映画「人民教師」・様々な思い | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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映画「人民教師」・様々な思い
【8月12日・土曜日】
fbの「やっていますよ」に誘われて「人民教員」を観に行った。会場は地下学習室だというので、何人かの小規模な上映会と思ったが、長テーブルが横三列、縦七列に並んだ思いのほか広い会場だった。

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制作されたのは一九六四年、日本での初上映は定かではないが、朝高に通っていた頃には観ている。高三に進級するとき、師範科に行くトンムが「俺、師範科に行く」と言ったとき、「人民教員か」と答えたことを鮮明に覚えているからだ。教員といえば「人民教員」。当時、それは一つの言葉、「굳어진 」になっていた。それは、映画「人民教員」の影響である。この映画と、金日成元帥の「教員は職業ではなく、革命事業です」という言葉に、多くの同級生、先輩が教職の道を選んだ。

映画のストリーは、思い出せない。ただ、主人公の校長がトラクター工場に就職した「できの悪い卒業生」を訪ねて行って、寝食を共にして諭すシーンと한그루 나무에도 정성을 담아  (一本の気にも真心を込め)」ではじまるの挿入歌は今でも覚えている。

 会場を何度も見回す。顔見知り、どこかで見たという人を合わせても二、三人? どんな人が観に来ているのか、そんな不思議な思いをする中で、千里馬を背景に「朝鮮映画」の文字、そして「物語」は始まった。

 観ていて、こんなシーンがあったとか、次は…。そんなことはなかった。幾度も観ているはずなのに、それでなければ挿入歌は歌えないはずなのだが、初めて観る映画のようだった。それでも時折、流れる挿入曲に合わせて「푸른 산맥 되라고 바라는 마음 나라의 초석으로 키우는 기쁨(緑の山脈になれと願うこの気持ち国の礎石として育てるこの喜び)인민 교원의 행복은 넘치네(人民教員の幸せがあふれる)」を口ずさんでいた。

 挿入歌は、「物語」のエンディングに近づいてようやく流れた。覚えていた歌詞と少し違うような気がした。
 この歌は、今でもウリハッキョの先生たち間で歌われているのだろうか? ふと、東京朝高の六五周年の記念行事の時、歴代の先生が舞台の上で歌っている姿が思い浮かんだ。それから草創期、永らく東京朝高で教壇に立っていたアボジのことを思い出した。「教え子」に会うたびに「お前のアボジに殴られた」という話しか聞いていない。あだ名が「ギャング」からして、「人民教員」とは程遠い存在だったようだ。でも、アボジを亡くして九年が経つが、いまだに九〇すぎのオモニに会いに来る「女子生徒」がいるということは、それなりに「人民教師」をしていたのかもしれないと、映画を観ながら思った。

 今、こうして『朝鮮学校のある風景』の編集に携わっているのも「아아 나의 자랑 아아 나의 기쁨(ああ私の誇り ああ私の喜び)」の挿入曲が身体に染みついていたからかもしれない。
 それにしても、「このご時世」に不思議な空間だった。コリアキネマクラブによる上映会は今回で二〇二回目、毎月一回催されている。この日、配られた会報に、前回「光州は叫ぶ」のアンケートが載っているが、二四人が感想を寄せている。毎回、三〇人前後が「コリア」の映画を楽しんでいるようだ。次回は「解放後に小作人から土地を持つようになった農民の姿」を描いた「農民英雄」一部。朝鮮戦争からの復興期を背景にした「試練を乗り越えて」、「転換の年」とつづく。

* 再整理して9月下旬に刊行する『朝鮮学校のある風景』45号に掲載します。