【5月24日・水曜日】
立川駅頭での、朝鮮学校にも「高校無償化」制度の適用を求める街頭宣伝に参加した。西東京地域での「水曜行動」の参加は、久しぶりだ。

冊子をとりに行くと、黒い大きなリュックサックの横にピンクのランドセルが置かれていた。「小学生も…」心が痛んだ。駅前広場では、女子児童が道行く人を追いかけるようにして冊子を手渡していた。女子中学生の「お願いします」の声も聞こえた。

「無償化」を求めるのぼりを持って立っていると、配っていた「知っていますか? 高校無償化からの朝鮮学校排除」の冊子を持った男性が話しかけてきた。
「…差別はいけないんだけど…朝鮮学校って何やっているかわからいし…」
朝鮮学校は、公開授業、バザーや夜会などを通じて地域住民にも開放されていることなどを話した。「朝鮮学校へ来てみてください」と。「教科書を見ることもできるの…そんなこと…知らなかった」と、男性。六月に予定されている「蒼のシンフォー」の上映会に顔を出してみると、案内チラシをカバンにしまっていた。
隣でマイクをもってアピールをしていた、韓さんの声が急に上ずっていた。
「…今、多摩一の卒業生だという女性に話しかけられ…すこし感情が高ぶってます…」多摩一とは、現在の西東京朝鮮初中級学校の前身だ。
そのときのことを彼女はfbに次のように書いている。
「今日の立川駅前。前回の寒くて暗い雰囲気とは違って、リーフの受け取りも上々でした! 『頑張ってね』の暖かい声かけもいつもより多く感じました。
『多摩一卒業生なの』と、見知らぬ女性にいきなりカミングアウトされました。『報道ばかり見てると心配だけど、だんだんわからなくなっちゃう…』と言いながら、隣の青年を息子だと教えてくれました。『でも、イルボンハッキョ[日本の学校]だから。でも、興味は持ってるのよ。』
目の前で同胞を探し当てたんですが、まさか住所聞けるわけもなく。
おもむろに『蒼(ソライロ)のシンフォニー』上映会チラシを手渡しました!
いよいよ判決の日が目前になってきました。水曜行動、頑張ります!」。
行動の積み重ねは、新たな出会いを呼ぶものだ。
一時間余りのアピールを終える。ランドセルの持ち主も戻ってきた。
私・「何年生?」
児童・「四年生」
ウリマルで一言、恥ずかしいのか、オモニの陰に隠れてしまった。
隣にいた韓さんが「カレンダーの…あの子ですよ」と。昨年、風の強かった日だった。ここ立川駅頭で「お願いします」と道行く人に声をかけながら冊子を配る少女の後ろ姿を写した。その写真は今年のモンダンヨンピルカレンダーの一月号に載った。その少女だ。

駅をバックに写真を撮って、「来週は…」の話を聞いて、その場を後にした。
◇
家に戻って、そのカレンダーの一月を見返した。次のような文字が記されている。
「『幼い同志』―立川駅頭で『高校無償化』を訴える初級部三年生。進んでその場に立ったこの子に大人たちは『偉い』と声をかけられない。六〇年前、ある校長先生が詩の中で『幼い同志』と書いたが、その時代と変わらぬ状況に胸が痛む」。

その時、確かに三年生だと言っていた。問題が解決されぬまま一年が過ぎてしまったということだ。心が痛んだ。と同時にこの「幼い同志」の姿に新たな力がわいてくるような気もした。
西東京女性同盟は、朝大生による文科省前での「金曜行動」に呼応して、二〇一五年七月から市内の主要駅頭で「水曜行動」をくり広げている。前回は、河辺駅で、前々回は高尾駅、日程が合わずなかなか参加できない。この日は、朝大オープンキャンパスの帰り、朝大の最寄り駅の国分寺駅から三、四個先の立川だったので寄れた。*