関東大震災の追悼の場で | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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関東大震災の追悼の場で
【9月1日・火曜日】
 東京第三の始業式に参加した後、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑がある都立横網町公園に向った。しばし佇んで帰ろうと思ったら、追悼碑の前の大きなテントの前に人だかりだ。午前中に終わったと思っていた追悼式が催されるようだ。顔見知りの支部の委員長、女性同盟、青年同盟、教育会の関係者、みんな専従イルクンだ。少し場違いな思いをしながら、誘われるままに隅に座った。
 「私は東京朝鮮…高級部三年の…関東大震災によって…朝鮮人が虐殺され…」
斜め前で、チマチョゴリを着た女子生徒がゆっくりした口調で追悼文を繰り返し読んでいた。時折、話しかける女性にうなずいていた。引率してきた先生のようだ。
 「関東大震災のことは教科書にでているの?」、「どうやって書いたの?」、「書きながら何を思った?」…。聞きたいことはたくさんあった。が、緊張気味の表情に、声をかけることはできなかった。

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 追悼式で、彼女は「新しい世代」の代表として紹介された。蛮行、憤りを語り継いでいくとの言葉が心に残った。

 ふと、チマチョゴリのままで来たのか、帰るのか、そんなことが気になった。大震災から九二年、解放から七〇年を経たというのに、「朝鮮」、「朝鮮学校」を見る目は温かいとは言えない。


*再整理して『朝鮮学校のある風景』33号に載せます。