ずいぶん大人になって、自分の心が十分育っていないことに気がついた F さんは、たくさん本を読んで、清潔でなく、整理整頓されていない家 (いわゆるゴミ屋敷や汚部屋のこと) で子供を育てることは虐待=ネグレクトであるということを知った。 汚い家で育ったから、汚いのが日常で、きれいな家は天上の夢で、汚いのが当たり前。 だから汚いことに違和感を持てず、不快感がわかなくなっていた。 汚れていることはわかっても、何をどうしたら良いか、お母さんから掃除や整理整頓を一切習っていなかったそうだ。
子供の頃、友達の家には遊びに行けても、家が汚いから、友達を連れて来ると怒られ、F さんの家には他人が足を踏み入れることはほとんどなかったという。 F さんは、生育環境がどれだけ異常だったかを実感し、自らの心の問題と取り組み始め、少しずつ心が片付いて行くと、不思議と何が汚れているか見えてくるようになった。
A さんのお母さんは、仕事に追われ、子供たちとゆっくり関わることができなかった。 A さんはいつもお母さんに早くするようせかされたり、お母さんのスピードについていけないと、ひどく怒られた。 お母さんに褒められたことや、心に寄り添ってもらったことはない。
A さんは、自分のペースを知るチャンスがなく、自分の特性にも目を向けるチャンスがなかった。 そればかりか、いつも怒られていたために、自分の能力が低いと思い込み、能力を発揮する場面になると、必要以上に緊張するようになった。
A さんの心の声を聞いてみよう。 A さんの心 1 「ちょっと、しっかり立ちなさいよね」 A さんの心 2 「そんなこと言ったって、何話したら良いかわからないから震えちゃうよ」 A さんの心 1 「まあ、だらしない!お腹に力入れて、手のひらに人の字を書いて食べなさい!」 A さんの心 2 「そんなことしたって無理だよ」
高圧的な [心 1] と、低姿勢の [心 2] がせめぎ合いをしている。
A さんは逃げるわけにいかず、その場で恥ずかしい思いをすることになるのだが、その時、高圧的な [心 1] が、低姿勢の [心 2] を徹底的に追い詰め、最終的に無能の烙印を押している。