緊張の中の三学期の初登校
【2016年1月8日・金曜日】
アルバイトに行く前に学校に寄った。路面バスに乗って、フェイスブックを見ると、通学路と主要駅を見回り、付き添っての登校などのアップが目立った。あるオモニは、コートを着るので良かったと、書いていた。制服の校章が見えないのでホットしたようだ。
前日には、NHKで放映が決まっていた、東京朝高ラグビー部の花園初出場の特番が、水爆実験の報を受け、急きょ取りやめになったという連絡が学校に寄せられたと伝えられていた。
この日は、登校時間が過ぎると、校門だけではなく、校舎のドアも施錠されていた。
三階に上っていくと、高学年の二つの教室の隔たりを取り払った「臨時講堂」から金校長の声が聞こえてきた。始業式に間に合うように着いたはずなのに、すでに始まっていた。
…練馬で暮らす一期生の卒業生の家を訪ねていきました。八十歳です。(学校創立七〇周年の行事)招待状を受け取ると、とても喜んでいました。二月の記念行事は、アボジ、オモニ、ハルモニやハラボジが見に来る学芸会とも違います。たくさんの卒業生と地元の同胞が参加するでしょう。ウリハッキョを守ってきた七〇年の歩みと今の姿を歌と踊りで誇らしく…。
この何日間の報道などで…アボジ、オモニたちがとても心配しています。電車やバスの中、通学路には、私たちをよく思わない人もがいるので…。
そんな話もしていた。小学生には理解しづらい話しだ。

*始業式では、コッソンイ(児童生徒の作文懸賞)に入賞した児童が紹介された。
式が終わると、恒例の新年の一言決意の場だ。
七〇周年の記念事業を輝かせるとか、勉強を頑張るとか、下級生の模範になるとか、サッカーの大会で優勝するとか、みんな元気いっぱいだ。六年生の男子児童は、「中学生になるので…」、「中学生になったら…」。席に戻ってくると担任の夫先生とハイタッチ、すでに気分は中学生のようだ。
ホームルームを終えて下校かと思ったら、二時間目から通常の授業とのこと。三日間続くバスケットの試合や二月の七〇周年の記念行事を控えているからだ。
低学年は椅子を持って二階の教室に戻り、高学年は机を並べて授業の準備だ。

*教員室の前の廊下に貼られた東京朝高のラグビーの応援ポスター。東京第三の卒業生の三人の選手とマネージャーには名前が記されていた。。
二階の窓から運動場を見ていると、何人かの男子児童が下りてきた。「アンニョンハシムニカ」、中には「セ~ヘル…」と、新年のあいさつをしていく児童もいた。
「これ、少年団のネクタイです」
いつも走り寄ってきて誰よりも大きな声であいさつをしてくれる三年生の男子児童の首にはハンカチが巻かれていた。
「それはハンカチでは…少年団は四年生になってから…」
話しながらも、嬉しそうに何度も結びなおしていた。すでに少年団員になった気分だ。
校舎の玄関で靴を履きながら、「ソンセンニムに…」。運動場に行っていいのか、先生に許可をもらいに行こうとしているようだ。
東京第三の運動場は、道路を隔てた向こう側にある。児童なりに気を付けようとしているのかもしれない。
十人前後が二手に分かれてのサッカーだ。少年団を「自称」した児童は半袖のシャツ姿。大きな声を出して、ボールを追いかけていた。

しばらくすると、一斉に校舎に吸い込まれて行った。学校が目標に定めている「勉強の模範校」になるためには、健康に気をつけて学校を休むことがないように、それと始業ベルが鳴る前に教室に戻るようにという、始業式で金校長が話していた注意事項を守ろうとしているようだ。少年団を自称する児童は、汗を拭いていた。首に巻いていた「少年団のネクタイ」でだ。
「それは少年団のネクタイ…」と、声をかけると、「ハンカチです」と、恥ずかしそうに答えて階段を上って行った。声は大きかった。
先生たちは、「駅には支部から人が出ていたのでは…」と。車で送ってきた保護者もいたようだ。学期が始まるので荷物が多かったが、それだけではないようだ。
児童たちもそうだが、先生も、保護者も気が抜けない日々が続きそうだ。
*再整理して、一月下旬に刊行する『朝鮮学校のある風景』35号に載せます。