【12月28日・木曜日】
会場が初めての所だったので、少し早めにと思ったら、開演一時間前に着いてしまった。外は寒い。うろうろしていると、演目のプログラムを整理していた女性が「チャルオショツスムニダ」と、ロビーに入れてくれた。
会場からはリハーサルの音がもれてきた。ロビーも広いが、会場も広い。一階だけでも千名以上が座れそうだ。。一〇月に開館したばかりで真新しい。舞台も広い。リハーサルを終えてきた生徒の一言は「キブンチョッタ(気持ちいい)」、「自分が奏でる音が分かる」と。スンナ生徒の姿を見る先生もまたうれしそうだった。
プログラムは、吹奏楽部、民族管弦楽部、合同ステージの三部構成だ。
全日本吹奏楽コンクール課題曲や、聴きなれた「美女と野獣」、アニメの挿入歌をアレンジした曲などが朝鮮の曲と共に奏でられた。
二人の司会者が出演者にインタビュー、会場の雰囲気を和らげようとするのだが、すべりまくり、逆にそのぎこちなさがよかった。高校三年生と言っていた。
二つの部の主将はしっかりと応えていた。
「私たちにしかできない演奏を…音楽の世界に入り込むことができるよう…」(吹奏楽部)
「新入部員ゼロからの出発…私が主将というより、同級生四人と一緒に五人が主将ということで…」(民族管弦楽部)
両主将とも、両親への感謝と後輩へのねぎらいの言葉を忘れなかった。
ゲスト出演者の一言にも大きな拍手が送られた。
「高三が一人もいないという中でも対外公演も…異国の地で朝鮮の舞踊にふれてもらうことによって…」(高級部舞踊部)、「演奏を楽しめるよう…後輩たちに手を差し伸べ…」(川崎初級吹奏楽部)、「中高級部の先輩たちと一緒にできて…」(南武初級)。
西東京第二初中からは三人の生徒が演奏に加わった。昨年(二〇一六年)、中級部が再スタートし、吹奏楽部が創部されたのは今年だ。

「今までうたうことしか…初めてクラリネットを…」
司会の「なぜ、三人ともクラリネットなのですか」との問いに、「指導の先生がクラリネット専門なので…」とのあまりに率直な答えに場内は笑いの渦だ。新年三月には部活の発表会を予定しており、四月には新入部員をと、やる気満々だ。
会場から「頑張れ!」の声が。

演奏が終わるごとに拍手。超満員の席からの万雷の拍手とはいかない。空席の方が多い。孫や娘息子の雄姿に釘付けになる祖父母、父母がいて、前列を陣取り、スマホで撮り続ける母親がいて、むずかる幼児をあやしながら舞台から目を離さない若い女性がいる。卒業生もいたようだ。同級生、先輩を応援に来たジャージ姿の生徒たちもいる。彼らの熱い気持ちがひしひしと伝わってきた、ホットな空間だった。
OB、OGと一緒に奏でるフィナーレの曲が始まると、思わず、歌詞を口ずさんでいた。朝大に入学した年、共和国創建二〇周年の記念公演・大音楽舞踊叙事詩の合唱団でうたった曲だ。
……
이 노래 억눌렸던자 용사로 키워(この歌は抑圧された者を勇者に育て)
언제나 승리에로 고무해 주네(いつも勝利へと鼓舞してくれる)
……
우리들은 심장으로 높이 부르네(私たちは心から高らかに歌う)
四九年も前のことだが、なぜか、この歌詞だけは覚えている。
神奈川中高の演奏会は今回で一八回になるが、毎回、フィナーレはこの曲とのことだ。
アンコール曲は「豊年が来た」。この曲もまた、長らく奏でられてきた。朝鮮が凶作続きの「苦難の行軍」を強いられた時期にも様々な思いを抱きながらも、歌い、踊られていた曲だ。

閉幕が告げられると、一〇数人の生徒が何やらを掲げて舞台脇に出てきた。「クムフィ」、「エヒャン」、「リファ」…、どうやら卒業生の名前が書かれているようだ。
演奏会は、途中二度の休憩を挟み、二時間半余りつづいた。今年最後の『風景』にふさわしいひと時でもあった。
加筆して、一月下旬に刊行する『朝鮮学校のある風景』47号に掲載します。