前回のブログを書いていて思い出したのですが、最初の入院の時、もう帰りたくて帰りたくてw

体調は良くないけれど、ずっと横にしんどくて寝たきり、というわけでもなく、割と自由。

でも病院でできることは少なくて。

ベッドで少し筋トレをするくらいで、差し入れもOKだったので家族が持ってきてくれようとするのですが、食欲は時になくて病院食を食べるだけでお腹いっぱい。Wi-Fiがとっても弱かったので、息子推奨の映画でも見れば、も実質無理。スマホのパズルゲームをしていたのですが、新しいのをダウンロードするには談話室に行かないと一生かかってそうな速度。読書は頭も目も疲れて20分ほどしかもたない。

でも頭部シャントが決まる前は寝込むほどの体調の悪さでもなく、あまりにも非生産的な自分に嫌気がさすというか、、、

まあ全体的に宙ぶらりんの中途半端な状態でした。

 

自宅が病院から近かったのもあり、どうしたら脱走できるか、、、なんてことを想像していました。

リハビリ先生にその話をしたら、GPS付けられて、あと各ターミナルに人相描きが回るわよってw

パジャマにマークも付けられるって言われたかな。。。。

 

まあ病院としては患者の脱走なんて本当に迷惑でしかないですものね。

想像して楽しんでたくらいなのですが、この頃はまだ自分の足で家まで帰れる!と思っていました。(その後はもうふらつきがひどくて数メートルも歩けなくなりましたが、、、)

 

転院した先の病院の高齢者の方のブースにはマットが敷いてあることが多くて、私のところはなんで無いんだろう〜って思っていましたが、脱走防止じゃないけれど、勝手に動くとナースステーションにつながって、〜さんベッドの上に居ますか〜って確認コールが来て、なるほど、そういうことか、、、と思いつつ、実は私が一番危険人物だったのよ、、、と心の中で思っていましたw

続きです。

11月の頭に腹部シャント手術を受けました。
あまり記憶に残ることは無し。
目が覚めるとHCUに居て、家族もすぐ会いに来てくれたかな、、、

麻酔から覚めて、次の日の朝になるまでお水も飲めないのが8年前の脳腫瘍の開頭手術の時にとっても辛かったけれど、今回は時間も思ったより早く進んで8年前よりも全然辛くなかったのは、手術にかかった時間の差もあるかもしれません。

この後私はこのHCUに入り浸るのですが、その時にはそんなことになるとは夢にも思わず。

担当看護師さんのお母様と私が同い年だったらしく、色々お話もくださって精神的にかなり楽に。

脳圧が正常値200のところ300あったらしく、数日HCUで様子を見ることに。

で、この後なんですが、結構もう忘れちゃってるんですね。


最初の手術の数日後に、看護師さんが頭だけ洗ってくださってとっても気持ち良かった!!!
体は洗浄用のシートをくださって自分で拭き拭きする感じですね。

で、この後CT撮ったりがあるわけですが、先生が暗い顔をしてらっしゃる、、、

なんとまさかのシャントが抜けたというのです。

そんなことある?

あったんです。

タンパク濃度が濃いのが問題らしい。

というわけで急遽再手術となりました。

この時一旦普通病棟に戻ってたのかな、、、

この後嘘みたいですが週一で家族は呼び出されることになります。

シャント手術やり直しが決まって、元々の脳腫瘍切除手術をしてくださった元の主治医も来てくださって、たまにあるんですよシャント抜けちゃう方、という事なのであまり深刻に受け取らずに粛々と再手術を受けることに。

で、まぁサクッと終わったんだと思います。

でまた目が覚めるとHCUに。
もうHCU担当の看護師さん二巡目位です。また帰ってきちゃいました〜みたいな感じでこの頃はまだ余裕w

で2泊か3泊かして一般病棟に。

なんですが、なんかスッキリしない。
良くなっていく感じがしない。

横になっているとまだマシだけれど、頭がずっと重かったり吐き気がしたり、、、

でCTを撮ると、、、

先生が暗い顔で、、、、

バルブが詰まって髄液が流れない、、、


でまた再手術です。
バルブ取り替え、、、

2回やり直しの人っているんですか?

いや、まああ、みたいな感じになりますよね。


で目が覚めるとHCU。

もうなんだかね、、、
あははは、また帰ってきちゃいました〜って言うしかないですよね。

HCUは手術後の患者さんが入るので男性の方もおられるのですが、尿道カテーテルがとても不快みたいで、大体そこで看護師さん達と戦っておられる。

トイレ行きたいです。
あ、今まだカテーテル入ってるからそのままで。
え、このまましても大丈夫なんですか。
そうです。
わかりました。で、トイレ行きたいです!

みたいな会話が延々とループ。

あとは『痛い!いてーんだよ!』と騒ぐおじさんに、『痛い痛いってうるさい!みんな痛いの我慢してるんだ!!!」っておじいちゃま患者さんが怒鳴り返してカオスw

でもってそのいてーんだよおじさんが『出産なんてこんなに痛くないだろう!』とか騒ぐから、『今、世のお母さんたちを敵にまわしましたね、、、、』って看護師さんが返して、なので私も『回した回した!』って答えておきました。(全てカーテン越しだからお互い姿は見えませんw)

 

私、アメリカで出産したんですが、一人目の時緊急帝王切開になって、でも夜産んだけど2泊で退院で、その後もずっと傷跡が痛くて、でもお腹を切ったのなんて初めてで、普通の術後の痛みなのか異常な痛みなのかが分からず、とりあえず鎮痛剤のびんを握りながら時計を見つめながらr赤ちゃんのお世話をする、っていう生活だったのですが、見事に帰宅数日後、手術1週間後に傷口が開いて、夜明けの授乳中に腹部が真っ赤に染まったのでまた病院に舞い戻って、帝王切開の時は部分麻酔だったのですが、その時は全身麻酔で腹部に色々集めるプレートを入れて、お腹の外に溢れる血液を溜める袋をぶら下げて、2時間おきに溜まった血液の量を記録して廃棄する、、ということをしながら自分で運転して通院してたんです。(日本じゃそんなことにはきっとならないから安心してください)

で、まあ、おじさん、そんな生活耐えられるのか!!!と思いつつ、もちろんそんな話はしなかったけれど、、、w


で、この時はHCUのあと一般病室じゃなくてナースステーション脇のお部屋に。
油断できない患者認定。

で、まぁ寝られない。

始終ナースコールが鳴り、誰かが騒いでる。

合間に吸引しますよ〜とかも始まる(高齢の患者さん)

でなんとか一般病室に移って
でも良くなってる気がしなくて

この頃からメンタルがおかしくなってきました。

自分自身の身体に自信が持てないと言うか、もう私の身体は再起しないんじゃないかというか、、、

どうせもう良くならない

と言う気持ちが強くなってきたのです。

横になってる時間は長いけれど
眠れるわけではなく
夜はウトウトしながらも朝が来るのをひたすら待つ毎日。

お友だちからこれを聞くと心が落ち着いて寝やすくなるかも、、というサイトを教えてもらったりもしましたが、なかなか心は落ち着かなくて。

この時は大部屋に1人だったのかな、、、

 

で結局バルブを入れ替えてもらっても、問題の原因である蛋白濃度は薄まらず、つまり、根本の原因である脳腫瘍がある限り、蛋白は出続ける、、というわけです。

 

その後のCTや私自身の容態も改善されず、結局、きっと退院できると思っていた結婚記念日に、頭部のシャント手術が決定しました。

 

もうね、、、嫌です、とも言えないからわかりました、ってなったけれど、きっとこれで良くなる、とも思えなくて。

 

8年前は手術前に髪の毛を処理されるのもショックで涙目だったのですが、もうこの時は、髪の毛とかどうでもいい、、、っていう心境でした。気を抜くと吐いてしまうし、頭痛はするし、何より良くなっている感覚が全くなくて、私は一体ここから(生きて)出られるのだろうか、、、と漠然と考えていました。加えて、傷が治りにくく、抜こう、抜糸していただいた後にその後からじわじわ出血したりとか変なわたし、、、もう生き物として生きていける時間が終わってるんじゃないだろうか、、、とぼんやり考えていました。


実は9月に息子から『会って欲しい人がいる。結婚しようと思う。』という話がありまして、10月に相手方のご両親にご挨拶をして、結婚のお許しを頂いたら次は我が家に来る、ということになっていたのです。と言うわけでせっせせっせと家の中のお掃除を一家総出でしておりました。

断捨離も含めて大掃除です。
それに加えて前から気になっていた外装塗装もお願いしていたので、ベランダ周りも含めて大掃除をしなければなりませんでした。

それとは別に、MRIを受けに行く数日前に杖を買っておこうかな、、、と有楽町に杖を買いに行きました。ふらふらはしないんだけれども、真っ直ぐ歩けなくて。
入院前に使ったのは買って帰宅するまでの間だけでしたが汗

そして10月末11月頭に約束していたお友達との約束を2件キャンセルしました。
一件は予約制ではなく並ばなくてはいけないビストロ。並ぶのに少し自信がなくて。
もう一件は上野の美術館にモネ展を見に行ってランチをする、というもの。嘔気も心配でしたが、上野までが遠いというのが1番だったかも。上野まで辿り着けない、、と私の身体が呟いていたので、素直に聞くことにしました。

どちらの友人も快くキャンセルを受け入れてくれて、また日程を仕切り直そう!と言ってくれました。その時はまだだれもその後に長い入院生活が待ってるとは思っていませんでした。

仕事は11月2日の土曜日までしていました。

11月最初の連休中も家族総出で家の片付けやお掃除をしていました。私も手伝おうとしたのですが、この頃から内臓が全部出そうな嘔吐を繰り返し始めました。

ママは寝てて良いからと言われ、私は横になりつつお手洗いに走って戻すの繰り返し。
結局この1週間弱で5キロ痩せてしまいました。

病院に夫が問い合わせてくれたところ、この短期間で5キロ痩せたというのが一つのポイントで、祝日ではあったもののすぐに病院に連れてきてください、と言われて病院に。
主治医の先生も祝日にも関わらずに来てくださいました。

結局シャント手術をすることになりました。

11月4日月曜日に入院。
5日火曜日に各種検査。
6日水曜日に腹部シャント手術。

それでもこの時点では2週間の入院と言われました。シャント手術をすれば改善されるはずと皆信じていました。
私も2週間の入院ですっかり元気になるつもりでした。

写真は子供達が作ってくれたご飯。
焼き野菜スープだったかな、、、
食べたかったけれど食べられなかったんだった🥣