2週間くらい、ほっぽかしていました。
今週末は比較的時間があるので、更新するぞと決意したものの、何を書こうか決まらないので、自分の今学期の様子でも記録しておくことにします。
今学期は、自分のクラスを履修しつつ、クラスを教え、教授の研究を少し手伝い、自分の研究のデータ収集をして、あとは週に二日、フットボールチームのリハビリ・トリートメントを手伝っています。

アメリカのPh.Dプログラムは、コースワークと言って、定められた単位の講義を履修する事が卒業の一つの条件になっています。大抵の学生は最初の2年か2年半でコースワークを終えます。
自分が在籍しているKinesiologyのプログラムには、Athletic Training, Exercise physiology, Sports psychology, Motor developmentの四つの分野があります。KinesiologyのPh.D学生は下記の4分野から9単位づつ,合計36単位履修する事が決められています。

1. 自分のconcentration(本業?自分にとってのAthletic Training)
2. Athletic Training以外のKinesiologyの分野(自分はExercise physiologyを選択)
3. Kinesiology以外の学部(自分はNutrition, Human &Food Scienceという学部を選択)
4. Statistics(統計学)

自分のコースワークはほぼ終わりに近づいてきていて、今学期はNutritionの学部から、Nutrition and Chronic Diseaseというクラスを一つと、Multivariate Analysisという統計のクラスを一つ取っています。
Nutritionのクラスは、元々興味があった分野である事に加えて、今まで教授に恵まれていたことも重なって、いい勉強をさせてもらっています。an athletic trainerとして、というかa health care providerとしての幅を広げさせてもらっています。クラス内のプロジェクトでは、自分の研究テーマであるConcussionと、Omega 3 fatty acidの関連について掘り下げていこうと思っています。

統計のクラスは、週に1回のクラスだけれど、休憩を挟むものの4時間という長丁場。もともと数字に強くないのでキツイですが、統計解析への理解は深まっています。講義内で扱う例を、自分の分野に例えて考えると、色々なひらめきがあったりもします。

すでに長くなってしまったので、リハビリセッションに参加させてもらっているフットボールチームのことを少し。自分のAssistantshipは、授業を教える事から発生しているので、フットボールチームで働く義務は全く無いのですが、卒業後は現場に戻ると決めている身、時間の許す限り現場に身を置かせてもらっています。

Guidance committeeであるフットボールチームのアシスタントATからの、自分の置かれた環境と将来の方向性を踏まえた助言もあって、午後の練習ではなく、午前中のリハビリセッションに参加させてもらっています。自分のスケジュールを結構キツくしていますが、こういうチャンスを与えてくれたチームにも、自分が家を空けている間に謙信の面倒を見てくれているフィオナにも感謝しながら、経験を積ませてもらっています。

さて、そのフットボールチーム。明日はライバル校であるUniversity of Michiganを迎えてのホームゲームです。U of Mは全米ランク11位(MSUは23位)で現在無敗。去年、U of Mに最初の土を付けたのはMSU。今年も再現してほしいところです。

アメリカの大学のライバル関係というのは特別です。U of M戦の数日前から、Spartyという大学のシンボル像を24時間体制で守る人たちを見ると、毎年の事ながら、アメリカって違うな、って思います。

四分之三熟卵-sparty


今年、MSUの選手たちは,U of M戦の為だけにNikeから提供された特別なユニフォームを身に纏って戦います。実物も見ましたが、かなりカッコイイです。選手達が一斉に入場する時、スタジアムは熱狂に包まれることでしょう。
四分之三熟卵-msu pro

四分之三熟卵-msu gear

四分之三熟卵-msu


まとまりが全くありませんが、寝る時間が近づいてきたのでこの辺で打ち切りです。
(プログラムの説明を書いている時点で疲れてきたので、カッコイイ写真で誤魔化しちゃえって途中で決めました)
手軽だったので、先にFBに載せたのですが。
ダンクしました。

息子が。



最初は周囲にあるあらゆる物をダンクしていましたが、最近はボールだけです。
一緒にバスケできる日はいつかな。

積み重ねてきたもの。

自分の第二の背骨のようなもの。

自分の生き様を表現するもの。


それを失うことに勝る恐怖は、そうそう無いと思う。

 


最近、バスケの調子がすこぶる悪い。

体調不良を押してプレイした先週の試合で情けない姿を晒した後遺症か、とにかく悪い。

自分で言うのは変だけれど、まるで別人のよう。

(と、先週ここまで書きかけて保留。この1週間でちょっと上向きに)

 

自分にとってバスケはスポーツを超えた意味があって、自分のプレイの質が意味すること、その影響は、バスケの範疇を超える。

スラムダンクを読んでから、つまりはバスケを始めてから16年。

「好き」に留まっていた中学3年間を除いた13年間、ただの一度も途切れることなく持ち続け、生活に反映させてきた「上手くなりたい」という気持ち。

長距離走以外では全部平均以下だった身体能力でも、トレーニングと身体の使い方を探求して、「速い」「高く跳ぶ」と言われるようになり、大学時代のチームメイトに「酷い」と形容されたジャンプシュートは、今では自分の武器の一つ。見えなかったものが見えるようになり、感じれなかった事が感じれるようになった。

プロじゃないから生活の全てをかける事はできないけれど、この13年間自分が続けてきた事には自分なりの誇りを持っているし、積み重ね、磨き続けてきた技術と感覚は、自分だけの大切な宝物。




それだけに、今までとは違う感覚の調子の悪さは、その宝物を失いかけているんじゃないかという恐怖に自分を陥れる。

歳を重ねてきて、自分の身体能力のピークを過ぎたことには気付いている。昔と同じようにトレーニングやコンディショニングをしては、同じように身体は反応しない。自分の身体との対話で築き上げてきた感覚は繊細で、少しのズレが結果に大きく現れる。それをごまかして結果につなげる能力は、自分には備わっていない。身体と感覚は、常に同じページにいなくてはならないのに、それが出来ていない気がする。


今回の不調は、自分の内から発せられた、wake up callなんだろう。きっと。

もう一度、自分を見つめなおさないと。

宝物を守るために。

守るだけじゃない。

バスケの奥の深さには、自分が探し当てられる宝物がまだまだ潜んでいるはずだから。




No matter how much I love basketball, one day the ball will stop bouncing for me. But now is not the time yet.

世の中に不変なものなんて、殆ど無い。物質的な観点で言えば皆無。
それでも、どれだけ時間が経っても変わらないものってある。
友達は多くないけれど、古き友って呼べる人たちがいる。

友がデトロイトまで出張で来ました。
出張の最終日、空港に向かう前の時間だけだったけれど、しばしの再会を楽しみました。
彼とは高校時代に、ほんとうに多くの時間を体育館で過ごしました。
バスケの事ばかりを考えていたあの頃、まさかアメリカで再会をする事になるなんて、思いもしなかった。
あの頃は本当に狭い世界で生きていたけれど、それが今、もの凄く懐かしく輝かしくすら感じる。
そんな青春の一ページを共にした友との間に、時間なんて関係ない。
今ではお互い一児の父。
彼は働いていて自分はまだ学生という違いはあれど、バスケへの愛はそのままに、家族や仕事への責任を抱えながら、似たような事を考えながら生きている。

どれだけ時間が経っても変わらないもの。
それが絆ってものなんだろう。
勝ったり成功した時に同じくらいに、同じように喜び合えるとこと。
負けたり失敗した時に同じくらいに、同じように悔しがれること。

後者を共有した人とのやり取りで、「ああ、こういう人を仲間とか、同志っていうのだな」と、スッと心に落ちた。
前者だけを共有しても、そうはいかなかったと思う。

今週末は、一ヶ月くらい前から予定されていたバスケの試合。
コンディションもいい感じに上がってきていたのに、3日前にして風邪を引く始末。。。
当日までに、なんとかバスケができる状態まではもっていったものの、自分の中でワースト3に入る不甲斐なさ。
自分の身体がまったくコントロールできず、頭痛とひっくり返りそうな胃を堪えてフル出場したものの、足を引きずりまくり。

体調が悪いなら悪いなりにスタイルを変えればよかったのに、得点を期待されていたことに応えたいという思い、自分のマッチアップ(自分と同じ位の年で、関東一部の大学でやっていたPG)に挑みたいという衝動が抑えられず、空回りもいいところでした。
こんなに悔しいのも、情けないのも、役に立てなくて申し訳ないと思うのも、本当に久しぶり。

でも、そんな中で一つだけ嬉しかったこと。冒頭に書きました。

自分と同じスタンスで物事に取り組む人を見つけるのって、難しい。
同じくらい好きだとしても、取り組み方が違ったり。
表現方法が違ったり。
技術が違い過ぎても、ズレが生じてしまう。

だからこそ、全てがマッチしたような感覚を以ってして誰かを仲間とか、同志だって思えた事が嬉しかった。
こんな思いができたのは、いつ以来だろう。