東京朝高18期、13回目の同窓会 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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1111日・土曜日】
 一三回目の同窓会が、新宿の焼き肉店で開かれた。前回、三年前の参加者は八二人、今回参加希望者は百人前後、急遽、各テーブルに一つずつ椅子を増やしての対応だ。
 在学当時、朝高は茨城にはあったが、東北や北海道にはなかった。今は栃木や群馬から東京に通う生徒もいるが、、当時は交通便が悪く、寮生や下宿生も多かった。それに、大阪や愛知朝高からの転校生もいた。
 「歩けるうちに…」と、娘に促されされ広島から来た女性がいた。北海道からも師範科だった男性が来た。席は定まっていない。大半は卒業班別か出身校別に座っていた。勉強ができ、班や支部の役職に付いていたニョドンムたちは遠慮気味に隅のテーブルを囲んでいた。「怖かった」、「派手だった」、「目立った」トンムたちは、男女ともメインテーブル近くを占めていた。
 まずは、校歌の合唱。卒業して来年で半世紀になるが、「青春時代」に連なる校歌は忘れていない、忘れられないようだ。遠方組を含め何人かが自己紹介を兼ね一言、「有名人」の崔洋一監督が紹介される。編入班で写真部だった。同窓会に参加するのは十数年ぶりだ。
 …あの時、俺のルーツは東京朝高だといったが、今でもそれは変わらない。誇りに思っている。生き抜いてやる…。

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 この日のメインプログラムは、今年七月の平壌での動画だ。同窓会の現況や、この十数年の同窓会の歩みを編集したものだ。この日の同窓会の動画と写真は、年末に訪朝者に託すという慎校長の言葉に大きな拍手が沸いた。
 
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これまで同窓会は三年に一度開かれてきた。古希を迎えるというので、次回は二年後の開催が決まった。
 飲んで、語って、歌って、八人の恩師を含めての宴会は、四時間余り続いた。
 歌舞伎町を経て駅に向かう道はネオンがまぶしかった。ふと、会場で料理を運んでいた二人のバイト生の姿が浮かんだ。この繁華街を通り、終電近い電車に乗り、鷹の台から自転車で大学に帰るのだろう。

*加筆して11月に歓呼刊行する『朝鮮学校のある風景』46号に掲載します。