映画「ある支隊長の話」の長台詞 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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朝大「花の政経14期」青春物語・木蓮の花は咲いたか
その8・映画「ある支隊長の話」の長台詞
キム・イルウ 
一九六八~一九七二年在籍

*『朝鮮学校のある風景』30号(2015年3月刊)に収録
 
 
 
 在学中、娯楽といえば、班別対抗サッカー大会や歌自慢大会なども催されたが、サッカーも歌も得意でなかったせいか、まったく記憶にない。今のようにパソコンでの動画を観るどころか、テレビもない生活だ。朝鮮の新着映画の上映会は何よりの楽しみだった。
 月に一度、日曜日の夜七時からだ。自由参加ではなかったが、学部別学年別に決められた席ではなく、制服でもない。といっても男女ともに、下はスポーツタイツ、上は、夏はポロシャツ、冬はジャンバーだ。華やかとは言えないが、黒の制服に比べると、講堂はカラフルな色どりに染まった。

 微かに石鹸の香りが漂っていた。風呂から出てきたばかりなのか、髪の毛が濡れたままの女子学生がちらほら…。そんな石鹸の香りに愚かにも、胸ときめかしていた。

 エンディングは、千里馬の銅像に「朝鮮映画」の文字が重なり、厳かな音楽だ。そんな映画を何十本も観たはずなのに、女子学生が放つ石鹸の香りに惑わされたわけではないが、いま覚えているタイトルは「성장의 길에서(成長の途上で)」と「한지대장의 이야기(ある支隊長の話)」くらいだ。誰かが、あれも観た、これも観たとタイトルを並べると、思い出すであろうが、記憶に残っているのはこの二本である。ストーリーを覚えているわけではない。前者は「사나이 세상에 한번 태여나 내하나의 안락을 찾지(男がこの世に生まれ、己一人の安楽のためではなく)」ではじまる挿入曲が、後者はエンディングの「ヘヨントンム」ではじまる台詞が若者の心に響いたのだと思う。「成長の…」は、一九六〇年の四月学生革命をテーマにした長編三部作だった。

 「ある支隊長の話」を初めて観たのは、入学した年だった。一緒の部屋になった三年生がすでに幾度も観ているのか、講堂に向いながら幾度も「ヘヨントンム…あれは良い…」を繰り返していた。外出していつもは時間通り戻ってこない、東京朝高の先輩も門限を守って、部屋の中で「ヘヨントンム」と叫んでいた。

 「ヘヨントンム」とは、映画のヒロインの名前だ。主人公の支隊長が犠牲になったヒロインに語り掛ける、「ヘヨントンム」ではじまる、その台詞に多くの先輩は酔っていた。
 
 혜영동무 그렇게 영영 가버렸소
 아직은 우리 강토가 외놈의 구두발에 짓밟히고 있는데 그렇게 간단 말이요 우리 서로 혁명을 같이 하자고 벌써 시절에 맹세하지않았소
 그래서 이렇게 고생을 함께하고 험한 산을 넘고 깊은 강물을 건느면서 생사를 같이 하지 않했소 이제 조국의 광복도 몇해후의 일로 보이는데 장군님앞에 나서자고 했는데 이렇게 일찍이 줄이야 어찌 알겠소
 그대는 혁명에 대한 불타는 증오를 가슴에 품은채로 갔구려 그대는 로동계급의 위업에 짧은 생애를 바친 조선의 딸이였소 그대는 우리들에게 혁명을 보위하는 모범을 보이고 갔소 그대는 조선사람의 송죽의 절개를 시위한 우리 항일빨찌산의 꽃이였소
 헤영동무 김일성장군님을 모시고 조국으로 가자는 그대의 마지막 말을 우리는 잊지 않을것이요 우리는 우리의 노래 높이 부르며 조국으로 갈것이요헤영동무…。
 
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要訳>
 ヘヨントンム、こんなに早く逝くなんて。まだ郷土が日帝に踏みにじられているというに逝ってしまうなんて。若き日に、革命の道を共に歩もうと誓い、険しい山を越え、深い河を渡りながら、生死を共にしたではないか。祖国の光復がみえるというのに、一緒に金日成将軍の前に立とうと言っていたのに、こんなにも早く逝くなんて。あなたは革命への熱い心と敵愾心を抱いたまま逝ってしまった。あなたは、労働階級の偉業に短い生涯を捧げた、朝鮮の娘だった。あなたは私たちに革命を守る模範を示して逝った。あなたは朝鮮人の松のような気概を示した抗日パルチザンの花だった。
 ヘヨントンム、金日成将軍を先頭に祖国に行こうというあなたの最後の言葉を私たちは忘れない。私たちは私たちの歌を高らかにうたい、祖国に行くであろう。ヘヨントンム。
 
映画が終わると、私の頭の中でも「あなたは…パルチザンの花です」というフレーズがリフレーンしていた。寄宿舎まで戻る道、先輩たちはみんな「支隊長」になっていた。「網走番外地」や「昭和残侠伝」を観て、劇場を出る時にみなが「高倉健」になりきっていたようにだ。

この短いとは言えない台詞を諳んじる先輩たちがうらやましくも思えた。コピー機はなく、小型のテープレコーダーがまだ珍しかった時代である。先輩が諳んじる、その台詞をノートに書きとった。先輩はゆっくり言うでもなく、同じ個所を繰り返すでもなく、最初から最後まで諳んじてくれた。一度や二度では書き取れず、幾度も頼んだが、嫌がることなく、「支隊長」になりきって繰り返してくれた。

理学部では、班(学年)の娯楽会のとき、女子を指し「あなたはパルチザンの花です」と言うところを「あなたは理学部の雑草だ」と言って問題になったという話が…。政経学部の一年先輩は、タオルをスカーフ代わりに被った男子をヘヨントンムに見立て、「支隊長」を演じた。「…女子がいるのに…女装をしなくても…」との女子の問いに、男子が「ヘヨントンムのイメージが壊れるから…」と返し、男女が何日間も口を利かなくなったとか、そんな話がまことしやかに流れた。

 卒業後、娘に「ヘヨン」と名付けた先輩を少なくても二人知っている。
後に「支隊長」は金策氏をモデルにして作られたと知ったが、劇中での名前すら覚えていない。多くの女子は、劇中の名前だけではなく、その役を演じた長身の男優の名を呼んでいた。男子が「ヘヨントンム」に思いを寄せる以上に、「支隊長」に憧れていたのかもしれないと、勝手に思いこんでいる。

女子には「成長の途上にて」の方が人気があったようだ。
「成長の途上で」の主人公の恋人もヘヨンだったのでは? 裁判所で「どういう関係なんだ」と詰め寄る検察に、主人公が沈黙の後「헤영동문 나의 애인이요(へヨンさんは私の恋人です)」っていう場面が心を捉えたようだ。男子が「朝鮮の花だった」ならば、女子は「私の恋人です」だったのかもしれない。
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実は、支隊長の長台詞を全部覚えていたわけではない。うろ覚えのその台詞を正確に記そうと、fb「友達」に協力を求めたところ、平壌発のサイトで観ることができるとのコメントが返ってきた。便利な時代になった。

さっそく台詞を書き写すため、平壌発のその動画を観た。リニュアールされたようだ。「ヘヨン」役はホン・ヨンヒに代わっていたが、エンディングの長台詞が懐かしかった。講堂に漂っていた石鹸の香りが蘇るようだった。何度も口ずさんだ「あなたは…パルチザンの花でした」は、そのままだ。ただ、記憶では、その長台詞は、担架で運ばれる「ヘヨントンム」の横を歩きながらのシーンだと記憶していたが、リメーク版では、横たわった「ヘヨントンム」に語りかけていた。私の記憶違いなのか、今では確かめる術はない。
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それから二年後、一緒の部屋で暮らすことになった新入生と、再びその映画を観ることになった。一緒に講堂に向かいながら、後輩にあの長台詞を諳んじる自分がいた。あの時の先輩がそうであったように、得意げにだ。(2015・2・21)