その瞬間、突如周囲がまばゆい光に包まれたかと
思うと、一転して漆黒の闇が広がった。
「な、何なんだこれは…」
ただ昼から夜へと移り変わり、暗闇になるのとは
全く次元が違う「黒さ」だった。
そこにはいっぺんの明かりなどはなく、無機質な
「黒」が厳然として、存在していた。
当然、そんな環境では俺は奴を追えるはずもない。
ましてや身動きすらできないでいた。
こんな状態で迂闊に踏み出せば、何が
起こるかわかったものではない。
眼前の闇に自分が取り込まれる…そんな嫌な
場面だけが俺の頭をリピートしていた。
「くくく…」
不気味な笑い声が闇の中にこだまする。
「いやぁ…実はね、私は今大変驚いているんですよ」
相手の姿が見えないのに、声だけがしっかりと自分の耳に
届いているという状況は、俺をとても不安にさせた。
張り詰めた空気の中で、感じるのは自分自身の焦りと
相手の余裕だけであった。
「この空間は次元のはざまに出来たいわば、死んだ空間。
並の人間なら数分ともたないはずなんですが…。
なかなかどうして、彼女が見込んだだけのことはありますね」
「死んだ空間?彼女…?
一体何のことなんだ、さっぱりわからない。
そもそも何で俺はこんな目に遭わなきゃいけないんだ!」
それは相手に対して答えを求めていたのか、それともずっと胸のうちに
秘めていた想いが爆発しただけなのか、定かではないが、
俺はこの訳の分からない不可思議な状況に頭がどうにかなってしまいそう
だった。
「くくく…。いいでしょう、私は組織の中でも優しい方なのです。
少し、暇つぶしでもしてあげましょう」
その声と同時に、俺の目の前に、先程の長身痩躯の男が
すっと現れた。
男が現れたおかげなのか、闇の黒さはさっきよりも幾分マシになり、
目を凝らさずとも相手の位置を確認できるほどになっていた。
白いコートに深く身を包み、加えて不気味に乱反射する眼鏡の為に、
感情は一切読み取れない。
「実は私は近未来の人間でしてね。西暦で言うと3035年くらいでしょうか。
おっと…そんな目で見ないで下さいよ。
私が話しているのは紛れもない真実なんですから」
「3035年という世界はとても退屈な世界なんですよ。
文明の利器のおかげで寿命をコントロールできるようになり、
享楽も手軽に手に入るようになり…人類全体が飽和しきった
状態になってしまいましてね」
「けれど、私はそんな状態に危機感を覚えましてね。
このままではいけない、と。
こんな状態を放っておけば、いずれ人類は腐って死滅してしまう
だろうと」
「幸いなことに私のような考えを抱いている人が何人かいましてね。
みんなで考えたわけですよ。この世界を変えるためにはどうすれば
いいかって。
結論は、満場一致でした――」
「こんな腐った世界は壊してしまうしかないって」
「今はまだごく僅かしかいません。しかし、私がいうのもなんですが、
彼らはとても恐ろしい人たちですよ。
冷静に頭が狂っている人ほどたちの悪いものはありませんからね」
とうとうと絶え間なく喋り続ける男に、俺はどう反応していいのか
分かりかねていた。
不思議と、こいつが嘘をついていないということは、理解できていた。
実際に部屋が歪曲し、こいつのいう「死んだ空間」に俺はこうして
足を踏み入れている。どうみたってここはまともな世界ではないし、
そうなると、もうまともな理屈で考えていたって駄目なことくらい
頭の悪い俺でも分かる。
ただ、こいつの言っていることが嘘偽りなく本気で発せられている
のだとしたら、想像していたよりも俺は危機的状況に今あるという
ことになる。
俺の反応次第では、今すぐ殺られてもおかしくない、ということか。
「――そういったわけで、私達は目的のための前段階として、
今現在あるモノを集めていましてね。
今はまだ、それらの収集段階な訳ですが、
困ったことにその中の一つを持ったまま
私達を裏切った人物がいまして…」
俺は、話の途中からそれが誰のことを指しているのか、
すぐに分かった。
「そう、あなたを先程助けた女性、なんです。
牛若丸、とあなたは呼んでいたようですがね」
…なるほど。
こいつらは、その持ち去られたモノを追うため、そして
裏切り者の彼女を始末するため、こうして出てきたという
わけか…。
「お前の言っていることが正しいとしよう…
いや、おそらく正しいんだろうな。
だとしたら、なぜ俺を狙ってるんだ?
標的は俺じゃなくて彼女のはずだろう?」
「くくく…今はまだ分からないかもしれませんが、
いずれそれは分かること…。そのときまで…――」
奴がそう言い終わるか終わらないかのうちに、突然、
すさまじい音が俺の鼓膜をつんざいた。
見ると、リビングの歪曲の時のような、
微かなねじれがあちこちで発生してきている。
「…おっと、もう時間がないようですね。
この死空間はタイムリミットが短いことが欠点でして…」
地獄の果てまで届きそうな程の大きさで、崩壊音は勢いを増して
なお続いている。
「では、最後に、私の要件をいいましょう…
私達の仲間になりませんか?」