靴下を編みました。
靴下は三度目のトライ。
三度目にして初めて完成させました。

が…、4本針で編む内にどうしても針の境目が緩んでしまうのは改善させられず…。
かなりきつく引いて編んでもダメでした。
皆さんどうされているんだろう…。
やっぱり輪針かしら。

アイロンくらいでは均一になりそうにないから、一度洗って仕上げてみよう…。


これは彼からのリクエストで、ルームソックスとして使うから派手でもよいとのこと。
opalの2101番を使いました。
面白い段染めで、メリヤスを編むだけでこの柄。


編み上げて少し自信がつきましたので、色違いで自分用も編もう!
万作を観る会をとうとう拝見しました。
そして、同時に能楽堂デビュー。

なにもかもが楽しみで、一週間前からその事を思うと吐きそうで。(失礼。でも本当。)
特に今回は楢山節考を観られるということで、確実に泣くとは思うけれどどれほど揺さぶられてしまうか…緊張のようなものを感じていたのでした。


国立能楽堂は上品で気持ちの良い空間でした。
観客の皆さんが大勢いらしていても、皆さんの声のトーンや雰囲気が落ち着いていて居心地良い大人空間。
素敵な方が沢山いらっしゃいました。

何だか自分以外は全員通に見えてしまうのですが、初心者の素な心で拝見しようと着席。
今回も有り難いことに正面二列目という良席。
椎間板ヘルニアのため背筋をピンと伸ばしていなくては痛みますから、私、座高が高かったかも知れません…。
後ろの方、見えづらかったとしたらごめんなさいと思いながら、いずれにしても最初から最後まで背筋の伸びる素晴らしい舞台でした。
全身全霊を傾けて見せて下さるものは、こちらも全身全霊を傾けて受け止めたい。いや、自然とそうなります。


まずは奈須与市語。
夏に拝見した狂言研鑽会で、安定感というか安心感のある舞台を見せて下さった中村修一さんの披きです。
始まった途端、涙腺ゆるむ私…。
なぜ。
厳粛な雰囲気かつ思っていたより声の通る能楽堂の舞台で、清々しい奈須与市語。
感無量になったためかと。

テレビで拝見した万作さんの奈須与市語は本当に波が見えるようでした。
中村修一さんの奈須与市語は、私自身がいっぱいいっぱいだったためもあるかと思いますが、波が見えるようではありませんでした。
が、中村修一さんの気迫が与市の気迫そのままのように感じられてとてもリアルでした。


次は棒縛。
映像では観ていたけれど、舞台では初めて拝見しました。
もう抱腹絶倒。
もうやめて、ヘルニアに響く!というくらい笑えました。
なんだか、最初に橋掛かりを渡られる時から萬斎さんの表情が飄々としているようで可笑しかったのです…。もう既に、棒を振り回すお調子者の太郎冠者になりきっておられるのかと思いました。
黄色の装束、次郎冠者・野村遼太さんの天真爛漫な雰囲気、萬斎さんの動きや表情の上手さで、底抜けに明るい棒縛でした。
酒蔵の中を見渡すところなど、萬斎さんは酒樽がそこかしこにありそうな頭の動きでさすがでした。
また、謡が物凄く良かったです。
気持ち良かった。
実は私は良い声というのがどういうものかよく分からなかったのですが、今回はよくよく分かりました。
ほぅ~、良い、凄く良い。

終わってすぐにもう一度観たくなったくらい、見所聴き所たっぷりの舞台でした。



休憩を挟んで楢山節考。
幕から登場された瞬間から老婆おりんにしか見えず、万作さんの部分を探そうとしてしまいましたが、無い。
どう見ても老婆。
でありながら、手の動きや足取りの美しいことといったら。
これが型の美しさなのか…。
でも、「型をやっている」「おりんを演じている」と感じられる部分が一切ないので、ただただ、美しいおりんに釘付けになる。

いかん、あの美しさを思い出してまた泣きそう。


そして…、おりんの生に執着しないところが私の母と重なり、涙がポロポロこぼれました。
母の場合、父の死によって生に失望しているわけなので、自己犠牲のおりんとは全く違うのですが。
母に対しては、どうしたら先行きを幸せに感じてくれるだろうかと考えてしまいます。辰平が、雪に救いを求めたように。

美しい雪や童歌がおりんを包んだ時には、もう危うく嗚咽しそうで、腕組みして爪を腕に立てて堪えました。

は~…。

辰平は深田さんしかありえないという感じがしました。
絶対辰平みたいな人間的バランス感覚に長けた方なんだろうな~と勝手に思う。

萬斎さんの烏はまた烏にしか見えない。
人間があんな風に動けるものなのかと。
空気を読んでいないような、俯瞰しているような、不気味さ。
最後、橋掛かりを行くおりんを見つめる烏も印象的でした。


笑いで幸せにしてくれる狂言の世界が大好きですが、そこから深さと美しさを抽出したような楢山節考は…言葉が見つからない。
万作さんに感謝。
ワークショップ「学んでみよう能・狂言」

参加致しました。

昨年狂言に興味をもち能楽関連書籍を読み、今年は狂言の舞台を初鑑賞し、ハマって何度か拝見しました。

来月12月には、つくば能楽公演で能を初鑑賞する予定で、そこで葵上のシテをなさるのが山中一馬さん。

その山中一馬さんがワークショップをして下さるというので、そりゃ参加しますわな。


私は、興味を覚えたことを出来れば好きになりたいのですね。
そこには結構こだわるというか執着しています。
出不精で腰が重いたちだからこそかも知れません。
それで、そのために私なりに勉強、準備をするわけです。


さて、ワークショップ参加者は20~30人くらいいらしたでしょうか。
つくばという土地柄、外国人の方もわりとみえました。

山中先生は気さくで、良い意味で普通にお喋りさせて頂ける雰囲気をお持ちの方でした。

能面も沢山持ってきて下さっていて、写真も自由!でしたが、私は聴いたり見たりするのに夢中で撮りませんでした。

実際に能面をつけさせて頂いて…ビックリ!
思っていた以上に、周りが見えない!
見づらいから柱を目印にしているとは聞いていたけれど、足元が見づらいくらいかと思っていたのです。
それが、ほとんど全く見えない…。小さな穴2つから、感覚的にそれぞれ1センチ程度前が見えるな…っていう。
これで舞ったりするなんて。
狂言では結構動きが激しいけれど、面をつける役の時、あの動きをするなんて驚異です。

能ということでは、内に内に内面を掘り下げるものと聞いていますが、あの面をつけて演じていたら確かに内面に没入できるものではなかろうか。そのように思いました。


山中先生は能に誇りをお持ちで、その情熱が伝わってきました。
お話を聴いて素晴らしいものを教えて下さっているということを感じない方がいるのかしらと思うほど、情熱をもってお話下さいました。

早く観たいな、つくば能楽公演。葵上。


羽衣を謳い舞って下さいました。
狂言の舞台、能狂言の映像を観ていて感じつつありましたが、私は扇の動きが好きなようです。
ひらりひらりとした扇の動きなど、本当に美しくていつまでも観ていられるような気がします。

また、「真剣に謳いましょう」と翁の一節も謳って下さいましたが、いやー神々しいったらない。
心地よい。
どっか行っちゃいそうでした。


習いたくなりますね。
例のごとく私はご一緒する方もなく一人で参加しましたが、他の参加者の方も「凄く興味が湧いてきた。」そう仰っていました。