その16・チェーサム所在の分会の秋の旅行(10月9日)
以前暮らしていた板橋支部の上町分会の秋の旅行に誘われた。引っ越しして一〇年余り経つが、旅行会と忘年会には参加するようにしている。
上町分会は東京チェーサムを抱えている。裵分会長は学校から十数メートルの近くで焼き肉店を営んでいる。子や孫が通わなくなってからも、夜会やバザーには必ず参加し、登下校する児童を暖かく見守っている。それだけに一時、「校舎の移転」が取りざたされたときは、誰よりも寂しい思いをした人たちである。
旅行会には二年ぶりの参加、裵分会長夫妻は、「イルトンム元気だった…今日は一人、スッチャさんも来ればよかったのに…」と、温かく迎えてくれた。
はとバスの観光ツアーに分乗し、茨城県のひたち海浜公園、コスモスとコキアを見て、寿司と梨の食べ放題、明太の加工工場を見学するという、欲張りなコースだ。
バス後方に一四人が陣取り、走り出すなりおにぎりとおつまみが渡され、ビールで乾杯、少し経つと女性同盟の分会長が淹れてきたコーヒーが…いつもと変わらない。
休憩所に着くと、誰もがトイレに向かう。分会の同胞は皆一緒に歳をとっているようだ。

食べ放題の寿司だというので、シャリが多めかと思ったが、ネタが大きい。前のテーブルの女性たちは連続して大トロを注文、赤貝や粒貝は噛み応えがあり、カニ汁も美味しかった。有名店なのか、二〇~三〇人が列をなしていた。
満腹になり、バスに戻ると支部の姜委員長が茶封筒を一人ずつに渡していた。商工会の税金セミナーの案内文と、東京チェーサムの新校舎建設の案内冊子が入っていた。
隣に座った委員長は、冊子を見ながら私に丁重に説明してくれた。何日か前、康校長から冊子を受け取りながら、いくつか聞きたいことがあったが、委員長の話ですっきりした。

売却した運動場の代わりに屋上にできる夜間照明付きの人工芝のフットサルコートは、現状の運動場と広さはほぼ同じだということ、平面図では各教室に二〇の机が並べられているが、二四~二五人の児童の受け入れが可能だということ、各教室には児童がたむろすることが出来るコーナが設けられているということ、一階の児童広場となっているところは屋根付きで、恒例になっている校庭でのアボジ会のチャリティー焼肉を催すことが出来るスペースになっていること、将来的には幼稚班の併設も構想しているようだ。
一方、屋上のフットサル場の外部貸し出しの管理や多目的ホールを含む校舎の冷暖房の電源を電気にするかガスにするか、討議中とのことだ。
建設冊子の表紙の男女児童がチェーサムの子どもたちでないということを聞いて、少し寂しかった。肖像権やらクリヤーしなければならないことがあるならば、せめてチェーサムのキャラクターであるチェサミとミレか、それにチェーサムを支えてきた人々を加えたた「チェサミミレファミリー」でもよかったのではないかと。

朝八時半に出発し、到着は一九時予定となっていたが、渋滞に巻き込まれることもなく、五時半過ぎには出発地の池袋に着いた。
バスを降りる同胞に裵分会長が、「委員長の大切な話があるからバスの前に集合!」。

分会長を中心に輪ができる。姜委員長は、税金セミナーへの参加を促すと思ったら、「今、校舎の解体が始まりました。新しい校舎が建ちます。建設委員会ができ、支部の建設実行委員会も…どんなことがあってもそん色のない新校舎を…」と、新校舎建設について話し始めた。「…今日もこれから商工人を訪ねて行きます…分会長にも相談に伺います。新校舎建設は東京チェーサムと板橋同胞社会の未来でもあります」と。ここで分会の同胞に協力を求める言葉か思ったら、「皆さんにはじっくり説明をしに…私、支部委員長が先頭を切って頑張ります」の決意表明に、拍手がわいた。
東京チェーサムを抱える支部委員長の新校舎建設に賭ける気迫と、それを支えて行こうとする地元同胞の暖かい思いを感じ取ることが出来た、とても有意義な旅行だった。
*加筆して11月刊行の『朝鮮学校のある風景』52号に掲載します。