朝大で出会った修学旅行生
【6月21日・火曜日】
本誌『風景』に連載中の朝大六〇周年の記念特集の資料集めに朝大へ。
いつも楽しみにしている学食、この日のメニューは、在学中も食べたことのない冷やしジャージャー麺だった。入り口付近の縦二列をグレーのスカートとズボンの一団が占めていた。社会科見学に来た小学生の児童ではない、高校生にしては少し幼なくみえた。
修学旅行で立ち寄った「トンジュンセン」とのことだ。東大阪朝鮮中級学校、唯一の中級部単設校だと聞いているので、興味をそそられた。

食事を終えて、図書館に向かうと、その生徒たちの姿が。午後から博物館の見学、学部体験、演劇鑑賞と、スケジュールがぎっしりと組まれていた。
「中級部だけというのは?」
「独自性、自立心が強いのでは…」
「クラブ活動が活発なのはトンジュンで、勉学は北大阪?…」
そんな答えが返ってきた。特色があるようだ。
博物館の見学についていく。記録係だろう男性の先生が歴史博物館と自然博物館を行ったり来たりしながら生徒の笑顔をカメラに収めていた。デジカメを持っていた生徒はただ一人、友だちにカメラを向けるわけでもなく、ひたすら展示物だけを撮っていた。
スマホや携帯の持参は禁じられたようだ。前日のディズニーランドでも写真を撮り合わなかったのだろうか? ふとそんなことを思った。
二時間ばかり図書館に閉じこもり、草創期の大学の資料の収集をした。新発見は、寄宿舎や講堂だけではなく、運動場も学生が整地したということだ。
整地工事の全面積二五〇〇平方メートル、整地に必要な土量が五〇〇立方メートル(トラック一二〇台分)…そんなことが書かれていた。*次号に掲載
この日は、朝大だけではなく、四日市の新校舎建設にまつわるエピソード(別稿掲載)や、いまはなき家島朝鮮初級学校の訪問記、大阪朝鮮港初級学校の金台淑先生物語、北海道釧路朝鮮午後夜間学校の張英華先生物語など、今まで知らなかったいくつかの報道資料を発掘することができた。
*再整理し、多くのの写真と共に『朝鮮学校のある風景』38号に載せます。