観た!!!「泣き虫ボクシング部」 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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東京朝高での「ウルボ」の上映会へ
【1月30日・土曜日】
 ソウル、仁川、釜山、大田などで好評を博したというので、是非観たいと思っていた。
 「울보권투부(泣き虫ボクシング部)」の上映に引き続き、「テレ屋さん」だと紹介された、李一河監督が舞台挨拶を行い、慎校長とオモニ会の梁会長が感謝の言葉を述べた。

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会場から出てきた人は、口々に「よかった」、「よかった」。私もよかったと思った。まずは、正直泣かずにすんでよかった。生徒が取り囲むように「一般席」が設けられていた。隣は中学生、顔なじみの生徒もいる。ここで涙を流したら恥ずかしい…そんな思いだった。「ウリハッキョ」にも、「60万回のトライ」にも泣かされた。かといって、「ウルボ」に、感動しなかったわけではない。二つのドキュメントとは全く違う、観終わってじわっと来る、よさがあった。「予告編」では感じられなかった、全く新しい感動が息づいていた。
それは、「朝鮮人としてこれからも…」と真面目に答える学友に、「本当にそう思っているのか」と茶々を入れる生徒とか、道具を会場に忘れたからと叱責しながら、翌朝、走って道具を取りに行く部員を車で追う先生とか、店を何日も休んで会場で応援するオモニとか、植民地と分断時代を熱く語る一世のハラボジとか…どのシーンも「ウリハッキョのあるある」、朝鮮学校、同胞社会の日常と、その思いが、とにかく淡々と、ひたすら淡々と描かれていた。これこそ、七〇年間守り続けてきたウリハッキョであり、これからも守りぬいてほしい朝鮮学校、同胞社会の姿である。
一押しの場面? それはもちろん様々な思いを胸に「拳」を鍛える部員の姿だ。「オギャー」と泣きながらこの世に生まれ出てきたときに握っていた「拳」、もう一度固く握って社会に踏み出そうとする彼らの不安や情念、決意…。そんないろんな思いがビンビンと心に響いてくる。
そしてもう一つ、高校無償化を求める日比谷野音でのシーンも外せない。一般上映を前に「ネタばれ」は慎まなければならないのだが、見逃しそうなので一言。参加者の一人の膝の上に置かれた柔らかく暖かそうな「拳」だ。ウリハッキョはこうして優しく握られた拳で守られて来たのだろうと、ふと思った。
四月下旬に予定されている一五〇〇人規模の上映会に、この二つの「拳」を再び観に行くつもりだ。
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会場のロビーには、ボクシングの四人の部員と監督を模したイラスト入りの大きなポスターが貼られていた。チケットにもつかわれていた。似ている。今、観た映ドキュメントがマンガを原作としたノンフィクションであればいいとにとふと思った。生まれた日本で、朝鮮人として生きることが、生きようとすることが、こんなにも厳しい現実が、マンガの中の絵空事であってほしい…。そんなせつない思いに駆られた、だからかもしれない。
上映会の場を作ってくれ、「ウリハッキョ チキジャ」の思いを強くさせてくれた、東京中高のオモニ会に感謝、感謝である。