● りっぱな「ずわいがに」を、2匹もいただきました。
感謝! 感謝主!
● 「お兄ちゃん。いよいよ、最期の時が来たみたいよ。」
「そうか、覚悟はしていたけれど、いのちが終わるんだネ。」
「いろいろ思い出があるネ。北の海のこと・海のお友だちのこと・・・・・ 楽しかったこと・自由にあちこち行ったこと・・・・・」
「そして、つかまえられて、知らない所に連れて来られたこと・・・・・」
「私たちを食べることは、神さまが許されたことだから、仕方がないとは思うけれど、私たちのいのちのことも考えながら、食べてほしいなあ。」
「そうだよネ。私たちのいのちを食べるんだからネ。
私たちのいのちの分も生きていくつもりで、大切に考えて、食べていってほしいなあ。」
「食事の前に、神さまにお祈りしているみたいよ。」
「感謝の祈りをして食べてくれるのは、よかったよネ。」
● 1時間40分かけて、大事に・ていねいに・おいしくいただきました!
最後に、かにの頭の部分のスープを、ごはんにかけて食べましたが、極上でした!
「お兄ちゃん。こんな姿になっちゃったョ。」
「そうだネ。でも、大事に・おいしく食べてくれたようだよ。
感謝することにしよう。」
● 天地創造・人間創造を、主なる神さまがなさった時点では、
神さまが人間に与えられた食べ物は、木の実などの植物でした。
しかし、原罪を犯してしまった人間の体は、植物だけの食べ物では満足出来ないものになってしまいました。
原罪を犯してしまった人間を、
さばいて滅ぼしてしまうことを考えられなかった主なる神は、
人間に、
体のことで罪を犯し続けることのないように、
体をおおう衣類を与え、
食べ物のことで罪を犯し続けることのないように、
食べ物として、新たに、動物の肉を食べることを、やむをえず、許されたのでした。
「生きて動いているものはみな、あなた方の食物となる。
緑の草と同じように、そのすべてのものを、今、あなた方に与える。
ただし、肉は、そのいのちである血のあるままで食べてはならない。」 ( 創世記9章3~4節)
ですから、「おいしい、おいしい!」と言って、肉を喜んで食べていることは罪ではありませんが、
そのために、動物たちのいのちが犠牲になっているのだ━━ と言うことを覚えながら、ひかえめに食べることが大切なことだ、と思いますョ。
お茶タイム 「サッポロポテト・バーベQあじ」
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