毒親という話題を批判する人々へ | ただいま、おかえり

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山田花畑の番外編

ときどき、コラムなどで見かける記事に、毒親の話題に批判的なものを見かける。

趣旨はこうだ。
「最近は親を批判するような表現を使い、いろいろ騒ぎ立てる風潮がある・・・親に感謝することもなく・・・」
要は、本来であれば親に感謝するところを、親について悪くいう風潮が高まっていると受け取れる内容だ。

この記事について、友人がコメントしていた。
「なんかさぁ、こんなことが書いてあったけれど、毒親のこと知らない人がいるのね?そういう人は、本質がわからないのね」
と。



おそらく、記事を書いた著者と同様の意見を持つ人も多いだろう。
しかし、知っておいて欲しいことがある。

人間は本来、親をもっとも信頼し、尊敬したいという願望を持っている。
この世に生まれ落ちて、一番最初に出会う距離の近い人が親である。

毒親育ちの子供は何に一番苦しんでいるのか?
それは、信じがたい言動の親を信頼できず、尊敬できないことに一番苦悩するのだ。
そして、尊敬できない自分の気持ちに対して、大いなる罪悪感を抱き、さらに苦悩が深まるのだ。

背きたくないし、誰よりも仲良くしたいと願うのは、毒親育ちの子供たち本人である。
だから、どんなに裏切られても、自分の命が危機に瀕しても、何度も信じようとするのだ。
だからこそ、毒親からの害は気付かれにくく、事件が起きてからでないと、その痛みが表出されない。

親の存在は子供の人格形成に重要な影響を与えるとは、世界でも当たり前の認識となったはずだ。
だからこそ、その存在に脅威があってはならず、子供には健全な愛情が注がれるべきなのである。

不完全な姿で生まれてくる赤ちゃんは、生後親からの関わりによって、人間として自立した存在に成長できるのである。

それには、積極的な親の関わりが不可欠なのである。
従って、赤ちゃんは親からたくさんの愛情を受けやすい条件を備えて生まれてくる

まず、女性は丸くて小さなものに対し、可愛いと思う感情が働く。
赤ちゃんは、お母さんに可愛がってもらえるよう、丸くて小さく生まれてくるのだ。

そして、人の顔の中でも、目を凝視する特性は、母親の目をしっかりと見つめ、愛情を獲得するために必要なものだ。
また、教えてもいないのに母乳に吸い付く行動も、授乳によって母親の体内にオキシトシンというホルモンが分泌され、お母さんらしさを育てるために不可欠だ。

赤ちゃんは、自分の将来が健全なものとなるよう、持って生まれた能力でお母さんを育てる。
しかし、この赤ちゃんからの働きかけに応じられない場合、親子関係に歪みが生じる。

歪みが生じた場合、お母さんには母性が育ちにくく、赤ちゃんを適切に養育できない状況が生まれる。
女性は子供が生まれたら、自動的にお母さんになるのではない。
赤ちゃんとの相互関係の積み重ねにより、お母さんになってゆくのだ。

相互関係に問題のあるお母さんは、自分が赤ちゃんだった頃にうまく育っていない場合が多い。
では、、
毒親にならないためにはどうしたら良いか?

以前の記事にも書いたが、とにかく赤ちゃんを抱っこすることだ。
体と体をくっつけて、肌の滑らかさや、温かさを確認し、目を見るのだ。

非常にわかりやすい研究に、人工飼育された猿の子育てを観察したものがある。
動物園で人間に飼育された猿は、出産しても自分の子供を抱かない場合が多いそうだ。
これは、自分が母猿に保育された経験を持たないからだそうだ。

しかし、根気よく、赤ちゃんを抱かせるよう働きかけると、最初は赤ちゃんから逃げていた母猿も、次第に上手に赤ちゃんを抱けるようになり、自分から授乳できるようになるという。

これは抱っこすることにより、オキシトシンという愛情ホルモンが分泌されるからである。
人間も赤ちゃんと触れることにより、オキシトシンが盛んに分泌される。
このホルモンは赤ちゃんとの触れ合いにより盛んに分泌されるのだが、これにより脳が育児に適した状態に変化するという。

一時期育児の欧米化により、スキンシップをタブーとする子育てが奨励された時代があるが、その後、世界の数多くの研究結果がスキンシップが必要であることを裏付けている。
スキンシップは道徳的に良いとされるものではなく、母親が母親らしく、子供は健全に育つために必要不可欠な心身の変化をもたらすものとして必要であることが証明されたのである。

その過程に省略はあってはならない。
その過程を経てこそ、信頼できうる関係が育つのである。

親子であれば、その関係すべてが麗しいというのは間違いである。

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