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ただいま、おかえり

山田花畑の番外編

自分の生きにくさの正体がわかり、人生の仕切り直しを始めた時、改めてお母さんに失望したため、その顔を見たくなくなったという人が意外と多い。

そして、見たくないと思う気持ちを抱くことに罪悪感を覚える。

その罪悪感は一年の中では、母の日や、お母さんの誕生日、クリスマスなどにピークとなる。



なぜならお母さんに感謝できることが、普通に考えると見つからないからだ。

お母さんに感謝できない自分は、人として不完全ではないだろうか。
毒親の子供たちは胸を痛める。

育まれた社会が養育に適さない環境であった場合、養育される子供に罪はない。
多くは劣悪な環境と推測される。

しかし、その子供は生育の過程で心に傷を負いつつ、養育者に非があるとは思わない。

社会からより良く育てられたいとの命本来が持つ欲求が強いため、最後までその期待を諦めないからだろう。

であるから、病根を見極めることが難しいとも言える。
また、ある程度推測がついてきても、子供自身が受け入れがたい事実を認知することに多大なエネルギーを要する。

本当に自分の足で立てるようになるには、その無念な事実を受け入れるところがスタート地点となる。

無念のスタートに立ち、改めて自分の歴史を客観視してゆくと、養育者の怠惰や、無責任がはっきりと見て取れるようになる。
その言動はおよそ親としては尊敬できぬものである。

自身の親が尊敬できないことは悲しいことだ。

そしてその親を大事に思えないことも悲しいことだ。

そして改めて、自分を取り巻く様々な人々との距離を取り直す作業が始まる。
その過程において、お母さんにはもう関わって生きたくないと思うのだ。


そう思ったら、会わなければ良い。
会わなくても良いのだ。
それが親不孝で、人の道に反することではないのだ。

人間関係で一番濃いとされる繋がりは、血縁であると一般的には考えられている。
しかし、今世界中でその一般論が覆される事件が後を絶たない。

そして人は、血縁関係になくとも、人生にかけがえのない絆を結ぶこともできるのだ。
血縁関係だからと言って、尊敬できない人間を無理に尊敬する必要はないのである。

尊敬したくても、できないのであれば、無理にする必要はないのである。

大きな葛藤はあっても絶対にしてはいけないことは、養育者があなたにした不実を認めてはいけない。
許してはいけない。
どんな理由があっても、この世に命を送り出した責任を果たさないものを擁護する必要はない。

悪は悪。
理不尽は理不尽だ。

生まれ落ちてから、長いこと苦しみ抜き、養育者に振り回されて生きてきたのだから、これ以上振り回されてはいけない。

これ以上、理不尽な養育者を自分の人生に介入させてはいけない。

本当の親孝行とは、命に責任を持てない理不尽な養育者に振り回されず、堅実に自分らしく生きる生き方を勝ち取って生きることだ。
これからの人生を振り回されないで生きることが、本当の人間らしい生き方であり、養育者がどんなに泣きわめこうとも、今後の人生を堅実に生き抜くことが、養育者ができなかった人としての生き方なのである。

負けずに勝ち取ってほしい。
他人が自分の想定外の行動をとったとき、多分なストレスを感じたり、陰鬱になったりするのには理由がある。

本来は、自分以外の人間が自分の想定どおりに動くわけないのである。

しかし、この姿はお母さんから上手に離れられなかったから、自分以外の人間の不本意な行為に納得ができない気持ちのまま生きているにすぎない。



精神分析学では乳幼児の発達段階の節目を大きく三つに分けて、それぞれが重要な節目であることを説いている。
この節目とは、生まれてから、徐々に親離れをする段階と考えられており、以下に分類されている。

(1) 口唇期 断乳のタイミング
(2) 肛門期 オムツが外れるタイミング
(3) 男根期 性別の区別ができるようになるタイミング

この三つの時期に、乳幼児は今まで取ってきたお母さんとの距離を取り直し、お母さん離れをする。
このお母さんから離れるタイミングがうまくいかないと、うまくいかないタイミングでできた傷は後の人生の生活習慣に大きな影を落とすと言われている。

例えば、

(1) 口唇期は、断乳とともに、自分で食事を食べられるようになるため、今まで恋人のように愛着を感じてきたおっぱいから距離が離れることになる。
断乳はお母さんが無理やりやめさせようとしなくても、時期や方法をしっかり学んでいれば、赤ちゃんの方から、飲むのをやめるのである。

おっぱいを飲んでいる間、赤ちゃんは唇をとおして愛情と満足を感じているので、このような名前が付けられたと言われているが、この時期の親離れが失敗すると、唇をとおしての欲求が満たされないままとなるため、将来はアルコール中毒、ヘビースモーカー、摂食障害といった、唇をとおして何かを摂取する行為に執着が見られるようになると言われている。

(2) 肛門期はオムツ外しのタイミングであるが、平たく言うとトイレトレーニングに禍根を残したかどうかということになる。
一般的にありがちなのが、子供の排泄物を汚いとお母さんが思ったことによって子供が深く傷つき、その後の人間関係構築に自信を失うということ。

排泄物には雑菌が含まれており、腐敗臭も伴って、綺麗なイメージは持てないのが普通と思われるが、それはその排泄物が誰のものかわからない場合である。

自分の子供の排泄物は、親が与えた食べ物を食べ、健全に消化吸収された愛しき残骸である。
排泄物が健全に排出されるということは、体が健全に機能している証拠なので、むしろ称えられて良いのである。
たれ流し状態から、意志を持ってトイレで排泄するということは、大好きなお母さんと同じ方法で、ウンチやおしっこにバイバイするという、子供からしてみたらとても大胆で勇気と頭脳を駆使した行為である。

だから決して失敗を責めてはいけないし、子供の体から排泄されたものを「汚い」などと絶対に言ってはいけない。
むしろ、旅立って行くウンチやおしっこには一緒に「バイバイありがとうね」と言って手を振って欲しい。
その時、どれだけ子供の顔が安堵するか、よく観察してあげて欲しい。

大きなウンチが出た時は、最大に褒めて、ふんわりしたお尻を撫でてあげて欲しい。
「すごいねー、おっきなウンチが出たねー、太郎ちゃんのお尻は偉いねー」撫で撫で、、と。
子供は、「僕ってすごいんだ!」と自身に誇りを持ち、トイレで健全に排泄することが健康上大切出あることを学ぶのである。
大切な時期なのである。

(3) 男根期は、幼稚園や保育園の年中さんくらいから、男女の性別が認識できるようになり、性器の形が違うことに興味を示す時期である。
この年代の男の子によく見られるのが「チンチンぶらぶらソーセージーーー!」など言って性器をネタにして笑い飛ばすこと。

こんな時は絶対に怒らないことだ。
成長の偉大な証だからである。

以前、日本の性教育の見直しが叫ばれた時期があったが、日本は性別の話題をナイーブな話題として伏せてきた歴史がある。
家庭でも学校でも性教育が行われないことが問題になったのである。
しかし、セックスをすれば妊娠するし、無差別な性行為は AIDS などへの感染の危険もある。

「チンチンぶらぶら」の時期から性教育はスタートと言って良いだろう。

この時は、性器は大事なものであることを丁寧に教えたい。
「まあ、かわいいおちんちんね、でもね、おちんちんはとっても大事なものだから、大切にしようね」など。
女の子には「おマタ (股) は大事なんだよ、コビトさんがお仕事してできたウンチやオシッコの大事な出口だからね」と
肛門期から学んだことを含めて、大切にすることをまずは教えたい。

お父さんと、お母さんの性器が違うことと、社会的な役割が少し違うこともこの時期に学ぶ。
性別の違いをちゃんと学べた子は、男尊女卑的な言動はしない。
男の子はレディーファーストを実践できるし、女の子は自分の安売りはしないのである。

精神分析に見る成長の節目の定義は非常に興味深く、決して見逃してはならない大切な節目であることを襟を正す思いで認識するのである。

これらは何を意味しているかというと、成長というのは、お母さんから離れて生きることを学ぶことであるということだ。
冒頭に書いた、人が想定どおりに動かないことにストレスを抱えることは、親離れに失敗していることをいつまでも引きずった生き方だと気づく。

引きずることは悪いことではなく、失敗した結果なのだから、失敗している自分を見つけてあげて、対処すれば良いのである。
その失敗も、決して本人の責任ではないのだから、恥じることではないのだ。

自分を恥じることも、お母さんを擁護してあげる必要もない。
事実のみを認識して、その後何をしたら良いかである。
大切なことは、失敗した敗北感を抱えたであろう自分に共感することである。

ああ、失敗していたから生きにくかったんだね。
そうか、私は長いこと大変だったんだね。
よく頑張ってきたね。
寂しかったね。
大変だったね。

と、まずは自分の気持ちをしっかりと抱きしめてあげよう。
心に染み透るまで抱きしめたら、きっと涙が出てくるはずだ。
そうしたら、思い切り泣こう。
悔しかった気持ちを、クッションにぶつけよう。
クッションをボコボコとゲンコツで叩きながら、無念を吐き出そう。

そして、「わかる、その気持ちとってもよくわかるよ、もう大丈夫だよ」
と、何度も安心させてあげよう。
気持ちが変わるまで、何度も声に出して言ってあげよう。
100 回では少ないかもしれない。

生きにくさは、今までの自分の人生をひとりぼっちで歩いて来た心細さが極まって感じることである。
本来は養育者がそばにいるのが一番良いのだが、うまくいかない場合もある。

そんな時は、事実をできるだけ早く認識し、自分の中にいる自分に声をかけてあげるのである。
一人ぼっちで心の奥の壺にかくれている、かわいそうな自分を見つけて癒してあげることである。

一人の実践が辛すぎる時は、実績のある専門家の手を借りよう。

必ず蘇生できるはずだ。
最近読んだ本に、こんなシーンがあった。
娘がお母さんに馬乗りになり、その頬をゲンコツで何度も何度も殴った。
娘は、「お母さんに向き合うチャンス」を逃してはならないと決心し、そのあとは無我夢中だった。

お母さんが自分と目を合わせてくれた記憶はなく、どんなに優秀な成績を取っても温かい言葉はない。
挙句に就職先まで指図され、パニック障害の発作を起こして、就職試験を受けられなかったという。



著者はとてもストレートに自分の心を理解していた。
「お母さんに愛されたい」

このお母さんはシングルマザーだった。
そして祖母、母親、娘の女三代が同じ屋根の下にいびつに暮らしていた。

娘に殴られながら、お母さんは涙を流し、殴った後娘はこう言った。
「それでもあたしはあんたに愛されたいんだよ」

これを契機に、お母さんは目を合わせるようになったという。

お母さんにぶつかるチャンスがあったことは、とても幸運だったと思う。

本来、赤ちゃんはお母さんに体当たりだ。
体当たりしても、無視されれば傷を抱えて黙り込むようになる。

生まれたばかりの赤ちゃんは、お母さんは自分の一部のように理解していると言われている。
それが、異時的に欲求が満たされることにより、自分とは別の生き物であることを認知してゆく。

次第にお母さんの存在が心地よく感じるようになり、声をあげて要求するようになる。
お母さんにそばにいて欲しい赤ちゃんの要求はストレートだ。
声がちぎれるほど泣き叫ぶこともある。
手足がもげるほど、バタバタと喜びを表現することもある。

体当たりだった赤ちゃんが、体当たりできなくなる時、赤ちゃんの心が傷つき始める。
体当たりが不毛に思えた時、悔しい思いは心の壺に蓄積される。
悲しい思いも蓄積される。
蓄積された気持ちは、解決されなければ消えない。

そんな無念は、お母さんに馬乗りをして何発も殴れるほど心を引き裂いている。

何があったらよかったのか。

それは、、、

私を産んだことを幸せに思って欲しい
私を産んだことに誇りを持って欲しい
私を産んだ喜びを持って、私に愛情を注いで欲しい
私の存在を受け入れて欲しい

これだけなのだと思う。
こんなささやかな、しかし混じり気のない気持ちが満たされたら、人は歪んだりしないはずだ。
数多くの悲劇も生まれないはずだ。

私を産んだことを幸せに思っているお母さんの笑顔を、いつまでも温かい気持ちで眺めていたいと思うことが幸福の起点と思える。
B さんがカウンセリング治療を受け始めて、一年半が経過した。
そして現在は、グループカウンセリングにも参加して、世界を広げているという。
グループカウンセリングに参加した当初は、参加している間ずっと泣いていたそうだ。

B さんは自分が思っていることを人前で話そうとすると、感極まって泣いてしまうのである。
泣いちゃいけない、ちゃんと話さなくちゃと思うと、余計混乱してしまうので、自分の気の済むようにずっと泣くことにしたそうだ。



ある時 B さんにカウンセラーの先生は言った。
「B さん、泣いても泣いても足りないくらい、ずーっとお母さんに遠慮してきたのね」

どれだけ自分の気持ちを押し殺し、お母さんのために良い子になろうと努力を積み重ねてきたことであろう。
そんな「我慢」が心の奥底にある壺にひっそりしまわれ、蓋を閉められていたのだろう。

カウンセリングで自分のことを話したりすることによって、壺の蓋が少しずつ開いて、涙と一緒に「我慢」が解放されたくて飛び出してきたと思える。

丁寧に丁寧に月日を重ねつつ、壺の中の「我慢」を出しているうちに、B さんは以前より言葉に勢いがつき、自分の本心をしっかり話せるようになってきた。

そんな B さんは、最近お母さんと長電話をし、対決したそうだ。

そして、率直に、今自分が感じていることを話した。
「お母さんは激しく怒ったり、叩いたりしたことはないけれど、ゴミだらけの家で、あるものをあさって食べ、家に人も呼べないような状態での子育ては、虐待と同じだよね。」
と。

ところが、お母さんはピンとこなかったのか、B さんが意を決して発した言葉に対する明確な答えはなかったそうだ。

B さんは電話を切った後悶々とし、リアクションを怠ったお母さんに対し、悲しい気持ちになった。
「別に犯人探しをしているわけじゃないのにさ、そうだったねとか、ごめんごめんとか、なんで何も言わないんだろう」
「あ、でも言葉がなかったってことは、わかってないのかな?」

B さん、ここでもう一押しするともっと良かったね。

「なんでそんな大人びたことを言うの?嫌だったんでしょう?そんなお母さんなんか嫌いだよ!と言っていいんだよ」
「ぬいぐるみを抱っこして泣いて、お母さんのバカーってクッションをボコボコ叩いたら良かったのに」
と言ってみた。

「あ!そうか。本当に嫌だったことを嫌だって言って良かったんだね。
頭ではわかっているのに、いざという時にできないものだね。
こうやっておしゃべりするって大事だね。」

自分のことは意外とわからないものだ。

だから、自分の心を写す鏡が必要だ。
それは友人である時もあれば、見知らぬ他人の姿から見出せることもある。
いろいろな手段を使って、自分を見つけることはとても大事なことだ。

ここの記事も、誰かの鏡になれば良いなと思い、書き綴っている。
J さんの弟は、J さんが気付いた時には重い統合失調症の症状に苦しんでいたという。

具合が悪い時は、見境なく暴力を振るい、お母さんは狼狽し逃げ回っていたそうだ。
お父さんは仕事一筋で、家族の病気には無関心だったそうだ。

弟の病状は一進一退を繰り返し、家の中はいつもピリピリしていた。
J さんは高校を卒業して就職した。



ある日のこと。
J さんはいつものように出勤し、伝票の整理を始めた。
すると電話が鳴った。

お母さんが職場に電話をかけてきたのだ。

弟が暴れて怖くなって電話をかけてきたという。

それからと言うもの、お母さんは毎日職場に電話をかけてくるようになった。
お母さんは、暴れる弟から毎日泣きながら逃げ回っていた。
どうしようもなくなると、J さんに助けを求めて電話をかけてくる。
場合によっては、慌ててお母さんを助けに戻ることもたびたびあった。

それから数年が過ぎ、J さんにも人並みの幸せが訪れたかに見えた。
J さんは結婚し、可愛い男の子が生まれた。
慣れない育児も、子供の顔を見れば力が湧いた。

しかし、J さんのお母さんは、J さんの嫁ぎ先にも電話をかけてくるようになった。
一度許容してしまうと、電話は頻繁にかかってくるようになった。
J さんは、子育てと、お母さんのことが心配で、いてもたってもいられなくなった。

そして、、

ある時 J さんは、病院のベットで目を覚ました。
一瞬頭が真っ白になったが、左手の激痛で我に返った。

切羽詰まった J さんは、左手首をカッターで切ってしまった。
血まみれで倒れているところを旦那さんに発見され、そのまま入院したという。


うつ状態となり、すっかり気力を失った J さんは、二度と自分が産んだ子供を抱くことはなかった。
お母さんと、弟はその後入院し、おそらく退院は見込めない状況だと言う。

生き別れた子供は、中学生くらいの年になっているそうだ。

J さんは、お母さんからの電話攻撃に追い詰められたとは思っていない。
お母さんは可愛い人だから、自分が守ってあげなくちゃと言う。

しかし、もう何年も J さんは働きに出ることができず、自身の何が問題で、何を解決したら良いのかわかっていない。
こんな話をケラケラ笑いながら話す J さんは、紹介した病院への通院を、交通費が勿体無いという理由でやめてしまった。

自身の痛みを心が感じなければ、前には進めない。

J さんは、自分を大事にする生き方を知らず、丁寧に話してはみたが、笑顔で「意味がわからない」と言っていた。
悲痛な気持ちがした。