頑張れ! 名古屋のバスケ部
【1月9日・土曜日】
関東地方のバスケットボール大会を見に、正午過ぎ編集の合間をぬって東京中高へ。
体育館の二階の観客席をのぞいたが、まだ母校の東京第三の選手の姿はない。「早く済ませて…」。着いたばかりの西東京第一の選手たちが昼食を食べ始めていた。
体育館の隣のバスケットのコートに行くと、ブルーのジャージを着た選手たちがボールを追っていた。ベンチコートを着たままの児童もいた。練習と言うより、暖かい日を浴びて、試合までの時間つぶしのようだ。

「クッチョ チキジャ(あっち守ろう)」とか、「オチョ、オチョ(五秒)」とか、「ト ハンボン(もう一回)」、「アジック(まだ)」とか、ウリマルでの心地よい掛け声が鳴り響いていた。ときには、「ホーレ」とか、「ヘイヘイ」とか、朝鮮語か日本語かわからない声も飛び交っていた。
しばらく眺めていると、体育館の地下から長身の、見慣れた顔が…サッカーのアン・ヨンハク選手だ。眼と眼が合ってどちらともなく、「アンニョンハシムニカ」とあいさつを交わした。東京第三の卒業生だ。
体育館前が騒がしい。振り返ると、大きな荷物を持った児童たちが整列していた。
「どこの学校ですか?」と、声をかけると、男性の先生が「名古屋です」。
私・「今回も第三に? 教室に暖房があるとはいえ寒いのでは…」
先生・「今年は暖かくて…富士山も雪が積もっていませんでした…」
私・「暖かいとはいえ、朝晩は冷え込むから…」
先生・「何年か前、雪が降った時もありましたが…第三は、風呂も近く、学校の前にファミレスもあるし…コンビニも近いから便利です」
スクールバスが見当たらない。夏のヘバラギカップの時はスクールバスで来るが、道路の凍結が心配で、総勢二四名、女子が一九人、新幹線で来たとのことだ。
「男子は五人?」、「どうしても参加したいというので…」、「女子が多いようですが…」、「舞踊部…」。よく聞きとることができなかったが、舞踊部よりバスケ部を選んだ女子児童が多かったようだ。

午後一時からの第一試合に合わせて、集合するようだ。昨年、ヘバラギカップで男女共に優勝した東京第三の児童に会えぬまま、学校を後にした。
翌朝、目を覚ましてふと思ったのが、東京第三の教室で寝泊りしている、二四人の名古屋のハッキョの選手たちのことだ。フェイスブックに「教室に冷暖房が入るとはいえ心配です。五人の男子チーム頑張れ!女子チームも」と、書きこむと、次のようなコメントが戻ってきた。
「気にして頂きカムサハムニダ。学区は違いますが、この大会は名古屋の子どもたちにとっては大事な大会です。大会に誘っていただけるだけで嬉しいです。第三には夏の大会も含めていつもお世話になっています。バスケットボール部の子供たちにとっては第二の母校です。」
「第二の母校」の言葉に、ほろっとした。こんなウリハッキョの繋がりがいい。
*加筆して、1月下旬刊行の『朝鮮学校のある風景』35号に載せます。