【7月10日・火曜日】
昼食は冷麺。女子大生がカウンターの前に立っていた。蕎麦アレルギーで、別メニューを待っているとのことだ。冷麺にライス? と思いながらも学生たちにつられて丼にご飯をよそった。カクテキのシャキシャキした食感がいい、冷麺ライスを完食した。

図書館に行く前に、高宝藍さんの個展が催されている美術室に寄る。売店の前の仮設販売所に二、三人が並んでいた。自販機前のテーブルには、かき氷を持った女子学生が、少し離れた大木で日陰の喫煙所ではかき氷片手の男子学生がたむろしていた。 研究棟や図書館には冷房が入っているが、寄宿舎にはない。通り過ぎる女子学生に「暑いでしょ」と声をかけると、「各自、扇風機で…」との声が戻ってきた。

個展は、最近、広い運動場が宅地になってしまった、彼女の母校がモチーフだ。宝藍さんの話を聞きたかったが、『風景』50号の締め切りが迫っている。是非とも確認しなくてはならない資料がある。急ぎ図書館に向かう。古雑誌と古新聞を何枚かコピーして、デジタル化された一九四〇年代五〇年代の「解放新聞」を開く。全国共通の中高の三ペンバッジの由来は、東京中高の同窓会誌で詳しく紹介されているが、初級学校の徽章についての記述を見たことがない。
制定された年月も経緯も分からない。全国共通なのかもだ。「朝連の初等学院になったころには…」、とか「初級学校になった後でしょ」、「総連結成後では…」とか、前々から史料で確認しなくてはと、古新聞と「格闘」してきた。
コピーを取りに来た宝藍さんと二言三言言葉を交わし、シンガポールから来たという朝高出身の研究者に話しかけられ…。
「あった!」。思わず叫んでいた。
「朝連小学校帽票」―一段記事だ。教同(在日朝鮮人教育者同盟)が懸賞募集をし、四九編の中から決めたとのことだ。当選者は千葉県稲毛町在住の洪元さんで、当選賞金は三千円とのこと。翌号に帽票だけではなく、バッジも作られることになり、サイズ、色などが記されていたが、当選者の喜びの声は探せなかった。

モニターの写真を撮り、新聞はコピーして持ち帰った。
この日の思いがけない「収穫」はもう一つ。大阪中西小学校(注・後の東大阪第三、現在の生野初級)の校庭で催された4・24教育闘争七周年記念大会に、金太一少年の母親が故人の肖像をもって参加したという記事だ。(別項の「4・24記念特集に収録)
こうした思いがけない「発掘」、「出会い」があるから、何となくの資料あさりをやめられない。
しばらくして個展をのぞきに行ったが、作者の姿はない。いくつかの作品を写真に収めた。

「強く、儚い」。私が考える民族教育を一言で表した。…たくさんの同胞や理解ある日本の方々に支えられ、今日まで七〇年以上も繋いできた、在日朝鮮人の「強い」民族教育だが、昔と変わらず、今もなお苦しい環境に置かれ、一触即発で崩れてしまいそうな「儚い」もの。作者の母校の姿がみるみる変わるある出来事をきっかけに、激動する時代と歴史のなか、今はなき学校の姿を思い浮かべながら、「今ある大事な」「強く儚い」ものと私たちはどう向き合うべきかをかんがえる。
会場の正面に小さな字で記されていた、展示会のコンセプトだ。
この何年間、何度となく彼女の母校を訪れているので、「優しすぎる」、その作品を前にすると、強さともに、彼女が言おうとする、「むなしさ」もまた迫ってくるようだ。
夜になって、今度またゆっくりお話をとのメッセージが届いた。
猛暑の朝大でのいくつかの出会い、『風景』の可能性は広まるばかりだ。
*加筆して7月に刊行する『朝鮮学校のある風景』50号に掲載します。