12月10日に念願の退院ができました🙌
外壁塗装工事中で、お玄関の柵や壁に触ってはいけないのが難易度高く💦
微妙に傾斜しているのも難しい、、、
それでも退院!
久しぶりの自宅!
ヨロヨロしながらでも自力で階段を上がり2階のリビングへ。
嬉しい!
この辺りも記憶が曖昧なのですが、2,3日は調子も良く、娘と一緒にリハビリがてら近所のスーパーにも。
しかし、8年前と違い歩くのが大変で、、、
道の何気ない傾斜やでこぼこに足を取られて苦戦。帰宅したらくたびれて横になる、と言った感じ。
お風呂も病院はシャワーでしたが自宅は寒くて、、、
帰宅した日はシャワーもやめたのですが、次の日だったかな、、、シャワーを浴びた後にあまりに寒いので浴槽に浸かったのですが、これが良くなくて、嘔気が戻り、また嘔吐タイムが戻ってきてしまいました。
結局この時点で入院1週間前から13キロくらい痩せてしまっていました。
更年期のあと、仕事のストレスからの暴食でわがままボディになり、色々やっても全く痩せずに育つだけだったのに、一気に痩せて。あすけんさんの目標体重をも下回ることに。(フラフラしたけれどこれだけはちょっと嬉しかったw)
結局調子が良かったのは2〜3日だけで、その後はほぼほぼ横になっていて、嘔気と戦っていました。
息子の未来のお嫁さんがその頃に来てくれて、私はもう寝たきりだったので、娘が1人で頑張っておもてなしのお料理をしてくれて。
一緒に食べたかったけれどそれはもう無理で。
リビングのソファに横になったままでしたが、直接会えて、ほっとしました。
早く籍を入れてね、と伝えて、クリスマスの頃に関西にいる私の兄夫婦の所に挨拶に行ってそのまま京都で籍を入れる、ということになりました。
ホッとして気が緩んだのか具合がとても悪くなり、夫が病院に電話をしてくれたのですが、主治医の先生がお休みの日で。今いらしても出来ることが無いと。7119に問い合わせてもくれたのですが、搬送可能な病院に水頭症の専門医がいる確率がとても低い、とのことで後1日自宅で我慢して、翌日いつもの病院に連れて行ってもらうことになりました。
スレッズなどで、退院したい!というくせに、すぐ舞い戻って来る患者さんなんなん?という投稿がたまにありますが、まさに1週間後には舞い戻ってしまい申し訳なかったです。
この後の記憶が途切れ途切れで。
食事の写真を毎食撮ってたのですが、フルーツばっかりだったから、嘔気がひどくて果物を少し摂ってただけなのかもしれません。
時々はっきりとした記憶が残っていたので自分としてはしっかりしていたつもりですが、この頃にはもう意識が混濁している時間が長く、ステロイドを打っていただいた少しの時間だけ意識がはっきりしていたみたい。
結局脳内のタンパク濃度が全く下がらず、今のままの状態で腫瘍が縮むのを待つか、大元の腫瘍を切除するか、という話になったみたいです。しかし、8年前に執刀してくださった元主治医の先生も歳を重ねられて、自分は手術はもうできないと。しかし今のまま腫瘍が縮むのを待つのも難しい。
結論としてこの病院でできることがもう無いですということと、会わせたいご家族には連絡をとってください、という事で、急遽関西にいる兄夫婦が日帰りで会いに来てくれました。
会いに来てくれたのはわかったし、お話も少ししたので、思うように良くならないから心配してお見舞いに来てくれたのだとばかり思っていたけれど、実際にはこれで最期かもの覚悟を持って来てくれたのは後で知りました。
最近娘に聞いた話では、この頃の私は、眠ってしまうともう目を開けないのでは無いかと思い、揺り起こしたい衝動に駆られていたと。
そして嘔気がひどく、人間はこんなにも苦しまなくてはいけないのかと思い、本当に見ているのが辛かったらしいです。
私はこの辺りの記憶があまり無いのですが、良いのよあんな苦しいこと覚えてなくて、と言われました。
この時の兄夫婦を含めた今後の話し合いで、転院しての開頭手術を勧められ、紹介状を書いて手続きをしてくださいました。
私は割と明るい材料として転院開頭再手術を選択したのだと思っていたのですが、実際のところはもっと悲壮な感じで、もう助からないのならばダメ元で開頭手術をお願いしよう、と言った感じだったらしいです。
ただ義姉や仲良くなったリハビリ先生などは、T病院に転院と聞いて、これは助かる!と思ったと言っていました。義姉は、助かる見込みがなければ引き受けてくださらないだろうから、引き受けてくださるということは助かる!と思ったと話してくれました。
自分的にはしっかり意識もあると思っていたけれど本当は合間の意識がちょっもはっきりしている時に、転院して開頭手術を受け、タンパク質の原因となっている聴神経腫瘍を再度切除していただくから、と夫が伝えてくれました。
民間の救急車にお世話になり転院。
娘が救急車に乗ってくれて、夫は車で追いかけるからと。
主治医の先生も、自分が同じ症例なら1番お世話になりたいチームだから、安心して手術を受けてきてください、と言われました。この言葉はその後も何回も思い出し、きっと大丈夫、と自分に言い聞かせる力にもなりました。
実は転院のために救急車に乗ったことなどはぼんやりとしか覚えてなくて、気がついたら新しい病院の病室にいました。
主治医の先生は、走って来てお見送りをしてくださったそうです。
写真はこの一時退院の時に娘がお洗濯してくれた私のパジャマと持ち込んでいた抱き枕🐕