【4月10日・月曜日】
今年は例年よりも朝高の卒業生の数が多かったことや、大学側の働きかけが功を奏したこと、さらに日本政府や自治体の朝鮮学校への弾圧に対する危機感が高まったことも影響して、久しぶりに二〇〇人を超える入学生を迎えたという。

朝鮮大学校前でバスを降り、校門に向かうと門の前に赤い花を胸に付けた新入生の一群。「二〇一七学年度 朝鮮大学校 入学式」の看板の前で学部別に記念写真を撮っているようだ。ただ待っているのもつまらないので、先に校門前でパチリ。笑顔がいっぱいだ。
校門を入って池のある中庭の方に歩いて行くと、学長や学部長が勢揃いしていた。中央議長の出迎えのようだ。顔見知りの先生が、昔の勉強会のメンバーで集まりましょうと声をかけてくれた。一九九〇年代、新報社の記者をしていた頃、研究所や時代社など各機関の活動家たちと、月に何度か休日に集まって情勢に関する勉強会をしていた。新卒の彼らが、教員をして新報社に異動したかなり年上の私を受け入れてくれたおかげで、いろいろ学ぶことができた。あの頃のことは楽しい思い出として今も思い出す。「長」の呼称で呼ばれる彼を見ながら歳月流れを感じた。
講堂前にはすでに人が集まっていた。受付を終え、中に入ると覚えのある顔がちらほら。教育のICT化で話を聞かせてもらった神戸初級学校の校長先生にあいさつをして席に座った。子どもが入学するらしい。

席に着いて隣に目を向けると、なつかしい顔があった。京都中高の教え子、思わず名前を呼んでいた。三〇年ぶりだろうか? 娘が入学するという。LINEをつないで食事の約束をした。
いよいよ新入生たちが、在学生たちが歌う「朝鮮大学校の歌」と、父母や来賓の拍手に迎えられて入場した。男女二人の学生の語りの後に男女四人の学生による歌「ウリルル ポシラ」、舞台脇のスクリーンには大学生活のスライドが映し出された。
緞帳が上がり、入学式が始まった。共和国教育委員会の祝電の紹介や総連中央議長のあいさつ、総連機関や各高級学校からの祝電の紹介、学長の報告、そして新入生代表の決意表明と続いた。新入生の決意表明は、愛知朝高出身の男子学生だった。ハキハキとしてすがすがしかった。精かんな姿と声がいつまでも頭に残った。
この日は、四人の教え子と再会し、新入生となった教え子の子どもたちとあいさつを交わした。在日朝鮮人三世の私が学んだ大学で、教え子たちが学んで巣立って各分野で活躍し、その子どもたちがまた門をくぐった。中学生だった教え子たちが、大学の先生として、女性同盟の活動家として、同胞の高齢者施設の職員として、そして大学の先生の夫とともに、在日朝鮮人社会を支えている。女性同盟の活動家をしている教え子がfbに「ソンセンニムの頑張りにも刺激受けています」とコメントをくれた。ありがたい言葉だが、私は彼らと会う度に、彼らを真っ直ぐ見られる生き方をしているだろうかと自問する。新入生たちが社会で活躍する頃には、在日朝鮮人が日本社会の一員として認められ、朝鮮半島との架け橋となれるようもっともっと知恵を絞っていかなくてはと、改めて気を引き締めた入学式だった。(この項、金淑子)
*加筆して、五月下旬に刊行する『朝鮮学校のある風景』43号に掲載します。