毎年この季節になると、なぜが心がワクワクしてしまう。
春は出会いの季節、だからだろうか。
校門の脇に咲いているサクラの樹を見ていると、心が洗われたような、
すっきりとした気持ちになるから不思議である。
「おい、早く教室いこうぜ!席も近いといいのにな!」
と、リョーマが叫ぶ。
見ると、リョーマとさえちゃんはすでに教室へ向かって歩き出していた。
一般的には新学年のクラスの最初の席順は、アルファベット、もしくは
50音順に並んでいるが、この私立若紫学園においては、成績順に
席が配置されるシステムになっているのである。
つまり、席替えによる淡いドキドキ感や、楽しみといったものは全くなく、
学歴社会というこの日本をまさに反映したかのような、成績による
ヒエラルキーのみがそこには存在している。
だが、救いなのは、学園のみんながそれについてあまり頓着していない、
ということである。
ここが進学校であったならそうはいかなかったであろうが。
話を戻すと、そんなシステムのせいで、自分がどこの席に着くかは
まったくもって予想できないのである。
ちなみに、俺の成績は学年において中の上くらい、リョーマが中の下、
さえちゃんが上の中くらいである。(2008年度オレ調べ)
運がよければ俺とリョーマは席が近くなれるかもしれないが、
さえちゃんとは残念ながら、なれそうもない。
今後の努力次第、といったところか。
3階にある2年2組の教室に戻ると、黒板に座席表が貼られていた。
その周りには予想していた通り、人だかりができていた。
「えー、オレ一番後ろかよ」「ラッキー隣同士だね!」といった
悲喜こもごもの声が飛び交っている。
「オレらも見に行くか?」リョーマが問いかけてくる。
「いや、もう少し後でいいんじゃないか?まだ時間はあるだろ」
教室の前方にかけられている時計をみると、
8時5分をちょっと過ぎたくらいだった。
「ブンケイ、リョーマ君、ごめん、友達が呼んでるから、ちょっと私行くね」
携帯をブレザーのポケットになおしながら、そう言ってさえちゃんは、
5組の方へと駆けていった。
さえちゃんは友達の数も多く、先生からも厚い信頼を寄せられている、いわゆる優等生。
俺達みたいな冴えない男子高校生なんかと一緒になってつるんでくれるのは、
ひとえに彼女のやさしさなのである。本当にいい子だ。
「おい、あれ見ろよ。」
―さえちゃんのやさしさに感謝の祈りを捧げていた俺は、
リョーマの声によって中断せざるを得なくなった。
「なんだよ。人がせっかく…」
「いいから!教室の一番後ろの奥の席を見てみろよ。あんな奴2年にいたか?」
言われた方角を見ると、そこには袴のような、羽衣のような、
一言では形容しがたい、着衣を身に纏った美しい人物がいた。
人物と評したのは、一見しただけでは、男か女か分からなかったからだ。
綺麗な黒髪を後ろで一つに結び、惚けたような表情で頬杖をつきながら
窓からグラウンドの方を見ている。
「いや…。見たことないな。というか、そもそも制服すら着ていないのに、
なぜ教室にいるんだ?」
「だろ?それに、おかしいのは、クラスの連中が誰一人として
騒いでないことなんだよ。まるであいつのことが見えてないみたいに…」
確かに、そこが最も違和感を感じたところだった。
制服も着ていない、服装もおかしい、顔も見たことない、
そんな人物が自分の教室に入ってきたら、否が応でも気づくだろうし、
興味をひかれるはずである。
「どうしたの?二人とも真剣な顔しちゃって」
どうやら、友達(?)との所用も済んだらしく、さえちゃんが戻ってきた。
オレ達が真剣な顔で睨んでいた理由を説明するため、例の席を指差す。
「さえちゃんはあいつのことどう思う?明らかにおかしいだろ?」
「え?あいつって?」
「ほら!教室の一番奥の後ろの席の!」
「…何もないじゃない。あ、二人して私をからかってるんでしょー?!
エイプリルフールはもう済んだ…」
俺とリョーマは自然と目を合わせていた。
何が言いたいのかはお互い分かっている。
さえちゃんは嘘をついたりするのが苦手な素直な娘である。
しかも長年一緒に居たので嘘をついている時はだいたい分かる。
今は嘘をついていない。
つまり、あの謎の人物が見えていないということになる。
クラスの連中の反応が皆無に等しいのも、さえちゃんと同じ理由だとしたら…。
「…おい、ブンケイ…マジかよ?」
「…でも、それしか理由が見当たらないぞ…」
こうして、俺達の物語は、奇妙な形で幕開けとなった―