心地よかった東京中高の公開授業
【11月18、19日】
公開授業は、日本のマスコミ関係者も来ていた。「…朝鮮学校を取り巻く状況が厳しい中、日本の皆様方に…教育内容、生徒たちの姿を…」(案内)との趣旨だ。
二日目は、都教組教員による授業、芸術発表会もあり、初日、保護者の姿は少なかった。
限られた時間、中級部と高一年の教室をのぞくことは出来なかった。ビデオを回す日本のテレビ局の男性と笑顔でのやり取りをする女子生徒、記者の質問に答える保護者がいたが、授業時間中に机に伏せたままの男子生徒でいて、休み時間パンを頬張る女子生徒もいる。公開授業の緊張感は全く感じられなかった。
この日、目にしたベストスリー。

第一は、廊下の柱、壁に貼り出されたウリマル・朝鮮語を使いましょう乃ポターだ。「言葉即ち民族」、「先代の魂、私たちが守ってこそ、意味がある」というスタンダードのものから、「朝高生からウリマルをとったら何が残る」とか、「どうだ、一回使ってみようか、私たちの言葉」など、「挑発型」、「勧誘型」まで様々だ。
「トンムはなぜ、ウリマルが大切だと思いますか」とのポスター、答えが三つ、小さな文字でびっしり書かれていた。高三の教室の前の廊下だ。
「…日本で暮らしているが…」、「…ウリマルを愛しているから…」、「…先代が命をとして守ってくれた…」。
彼らなりに理由付けしている。

もう一つは、高二の移動図書館だ。コピー用紙が入っていたボール紙の箱に本がびっしり詰まっていた。「新しく購入した本」のリストも貼り出されている。
「コーヒーが冷めないうちに」とか、「犬のキモチがわかる本」、「嫌われる勇気」、「一四歳からの哲学」。ハリーポッターに、「ドラゴン桜公式副読本」など、どちらかというと、肩の凝らない読み物だ。

高三の教室の前の廊下には、「無償化裁判」「不当判決に屈しない」とのポスターが貼られていたが、二階には、「私たちは必ず勝利します」「朝鮮学校にも学ぶ権利」と、ソウルの市民団体から贈られてきた大きな横断幕が目についた。
この日、聞いてすっきりした言葉、それは「それがどうかしましたか」だ。
高三の教室の廊下に楽譜がいくつも貼り出されていた。
ハングルを少しわかる日本の参観者が女子高生に、「…『信念』とか、『前進』とか、勇ましい言葉が…これは北朝鮮の…」。女子高生が発した一言が「それが…」である。廊下で肖像画について問われた保護者もまた、「それが…わかって送っています」である。説明する必要があるのだろうが、「それがどうかしましたか」もまた自らの気持ちをあらわした明確な答えなのかもしれない。とても小気味がいい、心地よかった。(この項、金日宇)

◇
東京中高の公開授業二日目にお邪魔した。
二時間目、中級部三年一班では理科で「エネルギー」の授業が行われていた。先生の元気な声が教室に響き渡る。五キロの物体が三メートル下に移動するのに必要なエネルギーが150ジュール。では同じ五キロの物体をなだらかな坂道をたどって三キロ下に下ろすためのエネルギーは?解けた生徒が手を挙げると先生が確認に行く。「坂の角度は?」という予想通りの質問が飛ぶ。「何度でも同じです」との先生の答えにヒントをえて次々と正解。「わからないトンムはいますか?」という問いかけに手を挙げた生徒のもとに先生が歩み寄って、説明する。説明を聞いた生徒がうなずく。一クラス二〇数人、目が行き届いている。
高級部では日本の学校の先生たちが授業をしていた。二年三班では都立高の英語の先生が、地震や津波、ハリケーンの自然災害にあった世界各地の被災地にボランティアで駆け付け、段ボールや新聞、雑誌などの古紙で作った紙管で、住宅や建物を再建している建築家・坂茂を紹介していた。すべて英語だったが、最後の締めは日本語だった。「人と会ってコミュニケーションをとることが大切。英語はそのためにかなり有効なツールだ。ぜひ活用してほしい」ということだった。
授業の後、先生に感想を聞いてみた。「生徒たちが明るくて、素直で楽しかった」とほめる言葉が続いた後に「正直言っていいですか?」という断りが入り、「教室の前の写真には驚きました。聞いてはいたんですが、良いとか、悪いとかいうことではなくて…」と。そして「税金は出しているのに、私たちには見返りがないという話を聞きました。それはおかしいと思いました」と、高校無償化制度の適用の話だ。これからもチャンスがあればまた授業したいとのことだった。若い女性の先生の素直な感性がありがたかった。
生徒たちに日本の先生の授業について感想を聞いてみた。「宮沢賢治がどんな人だったのかについて学んだ。彼の作品を授業で学んだことがあるが、作家の人となりについて学ぶのは面白かった」など肯定的な答えが返ってきた。
朝鮮学校の先生の感想は「普段もこんなに授業態度が良ければいいのに…」とのことだった。生徒たちもちょっと緊張して日本の先生に接しているようだ。
授業の後、中央芸術共演に出演した芸術クラブの発表会が行われた。民族器楽や吹奏楽、女性重唱や舞踊、どれもハイレベルで、見ごたえがあった。続いて、朝鮮学校と日本の学校の先生の交流会が行われたようだが、私はここで退散した。
同校での日本の先生たちの授業は二月(朝鮮学校と日本の学校の先生たちの交流の一環)以来、今回が二回目。互いにほんの少し緊張しながら、でも本音で向き合おうとする、そんな空気が心地よかった。(この項、金淑子)