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京都を遊びつくすブログ

京都を遊びつくすブログです。


 

奈良県の大神神社に行ってきました。

 

快晴でよかったです!

 

大神神社は、神武東征以前より纏向一帯に勢力を持った磯城彦が崇敬し、

 

代々族長によって磐座祭祀が営まれた

 

日本最古の神社の一つなんだそうです。

 

三輪山そのものを神体(神体山)とし、

 

本殿をもたず、三輪山自体を神体として仰ぎ見る

 

古神道(原始神道)の形態を残しています。


 

主祭神は大物主神です。

 

配神は、大己貴神 (おおなむちのかみ)と、

 

少彦名神 (すくなひこなのかみ)です。

 

私は個人的に、少彦名がめっちゃ好きですw

 

なんたって、大己貴神に、

 

「おまえ、ちっせぇ神だな」って言われて、

 

機嫌損ねて常世に帰るとか、

 

めっちゃかわいくないですかwwww


 

ちなみに大神神社の近くは、たくさんの摂社があるのですが、

 

私は少彦名が好きなので、

磐座神社(祭神が少彦名)だけ参ってきました。

 

磐座信仰、大事です。


このブログを書いた人

山本和華子

 

【本を出版しました】



飛騨散策の夜は神岡の地で、

素敵な方々とお酒に酔いしれました。

本当に素敵な方々ばかりで、

すっごく楽しかったです!

もうクラクラするほどの情報量が飛び交い、

非日常の、ハレの夜だなと思いました。



坂口安吾いわく、

乗鞍岳(実はここも、私は小さい頃に登ったことがあります)

の麓には、船津という場所があり、

そこを現在では「神岡町」と呼ばれるそうです。

ここは昔から有名な船着き場だったそうです。

古代、天ツ舟は神通川をさかのぼり、

舟行の限界点として適当な船津で乗り捨てた。

舟を捨てた最初の聚楽が諏訪なのではないか。

とのことです。

帰宅してから調べてみると、

諏訪氏というのは出雲の神、タケノミナカタヌシに

始まるのだそうです。

穂高、安曇、タタラ、移住の民、ここらへんのリンクを、

もう少し調べたいところです。

こんなことまで書いていいんですかねw



さて。

今までこのブログで、

「磐座信仰」の話をしたことがあるかもしれません。

磐座信仰とは、日本庭園の始まりがそれであるとも

言われますが、

神さまが岩に宿る(座す)とみなす、

したがって岩を信仰する、という風習があります。

この日、ある方から

「神岡という地は、巨大な岩盤の上にある」

というお話をお聞きしました。

「神岡」という地名が、

それに由来するんじゃないか、

とも思いましたし、

乗鞍岳の「クラ」は、磐座の「クラ」にも

通じるのではないか。

神が乗って座する。

真相はわかりませんが。



また、狩猟における「対称性」や、

翡翠の話、カミオカンデの話、

国内における獅子舞の共通点や相違点など、

一晩中、とにかく色んな話をしました。

本当に楽しかったです!!



このブログを書いた人
山本和華子

【本を出版しました】

この日、デジカメが壊れましたw

えぇ、壊れましたw

なのでこの日は、

PHSで非常に画質の悪い写真を

たくさん撮りましたw

お許しを。



両面宿儺ゆかりの地めぐり、第2弾。

両面宿儺最期の地とされる、

洞窟(丹生川町)周辺に行ってきました。

その洞窟はですね、

えぇ、

行くと祟りで体調が悪くなるそうで、

坂口安吾も体調がすこぶる悪くなったそうで、

私は行きませんでしたw

遠目で写真は撮影しましたけど。

私は幸い、体調は悪くはなりませんでしたが、

しかしですね、ここ最近の倦怠感の凄まじさは

ちょっと言葉で表現しずらいですね。

ここ最近、ずっとカフェインやらレッドブルやら

メガシャキやら、リポビタンDやら、

そんなんばっかり飲んでます。

マジで。

倦怠感というか、すごく身体が重たい。

疲れがたまっているか、

何なんでしょうねーwwww



さて。

その洞窟は、

飛騨の大鍾乳洞のすぐそばにあります。

結構山の中までバスに揺られて移動したので、

ついでに鍾乳洞も見てきましたw

冬の時期は氷の峡谷も見られるので、

それは写真も撮ってきました。




実は小さいとき、家族でここを訪れた事があるんです。

そのときに観た鍾乳洞を、よく覚えています。

ちょっと余談になるのですが、ここ数か月、

その映像記憶がよく思い出されていました。

でも、

「これはもしかしたら幻の記憶かもしれない」って

ずっと思っていました。

というか、

「この小さいときに観たこの風景は、

 いったいどこなんだろう」って

脳裡で動画が自動再生されながらずっと考えていました。

しかも映像の中で幼児の私は、お父さんと手を繋いで、

「ここにもお地蔵さんがいるー!」

「あそこにもお地蔵さんがいるー!」

って指さして叫んで楽しんでいるんですよ。

薄暗い洞窟の中で、お地蔵さんばかりが並べられている

場所なんてあるのか?

やっぱり幻の記憶なんじゃないか?

と思っていました。

映像記憶が脳裡に自動再生された頃から、

両面宿儺のことを調べ始め、

飛騨に行くこととなった。

ほんで、鍾乳洞を見るわけです。

ここやんwwwwっていう。

母に確認したら、やはりそうだと。

シンクロニシティにもほどがあるだろうと、

驚くばかりです。

しかも小さい時の私は、鍾乳洞の文様を、

お地蔵さんだと勘違いしていたらしい。

改めてみると、お地蔵さんに見えなくもない。



鍾乳洞を見た後に、

両面宿儺の地蔵(それはまさしく地蔵です)を

お参りしました。

それが一枚目の写真です。

両面宿儺は、○○と同一人物だ、という説や、

●●と同一人物だ、という説など諸説ありますが、

もし興味があれば、

ご自身でお調べくださいませ。





そして最後のこの二つの写真が、

噂の洞窟への入り口です・・・!

冬季のため、超危ないとのことで

立ち入り禁止でした。

まるでエヴァンゲリオンQに出てくる

風景のようでした。

このブログを書いた人
山本和華子

【本を出版しました】
両面宿儺ゆかりの地めぐり、第一弾。

飛騨は千光寺に行ってきました。



山の上にありました、そのお寺。

タクシーの中では

ずっと運転手の方と喋りしていました。

お寺や飛騨の歴史の話でとても盛り上がったので、

運転手さんからは、

「喋る尼さんになれば面白そう」

と仰っていただきましたw

私はどちらかというと、

ポスト白洲正子の座を狙ってますw

さて。



つきました、千光寺。

私を車からおろすと運転手さんが、

「帰り大丈夫?」と心配してくださいました。

しかし私は、自分の足で下山したかったので、

「大丈夫でーす」と手を振り、去りました。

山の上は、とても寒かったです。

鹿おどしも凍ってましたし、

竹林にも雪が積もっていました。



千光寺は、飛騨にある高野山真言宗のお寺です。

このお寺には、円空さんの手による両面宿儺像があると聞いて、

行って参りました。

しかーし。

こんな冬にまさかお尋ね者がくるなんて住職さんも

思ってなかったのかもしれません。

どの建物にも、鍵がかかっていましたw

なので、残念ながら、両面宿儺像は

みれませんでした・・・。





あぁ、この建物の中に、両面宿儺がいるのね・・・

と思うと、感慨無量でした。



また、タクシーに乗って登山中、

運転手さんが、

「この五本杉はねえ、国定天然記念物で、

 帰りに絶対見た方がいいですよ」

と教えてくださったので、帰りに、見てきました。

近くまで寄りたかったのですが、

五本杉に近づくと、

ビュオワァァァァァァァと

すんごい風が吹きすさんで、

めっちゃ怖くなって、写真を撮るのも忘れて、

風が通り過ぎるのを、

目をつぶって必死に手を合わせながら待ちました。

いやはや、こわかった。

このブログを書いた人
山本和華子

【本を出版しました】
ここで、私と両面宿儺の出会いについて

書きたいと思います。



私と両面宿儺の出会いは、昨年の年末でした。

ホントに、ほんの1ヵ月前。

ツイッターを今読み返していますが、

奈良の春日大社の摂社、若宮神社で行われる

「春日若宮おん祭」という大きなお祭りに

行った翌日に、私の心境が何やら大きく変容していました。

ちなみにその春日大社というのは、

藤原不比等などを輩出した、藤原氏ゆかりの神社です。

そう、私のツイートにおいて、

「両面宿儺」という言葉が出てきたのが、

ちょうど、春日若宮おん祭から帰ってきた翌日でした。



恐ろしいほどの、偶然。

いや、違う。

恐ろしいほどの、必然。



元々私は、「森見登美彦と坂口安吾の節回しは似ている」って

ずっと思っていて、

ただ単純に、二人のその節回しを楽しんでいました。

しかし、色々調べてみると面白いものですね。

森見登美彦というハンドルネームの由来が、

ナガスネヒコという神の名前であることを知ったり。

そのナガスネヒコの人生が、両面宿儺の人生と

よく似ていたり。



おん祭から帰宅した翌日に私は、

坂口安吾が飛騨を遍在し、

古代史について書いた長い文章に出会いました。

その名も、

「安吾の新日本地理 飛騨・高山の抹殺」

というものです。

なんでこの文章に出会ったんでしょう。

不思議なものです。


その数日後、

偶然、これまた飛騨の古代史に詳しいお姉さんと

出会うわけです。

貫徹し、二人で古代史について語りまくりました。

そして、その女性にいざなわれ、

私は飛騨へ赴いたわけです。



ただしまだその頃は、

「飛騨が天孫降臨の場所という説がある」

「稗田阿礼が飛騨出身だという説がある」

「ということは飛騨は、藤原氏と近しい?」

という認識しかありませんでした。

しかし、実際に行ってみると、

全く違う真実が隠されていました。

このブログを書いた人
山本和華子

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