Merry Christmas from South Korea | クルミアルク研究室

クルミアルク研究室

沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

沖縄・那覇を舞台に展開するラブコメディー「わたまわ」。時間軸は30_契約31_魔法の鬼餅の間になります。プロの翻訳会社による英文修筆済み、再度UPします。

 

目次
1-1.クリスマスカード
1-2.送別会からの帰り道
2.あけみさん、ジング氏に救助される
3-1.あけみさんとジング氏、ライン友達になる
3-2.ジング氏、呼び名を提案する
4-1.リャオとジング氏、合鍵の仲になる
4-2.リャオ、ジング氏へハートマークを贈る

 

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1-1.クリスマスカード

 

今年もトモからクリスマスカードが届いた。いつも牧志の事務所には2通来る。なぜって、サーコの家に届けるとさつきさんの目があるから。

 

コーヒーメーカーに粉をセットしてスイッチをオン。席につきカードをしげしげと眺める。 ふうむ。今回のはちょっと色合いがどことなく韓国チックなカードですね。軍のクリスマス休暇で外出して買ったんだろうか。ひいらぎでできたリースのかたわらにプレゼントが置かれた図柄に聖句が添えられている。

今回は旧約聖書の詩篇第121篇1-2節。日本語でご紹介します。

 

わたしは山にむかって目をあげる。わが助けは、どこから来るであろうか。わが助けは、天と地を造られた主から来る。

 

私はノンクリスチャンなのでそんなに詳しくないですが、ユダヤ人のエルサレム巡礼の歌だそうです。ウィキペディアで検索するとパソコンデスクトップ用の写真がこんなふうに出てきます。クリエイティブコモンズですから誰でも使えますよ。

 

(image: Psalm 121.jpg Photograph by Tobias Bender, Text added by Mason Barge,
This file is licensed under the Creative CommonsAttribution-Share Alike 3.0 Unported license.)

 

そうそう、私こと金城明生宛ては英語の聖句だけどサーコにはハングルで来てる。たぶん内容は一緒。サーコは今日から冬休みだ。高校生活最後だからお友達と毎晩ホームパーティー三昧なんだって。

 

戸棚からマグカップを取り出しながら思い出にふけってみる。そういえばトモと頻繁にやりとりし始めたのは、えーっと、4年前か。

 

1-2.送別会からの帰り道

 

日本語学校の事務職だった時、私は学生だったトモと初夏に一回飲んでる。その時、男だってバレたけど、トモは周囲には黙ってくれた。

ここ牧志の事務所を会社のテレワーク拠点に立ち上げる計画があって、私、8月いっぱいきっちり事務をこなして退職したのよ。日本語学校を退職することは学生達には内緒だったから、トモによると秋講習が始まった時、ちょっとした騒ぎになってたんだって。

そのあと10月後半だったかな。日本語教師の宜野座あけみさんがご結婚で退職されると連絡が入った。同じ「あけみ」だからロッカールームでよくおしゃべりしたっけ。送別会やるってことで事務から連絡が来て、私は黒のワンピースにライトブルーのスカーフ、同色のパンプスを引っ掛けて一銀通りにある居酒屋へ駆けつけた。

私は学生にも同僚のみなさんにも男性であることは隠してた、一度飲みに行って私の裸を見てしまったキム君を除いて。だから長居はすまいと心に決めていた。ビール1杯だけおつきあいして、幹事さんに会費と、餞別がわりにロクシタンのハンドクリームを託してさっさと引き上げた、んだけど。

 

 

居酒屋から徒歩でパラダイス通りをとおって牧志へ帰ろうとしたら、日本語学校の学生につかまった。

「あけみさーん」

ぎくっ。ほろ酔いだった私はとっさに持っていたハンドバッグを抱きかかえた。

「どうして学校やめたんですか? ずっとあなたを探していました」

フランス人学生・セルジュ。金髪で気取った奴。何度となく学校で花束を渡されたものだ。

「あ、あら、セルジュ君。久しぶり。日本語少しは上手になったみたいね?」

「あけみさん、わたしは、ずっと、ずっと、さがしていたんです。とても、とてもさみしいです!」

大声で叫んでる。だいぶアルコールが入っているらしい。ヤバい。

 

2.あけみさん、ジング氏に救助される

 

私は逃げ口上を探す。

「あの、セルジュ君、悪いけど用事があって急いでるの。お勉強頑張ってね」

じゃあ、と言って走ろうとしたら、セルジュはハンドバッグの紐をつかんで私をたぐり寄せ、素早く背後から抱きついた。ぎゃー! 背中がゾワッとして吹き出物が一気に表へ出て来るようだ。 パニックを起こしている私の耳元でセルジュはささやく。

「あけみさん、あなたは、美しい。一人でいるのは、よくないです。悪い男に連行されます」

 

私は目が点になった。あんた、どこでその日本語覚えた? 「連れて行かれる」と「連行される」は、ちょっと意味合いが違うよ?

 

「あけみさん、わたしは、ずっと、あなたのそばにいたいです」

えーっと、ああ、どうしよう。セルジュの顔が移動して正面にきた。待てよこいつキスするつもりかよ! 私、自分の素性をバラさなくちゃダメかしら? 

でも、もう悩んでいるヒマはない。私は両手を胸の前に持ってきて拒絶のポーズを取った。

「あの、セルジュ君、じ、実は、私ね、えっと」

言いかけたときだ。

 

私は視界の端っこに青いバイクを捉えた。こっちに来る。

「セルジュ!」

路肩に駐めたバイクから降りた男性が駆け寄り、二人の間に入った。ヘルメットを取った。キム君だ。

「セルジュ、ダメだ。あけみさんに近づくな」

「トモ、邪魔するな!」

私はこの時初めて、キム君がトモと呼ばれていることを知った。

「あけみさんは事情がある、行こう」

トモはそうやってセルジュを引き止めた。しかしセルジュは私の髪を引っ張った。スポッとウィッグが外れた。 想定外の事態が飲み込めず一瞬狼狽したセルジュのみぞおちに、トモはいきなりひじ鉄を食らわせた。セルジュはウッとうめいてその場で気を失い、膝を崩して倒れた。

「大丈夫ですか?」

トモが私の顔を覗き込む。私は身体を反らせる。

「キム君ごめん、ちょっと離れてもらえる? 私、人が近づくのダメで東京では電車にも乗れなかったの」

「そうなんですか?」

トモは私から少し離れた。セルジュは起きてこない。私はウィッグをかぶり直した。

「彼、どうしよう?」

「放っておきましょう。あけみさん、帰るなら送りますよ」

「いいの、ここからすぐよ。それよりキム君、時間ある? 助けてくれたお礼にコーヒーでも」

 

3-1.あけみさんとジング氏、ライン友達になる

 

私は事務所の裏にトモのバイクを駐車させ、当時ビルの1階にあった喫茶店へ誘った。

「あけみさん、ラインやってますか?」

私はうなずいたが、当時はスーパーやドラッグストアしか登録してなかった。トモは私のスマートフォンに自分のスマートフォンを近づけた。

「フリフリしてください」

「……こう?」

すると、お互いの画面に相手の名前が出た。

「Kim Jin Goo? トモって名前じゃないの?」

トモは首を振った。

 

“It’s my Christian name. Tomo is from Thomas the Apostle.”

(洗礼名です。トモはイエスの弟子・使徒トマスのこと)

 

ああ、洗礼名か。トモはさらに日本語で付け加えた。

「トモって友達の友と発音が一緒だから、クラスみんなそう呼んでます」

なるほど。初級日本語頻出語だもんね。 一方、トモは自分のラインに現れた私の名前を見て驚きの声を上げた。

 

“Liao Ming Sheng? This name sounds Chinese, not Japanese.”

(リャオミンシェン? 日本人じゃなくって中国人みたいだ)

 

“Yeah, I'm Chinese.”

(ええ、私、中国人よ)

 

“What was that?”

(何ですって?)

 

トモは目を白黒させる。

「だって、金城あけみさん、でしょう?」

「ああ、私、帰化したから」

「きか?」

ちょっと難しい日本語だよね。英語で説明しなおします。

 

“I nationalized and became a Japanese citizen after my mother got re-marreid. Kinjo is my stepfather's name.”

(私は母の再婚で日本人になったの。金城は養父の名前)

 

「そうなんですか」

トモはコーヒーを飲み干した。店員が二杯目をサーブする。

「じゃあ、あけみさんの元の名前が、Liao Ming Shengなんですね」

「そうそう。リャオがsurname でミンシェンがfirst name.」

そう言って私もコーヒーのおかわりをもらった。

 

3-2.ジング氏、呼び名を提案する

 

「あけみさん」

トモが話しかける。

「“あけみさん”じゃない、別の名前で呼ばれるとしたら、何と呼ばれたいですか?」

「どういう意味?」

「金城あけみ、という日本人の名前に縛られずに、自分を出せるというか、自分でいられる名前」

 

この男、一体何を考えているんだろう。待てよ。トモって韓国の心理学科卒だよね。

 

「私をカウンセリングするつもり?」

トモはじっとこちらを見た。

「私は、宣教師です。神様は、あるがままのあなたを愛してくださいます。名前は人を縛ることも活かすこともできます。あなたにもっとふさわしい名前があるなら、それで呼びたいです」

そうだった。トモは学校中に聖書を配り歩いてたんだった。あちゃー、うまく宣教に乗せられてしまった。

でも、悪い奴には思えない。前にぐてんぐてんに酔った私を一晩泊めてくれたし、私が男性であることもずっと秘密にしてくれている。

 

私はコーヒーを飲みながら頭を巡らせる。 この男なら、信用していいかも。

 

4-1.リャオとジング氏、合鍵の仲になる

 

私はトモに言った。

「じゃあ、リャオって呼んで」

「いいんですか? 苗字、呼び捨てにして」

「本来は、良くない。でも、もう私のことリャオっていう人、誰もいないから」

トモは少々戸惑っていたが、口を開いた。

「……リャオ、さん?」

私は思わず吹き出した。12の頃からもう15年近く呼ばれてなかった上、‘さん’づけだとなんだかくすぐったく感じる。一度吹き出すとこらえきれなくて、私は大声で笑い出した。トモはキョトンとしている。

「おかしい?」

私は笑いながら首を振った。やだ、涙まで出てきた。

「いい、いい。‘さん’いらない」

マスカラが滲まないように私はテーブルのナプキンで目元を軽く押さえた。

「あの、あけみさん、私より年上ですよね」

そう、トモは私より3つ下だ。韓国人は敬語にうるさい。一つでも年が違えば上下関係ができあがる。もちろん沖縄にも年齢差で上下関係はあるが、今の私にはあまり重要ではなかった。私は笑顔でトモに告げた。

「リャオって呼んで、私もトモって呼ぶ」

 

コーヒーメーカーがピーッと音を鳴らしてできあがりを告げた。

私は手元のクリスマスカードを置き、マグカップにコーヒーを注ぐ。そうか。まるで昨日の出来事みたいだけどな。

あれから2ヶ月も経たないクリスマスの日、なんと喫茶店のオーナーが突然行方をくらませた。アルバイト代が未払いだと言って泣き崩れる店員に私は2万円払った。だってクリスマスにお金を騙し取られるって、あっちゃいけないことでしょう?

それからビルの持ち主に、店を将来事務所の倉庫にしたいと掛け合った。許可が下り店を片付けようとした矢先、国立大学に合格したもののコロナ騒ぎでバイトできない、とラインでトモが泣きついてきた。私は店をトモに任せ、“聴きまスポット”と名付けた。サーコが登場するのは、それからまた2ヶ月先の話だ。

 

4-2.リャオ、ジング氏へハートマークを贈る

 

そうだ、トモにラインしなきゃ。

私はスマートフォンのアプリを起動してトモに書き綴る。

 

“Today I received Christmas cards from you. Thanks.”

(今日、クリスマスカード受け取りました。ありがとう)

 

別段、反応なし。勤務なのかもしれない。軍隊って想像以上に大変なのだろう。

私はクリスマスのスタンプを見繕ってトモに送る。ついでに大きなハートマークも。この恋が叶うことはきっと、いや、絶対、ない。それでも全然構わない。こうして繋がり続けられるのなら。

トモからカード来たこと、しばらくサーコには黙っておこう。こっちには30日にムーチー作りに来るって言ってたから、その時渡せばいいし。

 

私は自前のウィッグをスタンドにセットした。あの日のトモの横顔を思い起こしつつ、ブラシをすべらせる。

20代最後のクリスマスだもの。せめて今夜一晩、“あけみ”でいさせて。

(Merry Christmas from South Korea  FIN) NEXT: 魔法の鬼餅

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小説「わたまわ」を書いています。

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「わたまわ」あらすじなどはこちらのリンクから:exblogへ飛びます。もうしばらくしたら非表示かなー?
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