【7月24日・火曜日】
渋滞にはまることもなく、予定より早く東京に戻った。学校から少し離れたバス通りで解散、何人かの保護者たちが自転車で迎えに来ていた。
「日焼けは…」、「虫に刺されなかった…」、そして「夕飯は何食べたい?」。
矢継ぎ早に質問が飛んでいた。
キャンプの「反省会」、といっても何日かぶりに気兼ねなく飲んでの打ち上げに誘われたので、学校に向かう。
学童や夏季児童学校に来ている児童たちとそれを世話する地元に戻ってきた朝鮮大学生たちで、校舎はいつものようにガヤガヤ状態だ。キャンプに行かなかった、校長と低学年の先生たちは、週末に迫った夜会の準備で大わらわだったようだ。
給食室で会ったオモニたちは、「大丈夫ですかね…」と。台風の直撃を心配していた。二八日の土曜日決行か、翌日曜日に順延か、決めかねているようだ。
反省会には、留守番組の四人の先生も参加した。高学年の児童の成長ぶりを共有するとともに、夜会の準備お疲れ様も兼ねているようだ。
四日市のハッキョで教壇に立っていた男性の先生は、前任校の豪雨による校舎の被害を心配しながらも、しきりに「行きたかった」、「行きたかった」を連発していた。
まずは、事故のない無事帰京に、乾杯。誰とはなく感想を述べたり、エピソードを語ったり、聞き返したり、和気あいあいの雰囲気はとてもよかった。
キャンプ場でもそうだった。大方の分担は出来ていたが、皆が機転を利かせ、その時々臨機応変に対応していた。
顔を合わすと、何々トンムがと、児童の話だ。児童たちに少しでも快適なキャンプ生活を、思い出作りを、と苦心する先生たちに頭が下がった。
つかみ取りしたニジマスの腸をとり、串にさし、それを網の上で焼き始めた時である。ひっくり返そうとすると、魚の身が網にくっついて離れない。それを見ていた先生はアルミホイルで魚を包みみだす、それで形を崩さず、児童たちはよく焼けた魚を食することができた。一人で眠れない児童には寝るまで添い寝、先生が先に寝入ってしまったとの指摘もあったが…。
バンガローに巣をつくった蜂を撃退した話、水洗トイレとぽっとん便所があったが、なぜか、水洗トイレの方に虫が出て、多くの児童が悪臭漂うぽっとん便所に。今どきの子どもは虫が本当に苦手のようだ。泳げないのに浮き輪を頼りに深みに挑戦しようとする児童、缶切りで初めて缶詰を開けられて得意がる児童、ジャガイモとタマネギを切るのに…。
先生たちは児童の一挙一動をよく見ていると感心した。

二五人の児童に対して、各学年の担任三人と、「阿佐ヶ谷朝鮮学校サランの会」からの「助っ人」二人。五対一はいいにしても、女子児童二〇人に対して、女子教師一人では負担が大きい、来年はどうにか改善を、との話も出た。
この場で終始、男子教師に突っ込んでいたのが、その女子教師だ。
「…そんな誰でもいえる感想、話したではなく…先生が…」
だいぶ飲んでいる。酔ってはいないようだ。飲みながら食べながらも突っこむところはしっかり突っこむ。
そんな話を聞いていたサッカー少年といつも運動場を走り回っている顔なじみの店主は、「いいね…なんかあったら相談して…いつでも一肌脱ぐから…遠慮なく…」と。先生たちがとても頼もしく見え、児童を思いやる気持ちに胸打たれたのだろう。
キャンプの最終日、全員で「校長先生、誕生日おめでとう」の動画の撮影をした。リハーサルを繰り返し、教務主任がメールで送ったのだが、それが届いたのか、聞くのを忘れた。

互いに思いやる気持ちの大切さを実感した「反省会」であった。
児童たちと四回ほど一緒に「人民保健体操」をしたが、アップテンポについていけなかった。来年も同行するなら、気力だけではなく、体力アップにも励まなければだめだと思った。
*キャンプの様子と、一緒に9月下旬に刊行する『朝鮮学校のある風景』51号に載せます。