って満たされた気分を味わっていたそうですが、その教会は、あけみさんが男性と知って態度を豹変させました。

たとえば旧約聖書「申命記」第22章 05節。

“女は男の着物を着てはならない。また男は女の着物を着てはならない。あなたの神、主はそのような事をする者を忌みきらわれるからである。”


さらに新約聖書「コリントの信徒への手紙1」第6章9-10節。

“それとも、正しくない者が神の国をつぐことはないのを、知らないのか。まちがってはいけない。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者は、いずれも神の国をつぐことはないのである。 ”

 


聖書のみことばをふりまわして裁く人々に、あけみさんは傷つきました。それ以来、あけみさんは教会に近づきたくないと思うようになりました。私は彼に、彼女に心から謝りました、何度も何度も謝って、神様があけみさんをかけがえのない存在だとお考えであることを説明し、教会へ行くよう説得しました。しかし彼は首を振って言いました。
「教会には私の席がないの」

さて、皆さん。マーティン・ルーサー・キング牧師の話をしましょう。1950年代、アメリカではアフリカ系アメリカ人の人権はあってないようなもので、バスに乗っても専用座席に座るしかない、白人が多く乗った場合は座ることすら許されない、ひどい状況でした。
1955年、モンゴメリー・バス・ボイコット事件が起こります。市営バスに乗車したローザ・パークスは、黒人優先席に座っていました。運転手が、後から乗車した白人のために席を空けるように指示したが、パークスはこれに従わなかった。すると運転手は警察に通報し、パークスは、座席指定に従わなかったという理由で逮捕されたのです。
ローザの逮捕を知った社会運動家のエドガー・ニクソンは、モンゴメリーの教会に移ったばかりの若き牧師マーティン・ルーサー・キング・ジュニアらに、バス乗車ボイコット運動の組織化を持ちかけました。キング牧師はすぐさま住民らに路線バスへの乗車ボイコットを呼びかけました。多くの市民らがこれに応じてバスに乗らなくなり、市のバス事業は大打撃を被りました。
翌年11月13日、アメリカ連邦最高裁判所は、地方裁判所の判決を支持する形で、モンゴメリーの人種隔離政策に対して違憲判決を下し、この抗議運動は成功を収めました。この成功によって公民権運動はアメリカ全土に広がり、主導者であるキング牧師の名も歴史に刻まれることとなります。そして1963年8月28日、キング牧師は有名な演説 “I have a dream.” で全世界を感動させたのでした。

私の話に戻ります。
2022年4月から2023年12月まで私は韓国軍で兵役についていました。除隊まであと2週間というあの日、突然私の部隊で暴動が起こりました。軍内部で起こった事件ですので私の口から詳しく説明することはできませんが、数名の死傷者を伴う惨事でした。近くにいた私のすぐ近くにも手榴弾が飛んできました。咄嗟に地面に掘られていた穴へ飛び込んだものの、右腕を下にしていたので弾みで右腕を骨折し、爆発音で私の左耳の聴覚に異常をきたしました。
私はすぐ軍病院へ搬送され、左耳難聴並びにPTSDと診断されました。入院してすぐ未消化の年休分を繰り上げそのまま除隊が決まり、通常韓国人男性が40歳まで課せられる予備軍への配備も免除されました。聴覚障害者になってしまったという悲しさに加え、PTSDを発症したことで心理カウンセラーとしての将来も全て失いました。

ですが、軍隊にいた頃から私を支えてくれた沖縄の友人たちからは温かい言葉を沢山もらいました。ことに結婚を約束していた彼女は以前にも増して私に寄り添ってくれました。彼女の為にも日本で就職して家庭を築きたい、そう考えた私は退院してすぐ大阪のIT企業への就職を決めました。
昨年のちょうど今頃、私は大阪城に咲き誇る桜の花を見上げていました。日本の桜の美しさは格別です。咲き乱れる桜を見上げながら、耳に障害を負ったがもう兵役の義務はないのだから一生懸命働こうと決意しました。小型マイクの商品開発に携わり、プログラミングを制御しながら最適な音質を見極める作業に没頭しました。音質は数値で表わされますから聴覚とはそれほど関係がなく、わりかし楽な仕事でした。夏には沖縄から彼女もやってきて、一緒に住みました。嘘のようにPTSDはなりを潜め、私たちは楽しい日々を送りました。

 

ですが、秋になるとPTSDが再び荒れ狂いました。私は軍隊で抑圧された日々を悪夢に見るようになり、不眠症に陥りました。その上、韓国の両親も、沖縄の彼女の母親も私たちの結婚に大反対でした。私は説得を試みましたが彼らの心は頑なで覆ることはありませんでした。

 

不眠症と結婚問題とに揺すぶられ、私は落ち込む日々を送りました。彼女は必死で私を支えようと試み、疲れ果て、やがて私に内緒で沖縄にいる“あけみさん”と連絡を取り合うようになりました。この二人はもともと姉妹のように親しかったのです。ですが、何度となく電話で話し込むうちに、いつしか二人はお互いをかけがえのない存在と考えるようになりました。

ある日私は、彼女がハンカチに“あけみさん”が愛用する香水をつけて持ち歩いていることに気づきました。私は悟りました。この二人を離しておくのは良くない、一緒にさせてあげよう、と。
ちょうどその頃、西アフリカで活動する宣教師団への募集広告を目にしました。そして私は高校生の頃から抱いていた夢を思い起こしたのです。

“I have a dream.”
キング牧師は語りました。「私には夢がある。黒人の男の子や女の子が、白人の男の子や女の子と、兄弟姉妹として手をつなぐ日がいつか来る、という夢が」
私にも、夢があります。ここ西アフリカに住む人々と、世界中のクリスチャンが、きょうだいとして手をつなぐ日がいつか来る、という夢が。そして、性的マイノリティーとしてさげすまれてきた人々が、世界中のキリスト教会に迎え入れられ、一緒に神を賛美する日がいつか来る、という夢が。
そう、私には、夢があります。教会が “あけみさん” にちゃんと彼の席を用意して、彼にクリスチャンになるチャンスを与えるという夢が。

もう一度、この写真をお見せします。右側の小柄な女性と、私は大阪で半年暮らしました。私は彼女を幸せにしてあげることができませんでしたが、左側にいる “あけみさん” が代わりに彼女を支えてくれました。あけみさんは男性として生きることには今ひとつ自信が持てなかったようですが、現在この二人は結婚して、9月には赤ちゃんが産まれる予定です。二人は私が宣教師課程のディプロマを取得したら、赤ちゃんの祝福式をして欲しいと私に依頼してきました。
私には、夢があります。ディプロマを取得して正式な宣教師になること。そして、西アフリカで二年間の宣教活動を無事に終えた後、沖縄へ戻り、あけみさん夫婦の赤ちゃんの祝福式を執り行うこと。のみならず、あけみさんにも、彼女にも、神様を信じてもらうことです。

キング牧師は演説の中で聖書の言葉を用いました。旧約聖書のイザヤ書第40章4-5節です。

もろもろの谷は高くせられ、もろもろの山と丘とは低くせられ、高底のある地は平らになり、険しい所は平地となる。こうして主の栄光があらわれ、人は皆ともにこれを見る。


私たちは主なる神の前に罪人です。神のように裁いてはいけません。クリスチャンにできること、それは、互いに赦しあい、重荷を負い合うことです。世界のどの地に住んでいても、どんな肌の色の持ち主であっても、性的マジョリティーでも、性的マイノリティーでも、人が神様に愛される存在であることに変わりはないはずです。もっともらしい理由をつけて、神様と語り合う機会を奪うことがあってはならないと私は考えます。
神様は私たちの心を平らにし、耕して下さいます。愛の種を蒔きましょう。重荷を負い合いましょう。互いにへりくだり、思い合って、愛を実らせましょう。主の栄光があらわれる、その日はまもなくやってきます。自由の鐘がなりひびき、罪から自由になるその日を、歓喜をもって迎えようではありませんか。
最後に祈りをもってこの説教を終わります。どうか主なる神様の恵みと慈しみが、みなさんと共に限りなくありますように。
(ジング氏、説教する FIN)

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