大阪朝高での中央オモニ大会へ
【9月・土曜日】
中央オモニ大会への参加は、二年前の東京に引き続き二度目だ。
大阪朝鮮文化会館のロビーと会場には、各地のオモニ会が作成した横断幕がぎっしりと貼られていた。
「<高校無償化>実現のその日までオモニたちはあきらめません もう一歩前に!」
母校の東京朝鮮中高級学校オモニ会の横断幕が受付付近の目立つ場所に貼られていた。
会場右手には、イラストのチェサミとミレがほほ笑んでいる。「第三の未来に向って新たなスタート! 愛しましょう 私たちの学校 守ろう 私たちの教育」―母校の東京朝鮮第三初級学校オモニ会の苦心の作をカメラに収めた。
会場をひと回り。開会二〇分前、あちらこちらで赤ん坊の泣き声が、走り回る幼児の姿になぜか心和んだ。

Vサインというより、両手の掌を大きく広げて一二~一三人が横断幕を背景に写真を撮っていた。表情が生き生きとしていた。幼子を抱いたオモニもいた。「朝鮮新報」と映画撮影所の記者もあわててレンズを向けていた。「子どもたちの明るい笑顔と未来のために おお!!」滋賀のオモニ会のメンバーだ。

「子どもたちの明るい笑顔はオモニたちの力」
「繋ごう未来へ 私たちの宝」
「子どもたちは私たちの希望 私たちの未来」
「守ろう!! 子どもたちの明るい未来! -子どもたちへつなぐ希望のバトン」
「子どもたちの笑顔はオンマのエネルギー」
会場いっぱいに貼られた横断幕の一つひとつに、オモニたちの子どもたちに寄せる思いとハッキョを支える、守り抜くという気概がにじみ出ていた。
「朝鮮学校に通う子どもたちの明るい未来のために 不橈不屈 Never,never,never,Give up!」-オモニ会単独ではなく、地域の女性同盟との連名の横断幕がいくつもあった。
方言?「오이소(いらっしゃい)! ウリハッキョ!! 보이소(見てください)!私たちの子どもたち!! 느끼소(感じてください)!私たちの民族教育!!」の横断幕は、笑いを誘った。

椅子が並べられた列の隣には何台ものベビーカーが陣取っていた。託児所に預けられない幼子がちょこんと座っていた。会場には授乳コーナーも設けられていた。オモニ大会ならではの風景だ。
それに大小いくつものキャリーバックが並んでいた。地方からの参加組だ。顔なじみの女性は、「東京からは五〇人以上来たのでは…」と話していた。北海道や仙台、九州のフェイスブック友だちは「会場に着きました」と、次々とアップしていた。

大会は、聴いて(民族教育の権利についての講演)、うなずき(「賢いオモニへ」のトークショー)、怒り、涙し、拍手して(各地からの元気印の報告)、そして笑い転げた(大阪のおばちゃんたちの寸劇)-五時間だった。



プログラムには、大阪府下のウリハッキョのオモニ会の役員による「煽動」、タイトルは「知ろう! 知らせよう! 共にたちあがろう!」となっていたが、一言で言うなら、台詞にもあった「裁判…우리 大阪오바짱 무서울것 없어요(大阪のおばちゃん怖いものなし)」だろう。

「舞台に上がるねん…書いてある通りにやれば…誰でもできる…声が良いし、顔もええから、選ばれたんと違うん?」
休憩時間に同級生か、知人にこんなニュアンスで話していた女性を探したが、舞台に上がった面々が、みんなそんな風に見え探し出せなかった。
「大阪のおばちゃん」たちが、舞台に姿を見せた時から会場は沸いた。「반갑습니다」、「ようこそいらっしゃいました」とのあいさつが、平壌学生少年宮殿での公演の司会者を真似たイントネーション、これに先立つ全国八か所の報告、リレートークの司会者が達者なソウル訛りで、報告したオモニ会の代表たちは、児童・生徒が教科書を読むように「ㅇ」、「ㅁ」、「ㄹ」のパッチムをチョシムチョシム発音していたのでなおさら際立った。
なぜかプログラムに載っていなかった、報告の合間の「和歌山の姉さん」たちの二つの寸劇「オモニ会の一日」は、「大阪のおばちゃん」たちに負けていなかった。
勝手にタイトルを付けるとしたら、パート1は「頑張っています! チヂミ三〇〇枚焼いて学校支えてま~す」、パート2は「差別はダメ! シャネル着てベンツ乗って補助金交渉、ありでしょう」だ。

昼食時間、ロビーでは、裁判の支援グッツ販売の元気な声が響き渡り、おやつ付きの長めの休憩時間は、もっぱら同窓生だとか、舞踊部の先輩後輩だとか、一緒に共和国に行ったとか、というグループの記念写真撮りまくり、おしゃべりタイムでもあった。会場は、騒がしいというより、けたたましかった。
「オンニ(姉さん・先輩)!」、「○○元気だった?」、「フェイスブック友達の○○○?!」会場を埋めた八〇〇余人の「혈기왕성한(血気盛んな)」オンマ達が一斉におしゃべりし、笑い、遠くから名前を呼び合っているのだ。


発言の中で繰り返された言葉は、「充実感」と「あきらめない」だった。
大会アピールの採択と、全国一〇の朝鮮高校のオモニ会の代表が舞台に上がり横断幕の交換、今大会のテーマ曲「私たちの学校 私たちの未来」の全員合唱で、大会の幕は閉じた。舞台で観客を笑わせ、舞台を降り客席の後ろに立っていた「大阪のおばちゃんたち」が肩を組み、大きく左右に体を動かしながらテーマ曲をうたう姿はとても清々しく、頼もしく見えた。




閉会後、四〇分が過ぎても文化会館の前では、いくつもの話の輪ができていた。「朝鮮新報」の記者の取材にも、みんな笑顔で答えていた。その頃、会場では、教職員とたくさんの女子生徒が椅子を積み重ね、会場の後片付けをする姿があった。



一九六二年にはじまり、一九八八年から定期的に催されて来た、中央オモニ大会は、一〇回目を迎えた。今回のテーマは「代をついで花開かせよう オモニの愛」だった。参加者みなが刺激され、楽しんだイベントだったようだ。
何よりも全編、ウリマルで行われた、できたのが良かったと思う。日本の警察による北海道のウリハッキョの捜索への憤りをもっとストレートに表現してほしかった、日本学校への転出を憂うだけではなく、日本学校から編入させたオモニの気持ちも知りたかった、ウリハッキョに送りたくても朝鮮学校がない地域のオモニたちの思いも聞きたかった。参加者のそんな声を大切にしたいと思った。
*再整理して、9月下旬刊行の『朝鮮学校のある風景』33号にぶち込みます。