史上初? 関東大会出場
【5月19日・金曜日】
東京中高の前を通り過ぎたら、大きな横断幕が掲げられていた。
「祝・関東高等学校陸上競技大会出場 陸上競技部 黄哲榮(高三)」。

「サッカー、ラクビ―、ボクシングだけではないぞ、強いのは…」
うれしくて思わず写真を撮って、フェイスブックに「仕事先に行く前に! 頑張れる!!」と、短くアップした。
在学中にも、陸上競技部はあった。当時は、陸上部と言っていたと思う。
高体連や日本の体育団体が主催する競技会には参加することができなかったが、総連中央本部をスタートする2・8駅伝大会で活躍していた。9・9記念の全国大会を目指し、トラック競技だけではなく、砲丸投げや高跳びなどの練習をしていた。雨の日も校庭をひたすら走っていた同級生を五階の校舎から見ていた記憶が鮮明だ。大東文化大学に進学して箱根駅伝に出るのが夢だと語っていたことも。
校門の横の横断幕を見て、ふとそんなことが思い出された。
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翌日、「東京朝鮮中高草創期一〇年史」の復刻版を開いたら、当時は、サッカー部、野球部など一二のクラブがあり、陸上競技部の活躍も記されていた。
・一九四七年 チョウ・ヒョンボン学生が東京都内朝鮮人各種体育大会で連続優勝
・一九四八年 読売新聞社が主催する関東高等学校往復駅伝競技に中学生だけで参加して七位
・一九四九年一月 北区中学校駅伝競技で優勝
・一九四九年三月 大阪で、新世界新聞社主催の3・1記念マラソン全国大会でチョウ・ヒョンボン学生が優勝
・一九五〇年二月 北区中学校駅伝大会で優勝
・一九五〇年三月 日本陸上連盟主催の目白10マイル競技で、団体三位に入賞
・一九五〇年五月 読売新聞社主催の宮城三周駅伝競技でユ・アォンヒョプ学生が個人新記録を樹立
・一九五〇年五月 国立商科大学運動場で開かれた東京中等学校陸上競技大会で、走り幅跳びでチョ・チャンホ学生が優勝(復刻版 122頁から抜粋)
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「新報」(電子版 5・17)は、「関東大会への出場は同部史上初」だと伝えたが、東京都立時代(一九四八年一二月二〇日~一九五五年三月三一日)、各種競技会に参加し、ウリハッキョの名を轟かしていたようだ。
六月に千葉県で行われる関東高等学校陸上競技大会に出場する黄哲榮トンムの活躍が楽しみだ。