【8月12日・土曜日】
大阪朝鮮第四初級学校創立七〇周年のドキュメンタリー映画「みれいろ」(九〇分)の追加上映が行われるというので八月一二日、大阪朝鮮会館一階ロビーを訪ねた。

自身も子どもたち二人も第四初級を卒業した申麗順さんが監督を務め、同胞たちや許将志支部組織部長ら七人で作った手作り感満載のドキュメンタリー。学校を守ってきた一世や、去年子ども二人を幼稚班と初級部に入学させた日本の学校出身の両親、初級部に子どもを送る日本人のアボジのインタビューと今の学校の様子から、七十年の歴史の歴史を振り返り、ウリハッキョの未来を考えさせる。最後には会場から拍手が起こった。プロの作品とは違うたどたどしさの合間から、地元で育ってきた同胞ならではの情が感じ取られる温かい作品だった。
解放直後、この地域には三つのウリハッキョがあったという。その一つに通っていた女性が一九四八年の阪神教育闘争について語った。警察が押し寄せてきて先生たちは捕まらないために身を隠した。残された小学生たちは自分たちも何かしなくてはと、上級生を中心に隊列を組んで大通りをデモした。すると警察は六年生を数人連行して、一晩拘束した。彼らが釈放されて、教室に集まって報告会をしたのだが、皆が泣きながら聞いたのを覚えている。にも関わらず朝鮮学校は翌年閉鎖されたという。小学生さえも連行・拘束し、警官隊が水平射撃を命ずるほどに、同胞たちの怒りは大きく激しかった。ハッキョを奪われることは「みれ」を奪われることだと、理屈ではなく五感が感じ取ったのだろう。彼女の映像を見ながら詩人・許南麒の「幼い同志たち」という言葉が浮かんだ。
「チェーサー、大事なハッキョやねん。頼むな」と言う一世ハルモニの声が今も耳に残っている。ハルモニは七〇周年の行事に参加することなく今年一月この世を去った。自宅の割れた窓ガラスにはテープを張ってやり過ごしても、ハッキョのガラスは入れ替える、そんなハルモニだったという。
監督の申麗順さんは、先月の「無償化」裁判の判決の日、裁判所の前で「前面勝訴」のニュースを聞いた。皆で喜び合ったその感動は「生まれて初めての嬉しさかもしれない」と述べた。
一人でも多くの人が、「なんとなく」ではなく「主体として」ウリハッキョにかかわって、ウリハッキョを中心としたコミュニティの喜怒哀楽を五感で感じながら、職場や趣味や地域や家庭の「未来の色」に少しずつ「ウリ」の色を織り交ぜていくこと。「みれいろ」というタイトルはそんな意味なのかなと思った。(金淑子)
*『朝鮮学校のある風景』44号に関連記事掲載。
*加筆して9月下旬に刊行する『朝鮮学校のある風景』45号に掲載します。