見て、聞いて、感じてきました。
ヘバラギ&セッピョル学園
金淑子・編集部
茨城・セッピョル学園
毎年、茨城朝高校区の青商会の支援で、茨城ハッキョで、二泊三日で行われている。集まるのは北海道、東北、茨城、福島、栃木、群馬、新潟の七校の初級部一年生から中級部三年生の児童生徒たちで今回が九回目だ。今年のテーマは「サラン(愛)+ウスム(笑顔)=セッピョル(明星)!」。
■高級部生徒たちの活躍■ セッピョル学園の訪問はおととしに続いて二回目。前回同様、黒子のように奮闘する高級部生徒たちの活躍には感動した。運動会では誰よりも力強く行進し、徒競走を力いっぱい走り、文化公演では自作の演劇で、児童生徒たちの笑いをさらった。運動会や焼き肉の準備や進行・あと片付けを手際よく進める先生たちのとなりには、一緒に動く高級部の生徒たちが必ずあった。何かできることはないかと常に備えているように見えた。一方で中級部の生徒たちは児童の面倒をよく見る。自由時間にはいつも初級部生徒の相手をしていた。初級部の児童も実の兄や姉のように慕っている。
■卒業生のハッキョサラン■ 前回は朝鮮大学校から音楽家の学生たちが駆けつけて音楽の特別授業をしていた。セッピョル学園の卒業生の提案だと聞いた。今年は三日目に教育学部の学生たちが、低学年の児童たちと紙飛行機を飛ばした。白衣を着た朝大生が児童たちを丁寧に指導していた。
一方教室では、中高級部の生徒や学父母を対象に一九九六年に茨城朝鮮高級学校を卒業し、現在Googleではたらく申玉順さんの講演があった。
開園期間は毎回、保健室に子どもたちの体調を見守る看護師たちがボランティアで常駐する。運動会の時もそうだ。彼女たちもウリハッキョ卒業生だ。
=絆は何より貴重なスキル、ウリナラ行ったこと自慢して=
申玉順さんは講演で、六歳のころに出会って培ってきたウリハッキョでの同級生や先輩後輩、先生たちとの絆は色褪せず、困ったとき、支えが欲しい時の助けになっている。「みんなは一人のために、一人はみんなのための」という助け合いの精神は、これからの激動の社会を生き抜くための非常に貴重なスキルだ。ウリハッキョは温室だという人もいるが、強い思いやりの気持ちは、濃い時間を共に過ごしたからこそ。学力が劣るのではないかという人もいるが、それは事実ではない。自身はアメリカの大学で、数学で飛び級できた。ウリハッキョの学習内容は日本の学校のそれに決して劣らないし、努力次第ではずっと上になれる。人数が少ないことを懸念する人がいるが、一人一人に横から上から下からみんなが愛情を注いでくれる。こんな温かい環境はない。社会に出て、愛情を注いでもらったことを実感するシーンは必ずあるはず。ウリハッキョのように生徒に愛情を注いでくれる先生は、日本の学校にもアメリカの学校にも残念ながらいないと述べた。
また生徒の頃は、チョゴリを着て通学しながら、シン・オクスンという名前で習い事に通いながら、いじめられそうになったり、引け目を感じたりしていた。ところがウリナラのこともわかるし、日本社会のこともわかる、ウリマルができて、日本語もしっかり話せて、英語もできる、この条件はプラスでしかない。そんな存在は在日朝鮮人しかいない。「玉順がいたから在日朝鮮人に偏見を持たなくて済んだ」と日本人の友人に言われたことがある。在日朝鮮人であることに誇りをもって、ウリナラに行ったことを自慢してほしいと力説した。
そして社会の在日朝鮮人の視線と私たちの実態のギャップを埋めていくのは、私たちの役割だと強調し、周りへの感謝の気持ちを忘れずに楽しい事、好きなことをどんどん極めていってほしいと生徒たちを励まし、同時に「子どもたちの可能性を信じてほしい」と大人たちに呼びかけた。

■思いやり育てる場■ セッピョル学園は二〇〇九年、茨城ハッキョの初級部の入学生が一人しかいないことを案じた青商会が「ウリハッキョは日本一のマンモス校」というスローガンを掲げてスタートさせた。あれから九年が経ち、第一回目から参加した生徒が今年、「卒業」を迎えた。
二日目夜の文化公演で、セッピョル学園開講のきっかけとなった女子生徒があいさつし、自分を見守り続けて愛情を注いでくれた同胞や先生、先輩、後輩に感謝を伝えた。
翌日の解散式では、各学年の代表に続いて最後に、第一回セッピョル学園のすぐ後に茨城初級に編入した中学三年生が、初級部二年から参加してたくさんのことを学んだ。これからもいろいろなことに一所懸命チャレンジして、同胞たちの愛情に応えていきたいと述べ、この二泊三日の間に中学三年生全員で感謝の気持ちをこめて作ったしおりを後輩たちや先生に手渡した。ぎっしりと詰まったスケジュールの中でいつの間に、どんな思いで一つひとつ作ったのだろうと思うと胸が熱くなった。
解散式が終わって昼食の時間、群馬の初級部一年生の先生が、今年は泣く児童が一人もいなかったので表彰しなくてはと、急遽アメ玉をあしらったメダルを先生たちで作って子どもたちをほめたのだと、メダルを見せてくれた。メダルを胸にかけた子どもたちは少し自慢げだった。先生たちのこまやかな心遣いが、子どもたちの思いやりや感謝の気持ちを育てているのだと実感した。
■小耳にはさんだうれしいニュース■ 二百人以上で始まったセッピョル学園だが、今年の参加者は百三十人強、児童生徒の減少は深刻だ。
今年栃木のハッキョの新入生二人は、幼児教室に通っていた子どもたちだという。それまでも「アルム」という名前でオモニたちが運営してきたが、去年から学校が主催して一月に一度開催している。毎月二十人余りの幼児が集まるという。幼児教室からハッキョ入学につなげようと、意欲的な活動が繰り広げられているようだ。
*加筆して『朝鮮学校のある風景』44号に載せます。